②西暦2020年5月7日:木曜日の佐藤篤代
(平日)

今回、どうやらかなりこの四部作がエゴに極度に不都合だったらしく、この投稿日と日記本文掲載前後で凄まじいレベルの【殺害モード全開偽物世界】強行状態になっているのが窺え、体調も最悪にされた。故に、イレギュラーに一気に四部作日記本文掲載することにした。

先日、西暦2020年4月29日:水曜日、
Amebaブログのみ投稿。
【A Course in Miracles】歪みを取り除いた結果の概念リンク集:佐藤篤代/西暦2020年
(29)【A Course in Miracles】fear and conflict/佐藤篤代:歪除
(30)【A Course in Miracles】dreams of fear/佐藤篤代:歪除
(31)【A Course in Miracles】恐怖の夢に対する代替/佐藤篤代:歪除
(32)【A Course in Miracles】恐怖を解きほどくこと/佐藤篤代:歪除
以下は(30)サブタイトルと②と③の内容。続いて(31)の③内容。

【A Course in Miracles】
歪みを取り除いた結果の概念(30)

佐藤篤代/西暦2020年
①前置き
②『dreams of fear』
③【A Course in Miracles】から引用した『Chapter28 THE UNDOING OF FEAR』概念


②『dreams of fear』

【A・Course・in・Miracles】で『聖霊(the Holy Spirit)』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用が、『【異世界】間漏れ作用』により、エゴに世界の作り直しを余儀なくさせて、作る世界の方向性を誘導して無数の作り直しの果てに、最後の世界に、最終結果として作らざるを得なくさせたのが、【この領域(世界)】。

エゴは世界の作り直しの無限ループの無意味さと不毛さにいずれ気づく時点がくる。どんなにエゴ独自の意図から世界を作っても、【偽物世界】にしかなれず、【この領域(世界)】とは完全に別個の世界に成り果てるだけだと気づく時点が。

それゆえに、エゴ独自の意図を完全に断念し、『【異世界】間漏れ作用』で漏れた通り100%そのままに、エゴが世界を作る選択をした時点が、【この領域(世界)】をエゴが作る直前にあった。
その決断の時点では、もはやエゴ独自の意図からいくら世界を作っても、永久に世界の作り直しだとエゴは確信に至っている。だから、もうエゴ独自の意図を込めて世界を歪めようとはしなくなる。

そのため、【この領域(世界)】は一切作り直しが無い、一本道ルートとなる。
そして、エゴが最後に作らされた最大の不都合世界である【この領域(世界)】は、【終わらせる為に作用する何か】の思考システムが最大限表現される世界段階となり、そしてエゴ独自意図が完全無効化される、【終わらせる為に作用する何か】意図100%となる。
その中で、【終わらせる為に作用する何か】は、エゴが作ったすべてを【知る手段】として再利用している。
だから、【この領域(世界)】に表れるすべては、何かが特別な状態(エゴの欺きの意図が込められる状態)にならない方法で、【知る手段】として、パズルのように散りばめられている。その【知る手段】は、エゴが各【偽物世界(異世界)】段階で何をやろうとし作ったかが窺い知れるように、象徴として表現されている。
だからこそ、【偽物世界】の表れは、【この領域(世界)】の現実性に照らし合わされて『浮く』。【この領域】の世界基盤・土台に基づかれた構造や概念の現実性とはかけ離れすぎていて、ギャップが『浮き』過ぎるから、【偽物世界】の表れだと一目瞭然となる。 
故に、すべての【偽物世界】は、独自の現実性を、独自の世界ルールを、決して最終的には【この領域(世界)】の現実性として塗り替えることはできない。

【この領域(世界)】は【終わらせる為に作用する何か】が『【異世界】間漏れ作用』により、エゴの作る世界の方向を誘導した果てに、世界のやり直しの末にエゴが不承不承否応なしに作らされた『エゴの欺きのすべてを露呈させる真相暴露ルート』だと言える。
だからこそ、すべてが象徴的に表されている。そして、すべては『真相(真実)』を【知る手段】に過ぎない。 

だからこそ、【この領域】に表現された最終結果はエゴに消すことなんかできやしない。いかに【偽物世界】段階で隠せたようにみえたとしても、エゴには【この領域(世界)】を消滅させることはできない。

だからこそ、いずれ、エゴが隠してきたすべてはあらわとなる。それは避けられない。
すべてが絶対に隠せなくなる。


このように、この個体:本物:佐藤篤代が『この領域』と呼んでいるこの『エゴの欺きのすべてを露呈させる真相暴露ルート』こそが、【A Course in Miracles】で『the real world』概念としてより魔法キラキラに歪められ、『the forgiving dream』、『the forgiven world』、『the happy dream』、そして『the borderland』などとも呼ばれているものだ。
だが、西暦2020年2月24日:月曜日に『滅びの鐘』という小説を読み終わしたら閃いた。
『the real world』である『the forgiving dream』、『the forgiven world』、『the happy dream』、そして『the borderland』は、それぞれ各【偽物世界】段階の不都合存在達の救済世界の種類なんじゃないか、と。

というわけで、その概念についてひとつひとつ逐一書いていくつもりだ。

今回も、その合間に前置きとしてここに挿入したい概念があるから、まずはそちらを書いていく。
第24弾『dreams of fear』。

引き続き引用しながらこの『恐怖』に関するテーマについて書いていく。歪除29から32までの全四部作。
(29)【A Course in Miracles】fear and conflict/佐藤篤代:歪除
(30)【A Course in Miracles】dreams of fear/佐藤篤代:歪除
(31)【A Course in Miracles】恐怖の夢に対する代替/佐藤篤代:歪除
(32)【A Course in Miracles】恐怖を解きほどくこと/佐藤篤代:歪除


【A Course in Miracles】歪みを取り除いた結果の概念:西暦2020年
(3)【A Course in Miracles】step back/佐藤篤代:歪除

西暦2019年段階の概念:佐藤篤代
前半
(11)【A・Course・in・Miracles】狂った世界の狂ったキング
(12)【A・Course・in・Miracles】微笑んで人の心を殺す異世界
(13)【A・Course・in・Miracles】矛盾狂気の優しい笑顔の恐怖
(14)【A・Course・in・Miracles】偽りは真実にはなれない
歪除29~32まで、以下はこれらの概念記事内容一部をまとめたもの。四部作。

前回から『CLOCK ZERO~終焉の一秒~Ex Time』を引用しているが、正直、キング(海棠鷹斗)のことは、この個体でも怖いと思う。だから、ゾッとしたし、怖すぎて不気味過ぎて狂気過ぎて見返したくもないレベルだ。
そのレベルの狂気。
『何かが欠落しきっている』。
『人間として大切な何か』が欠落しきっている。
自分が世界を壊したら途方もない耐え難い罪悪感に苛まれるのが現実の人間だ。耐えきれなくて自ら命を絶ちたくなるレベルの罪悪感だ。
そんな中で、いくら大切な人を救いたいからと、全世界を犠牲にしてまで研究を続け、自分の理想の世界を創るために世界の支配者となり、そして大切な人を別の時空からその意識(心)だけを無理矢理連れてきて、別の時空の目覚めない身体に押し込め、その元の時間までを破壊し、遂に大切な人が目覚めたからと幸せに微笑んでいられるなんて、凄まじい狂気にしか不可能だ。現実の正気の人間には到底耐えきれない。
だからこそ、キング(海棠鷹斗)にはゾッとする。凄まじい恐怖を感じざるを得ない。
キングのそれは『愛』じゃない。『執着』だ。『妄執の亡者』だと断言できる。何に執着しているかというと、『自分の心の慰安道具』に執着しているのだ。キングの行動原理は、『愛』からではなく、喪われた『自分の慰安道具』を取り戻すことだけだ。
そして、誰かをいとも簡単に犠牲にできるということは、敵になった時、いつでも犠牲にされるという事実を必然的に含んでいる。いくら撫子がキングの大切な人だからと言っても、いつ『守る』から『攻撃』へ移行するかわからない、全く信用できない事態なわけだ。なにせ、キングは実際には大切な撫子のことすら『道具』としてしか見ていない。道具として扱われているすべては、いずれ不必要になったら捨てられる運命にある。代替品が見つかったらいくらでもいとも簡単にポイ捨てされる。
その証拠に、キングは別の時空から撫子の意識を無理矢理連れてきた時点で、撫子の自由意思も心も踏みにじりつくしている。元の時空の撫子の身体も世界も踏みにじっているということなのだ。既に踏みにじり倒しているというのに、何が安心できるだろう。いつ、切り捨てられてもおかしくない。キングは結局、撫子を、自分の心の『慰み手段』要するに『道具』としか見ていない。本当に撫子のためになんか思っていない。全て自分勝手過ぎる、自分のためでしかない。だから、撫子の心なんか本当はどうでもいい。だから、踏みにじる。その事実に気づいているフリはできても、フリだけ。本当に自分の望みのためならば何でも犠牲にできる。別の時空の撫子すらも、自分すらも。
こうもいとも簡単に何かを犠牲にできる者は怖い。いつ、態度を翻すか全くわからない危うさと不信しかないからだ。
だからこそ、怖い。
そして、自らが壊した世界の荒廃をバックに、その自らが犠牲にした死屍累々の大量の屍の山を踏みにじりつつ、優しく微笑みながら『大丈夫、安心して。必ず守るから(君を傷つける全ては排除してあげるから。こうして、この屍の山のように)』と手を差しのべられている状態ーそれがキングが撫子にしていることなのだ。
この状態が怖くない現実の人間はいないだろう。
狂気の度合いが度を越している。
そして、その『理想』がまた怖い。
『理不尽な命が散っていくことのない、平和な世界』だなんて。
やっていることが『心』がない、他者の『心』と『自由』を全否定する理不尽な踏みにじり行為なのに、その『優しい理想』と『優しい笑顔』が正反対過ぎて、相容れなさ過ぎて、滅茶苦茶過ぎて怖い。
矛盾し過ぎというか、支離滅裂というか、やはり狂気にしか不可能過ぎる論理破綻状態に気づけないところが怖い。
まさに『狂った太陽』。
予定外のことが起こらないように予定調和の世界を作り出す為に洗脳してまで人間の心と行動を支配しようとし縛り付けることが『人が傷つかない平和な世界』だと考え、実現しかけてると嬉しそうに微笑むーそれこそ、『狂った太陽』。
『人を傷つけない』という意味が全く理解できていない。
それが怖い。

これが人間の心の現実性の中では、『正気の欠落』だ。
そして、エゴがより初期に作った【異世界】ほど、このような、いやこれ以上の『人間性の欠落』を露にさせた狂気の度合いが凄まじい。

『特別な愛』とは、本当に『特定の他者の幸せを願うこと』じゃなくて、『自分の慰安道具への執着』なのだ、とキングを見ているとおぞましいレベルでよく解る。キングはその執着が凄まじく強烈だった。

ルークがキングのことを『狂った子供』と表現していたが、まさにぴったりだ。
無知ゆえに、無邪気に残酷なことをする子供。そんなイメージだ。
天才なのに、頭は良すぎるのに、知能が高いのに、知識は誰よりもあるくせに、『無知な子供』という印象が凄まじい。だから『狂っている』。
いくら知識として知っていても、外面的だけ。中身を知らない。中身こそが理解されていない。だから、外面的にだけ「知っている」フリをしても、中身のなさが絶対レベルで隠しきれずに、露呈されてしまう。だからこそ、不自然で、イビツで、不気味で、狂気にしか見えない。
本当の意味で『欠けている』。
外面をいくら取り繕っても、中身こそが『欠けている』。
より初期に作った【異世界】はキングに似ている。

キングの狂気は、慄然とするレベルの狂気だ。狂気過ぎて理解できない。人間らしくない、というか、人間の現実性が欠落しているレベルに思える狂気だ。
先日書き尽くしたルーク(レイン)は首謀者で間違っているし、絶対にやってはならないことをやったが、まだ心の過程が人間らしいから理解できる。
キングは絶対に理解できない狂気レベルだ。

エゴがより初期に作った【異世界】は、論理というものが皆無である気がする位にやっていることが混沌(カオス)だ。
秩序も筋道も過程も、しかも何の土台もない。滅茶苦茶だ。ぐちゃぐちゃだ。
世界基盤・土台の『原因と結果の法則』が欠落しているからなのだろう。
『【異世界】間漏れ作用』により、『良い』とされるものだと判断されたものを手当たり次第に作っているが、だが、全体の概念の中で『何が善で、何が悪で、何が良くて、何が悪いか』というボーダーライン的な区別がついていない。『何がやってよくて、何がやってはならないか』がわからない。
だから、悪と善が入り混じる。
区別がつかないからだ。だから、ごちゃごちゃとなる。
この領域の現実性の中では一目瞭然で『悪』とされるものが、『善』だと捉えている段階がある。『悪』でしかない種類が当然のように堂々と行われている段階がある。
だから、キングみたいな支離滅裂言動となり、狂気としか言いようがない、理解しがたい恐怖の対象にしかなれない、何もわかっていないのが丸出しの『人間のフリ』的な何かが発生する。
ちぐはぐすぎる滅茶苦茶に組み合わされた【つぎあて】みたいな作り物丸出しの『人間のフリをした何か』ーその状態が露呈されるときに、『狂気』として当てはめられ、慄然とする恐怖が生じるわけだ。

だからこそ、より初期【異世界】の表れには常に無理が生じる。
何故なら、見せ掛けだけ『人間』に見せ掛けただけの『擬態』だからだ。人間の現実性が何か、全貌を把握できていないエゴが作ったからこその、『人間の擬態』が一目瞭然に露となる。

だからこそ、より初期【異世界】の表れを『化け物』と言ってるんだよ、エゴ。『人間の現実性』の全貌がわからない状態で、ちゃんと『人間の現実性』が作れるわけがないのだ。より初期ほど『人間の現実性』を知らない故に、あまりに欠陥擬態過ぎるから、だからこそ、人間の非現実性がこの領域で証明されてしまうのだ。

『不自然さ』こそが非人間・非現実丸出し【化け物】絶叫自白状態にさせるのだと知りなよ。
そして、哀しいことに、『自然』とは何かというこの領域の世界基盤・土台の現実性を完全に知らない限り、『不自然』とは何かという区別も定義もできない。
【不可能】さがわかるだろう?
無理なんだよ。
完全に知り作れた時点では、全てが終わっている。

『CLOCK ZERO』で鷹斗の研究のせいで量子エネルギーが爆発して世界が壊れたのは『西暦2016年』……偶然であるはずがないね。【終わらせる為に作用する何か】が表現させた象徴だよ、完全に。


より初期にエゴが作った【異世界】段階のこの領域への表現は、『無理矢理人間のフリをした化け物』にしか見えない。
それは、世界基盤・土台レベルで世界ギャップが深刻だからだ。欠落が凄まじい。より初期ほど、その欠落とギャップが凄まじい。
だからこそ、より初期の【異世界】段階の『人間』は、この領域の現実性に照らし合わされると、そのイビツさ、不自然さ、異常さが際立って露呈される。【異世界】だと認めて、完全に世界の違いを認めるならば、『【異世界】の『人間』はそうなんだ』と納得はできる。滅茶苦茶で支離滅裂で化け物だなという認識に
変わりはないが、『違う世界』だと認めるならばそれでいい。「『違う世界』なんだから『人間』の在り方も違うんだろう」と受け入れられる。
だが、この領域と同じ世界だと見せ掛けて『人間』だと言い張って躍起になるから、大問題なのだ。
これほどまでに、『世界の違い』を絶叫自白しつつ、『人間の擬態をした化け物』丸出し状態の中で、この領域と『同じ世界』などと言い張られても、受け入れられるわけがないし、その厚かましさに怒りすら生じる。無理がありすぎにも程があるのに、見せ掛け不可能なのに、『同じ世界』だと断固として言い張るなんて、断じて許容できない。

何でも猿真似すればいいと判断するレベルだからこそ、知能欠落にしか見えないんだよ。
善悪、やっていいと悪いの区別がつかない滅茶苦茶にバラバラに要素を【つぎはぎ】しただけの壊れすぎロボット。だからこそ、凄まじい次元狂気レベルになるとまだわからないのだな。

この領域の現実性には、『原因と結果の法則』がある。その世界基盤・土台法則を踏みにじりすぎて、【つぎはぎ】丸出しに世界を見せ掛けのために作り直すから、非人間・非現実丸出しの化け物過ぎる【次元超え狂気レイン】があからさまに露呈されてしまうんだよ。

大問題の根本は、世界基盤・土台レベルの欠落にある、と少しは理解しなよ、エゴ。

PSVITA『CLOCK ZERO~終焉の一秒~Ex Time』より引用
『ここ数日に起こったことは決して夢などではなく、現実のことなのだと思い知らされる。
撫子「……夢が現実で、現実が夢みたい」
この世界に来てから、この妙にリアルな夢は見なくなった。
かわりに、元の世界の夢を見る。CZのみんなと、楽しく過ごしていた毎日……それをくり返し。
そのせいなのか。最初のうちは非現実的すぎて麻痺していた感覚が、少しずつ戻ってくる。
そしてーー最初に、感じたのは。
撫子「……鷹斗」
鷹斗への、恐怖。
そう。私は、鷹斗が怖い。
撫子「大体、休めるわけないじゃない、こんな状況で」
レインも鷹斗も、違う世界へ来たことで身体に負担がかかっているはずだから休め、と言う。
とりあえず、私に危害を加えるつもりはないことはわかる。待遇だって悪くない。でも、だからといって安穏とそれになじんでもいられないのだ。
撫子「……これから、どうなるの……?」
ここは、【政府】の建物。そしてこの壊れた世界は、私が暮らしていた世界の10年後の姿。
世界を壊したのは鷹斗で、その鷹斗は円、レインとともに世界を支配する【政府】の中枢にいる。
ーー世界を支配しているのは、鷹斗。
鷹斗本人が、そう言っていた。
…………笑顔で。
私が知っている、鷹斗そのものの優しい笑顔で。
撫子「…………っ」
それが、怖い。
印象はなにもかわらないのに、まったく変わってしまった鷹斗が。
撫子「……円も、変わってたけど。でも、なんというか……まだ、わかる気がしたわ」
円も、そして私を騙していたレインも、決して正義の味方ではない。善人とは言い難い。
撫子(だけど、あのふたりにはどこか人間味というか……行動の理由がある気がする)
なにか、目的がある。そのために鷹斗に協力している。命令を忠実に実行している。鷹斗の掲げる理想が良くても悪くても、あのふたりには関係ないのだ。
撫子「でも……」
鷹斗は違う。
だって、私が恐怖を感じたのは。鷹斗の理想と行動なのだから。

(略)

鷹斗が怖い。
それは、ごまかしようがない。
でも、あの人が本当に鷹斗であるのなら。聞きたいことが、たくさんある。ーーたしかめなければいけないことも。
レイン「そーですか?それじゃ、案内しますよー」
撫子「ええ。お願い、レイン」
立ち上がると、ほんのわずか足がふるえた。……本能が、怖がっている。
撫子(……大丈夫。落ち着いて、撫子。あの人はーー私に危害を加えることはないんだから)
心の中で、自分にそう言い聞かせた。
ーー今のところは、だけど』
PSVITA『CLOCK ZERO~終焉の一秒~Ex Time』より引用
『実際、鷹斗にとっては普通なのだろう。普通の、毎日。
でも、私にとってはなにもかもがおかしい。
今、ここで幸せそうに笑うことのできる鷹斗に、強烈な違和感と言いようのない歪みを感じてしまう。

(略)

鷹斗が浮かべる、優しい笑み。
鷹斗が口にする、優しい言葉。
その気遣いは、やはりあたたかくて……
だからこそ。その優しさが、怖い。
あまりに、この世界にそぐわなくて。
撫子「………」
……本当に。あるはずのない、悪い夢を見ているかのようだ。
撫子(この世界をーーーこの壊れた世界を鷹斗が作り出した原因は、私。………私のため)
その事実が、重くのしかかる。目を逸らすなど………できるはずが、ない。

(略)

たぶん、鷹斗はわかっている。私が怖がっている、ということを。
だからこうやって、懸命に恐怖をぬぐい去ろうとして、気を遣ってくれているのだと思う。
撫子(その優しさがよけいに怖い………なんて。鷹斗にわかるはずはない、か)
そんなの、当たり前だ。
鷹斗本人にわかるはずなどない。そして私もそれをうまく説明などできない。
鷹斗「………。
……ねえ、撫子。俺が怖い?」
だから。そんなこと、聞かないで欲しいのに。
撫子「………………そう、ね」
どうしても、否定はできなかった。
鷹斗のやったことはすべて、私のためを思ってのことだ。
撫子(……私の意思は無視っていうか、それにしたって一方的だとは思うけど)
それはたぶん、鷹斗もわかっている。私が喜ばないことも、わかっているのだと思う。前に、そんなことを言っていた。
撫子(その影響を受けるのが、私だけならまだよかったのに)
そうだったら、まだ受け入れることができたかもしれない。でも、実際には違う。鷹斗は、世界のすべてを巻き込んでしまった。
この世界だけではなく、元の世界のみんなも。
ーーそれこそ、あの時間にいた【鷹斗】本人までも犠牲にして。
鷹斗「……うん、そうだろうね」
………それでも、嬉しいと。幸せそうに笑える鷹斗が、怖かった。
鷹斗「世界を壊しただけじゃなくて、支配して。
しかも君を無理矢理ここまで連れてきた。
もちろん、手段なんて選ばずにね。怖くて当たり前だと思うよ」
撫子「違う、そうじゃない。……そうじゃないの」
そこは【怖い】ではなくて、どちらかというと【怒る】ところだ。
撫子「……そうじゃない、んだけど………」
でも、それを言葉でうまく説明することはできなかった。
撫子(それに、鷹斗がこれからなにをしたいのか、私にはそれがまだよくわからない)
世界を支配して、人が理不尽に傷つくことのない世界を作りたい、と。
鷹斗がそう言っていたことは、覚えている。でも、そのーーーどこか不自然な鷹斗の理想を、どうやって実現するのか。
私は、それを知らない。
それを知らなければ、私は鷹斗を理解もできないし、反抗することもできない』
PSVITA『CLOCK ZERO~終焉の一秒~Ex Time』より引用

あまりにも『人間の現実性』からかけ離れすぎた表現は、慄然とする恐怖を生じさせる。
この領域の現実性の中では、現実のより正気の人間はどんなキングの狂気の種類に恐怖を感じるのか、これでわからないだろうか?わかって欲しいものだが。

バラバラ過ぎる要素の【つぎはぎ】だよ。
やって良いと悪いの区別がつかない。
一目瞭然レベルの誰にも解るレベルの善悪の区別がつかない。
概念の選別が局所的にしかできていない。
だからこそ、滅茶苦茶な支離滅裂な不自然過ぎるイビツな人格と成り果てる。

これでわからないかな?
甘いものと辛いものを一緒に食べたら大概気持ち悪いんだよ。
塩じょっぱい筈の食べ物がいきなり甘かったら、気持ち悪いんだよ。
コーヒーには甘い砂糖を入れるのに、間違って塩を入れたら飲めないんだよ。甘い砂糖を使ったおやつに、間違って砂糖の代わりに塩を入れてしまったら食べられないんだよ。大概、破壊的に料理下手なヤツがやる初歩的な砂糖と塩を間違える的なベタなやつ、やっちゃうと、料理の味が破壊されるわけ。
要するにさ、より初期にエゴが作った【異世界】ほど、例えばだが、砂糖と塩が区別できないみたいな状態にあるんだよ。同じように白いからと区別しない。区別もできない。区別の必要があるともわからない。というか、砂糖が甘いとか、塩がしょっぱいという事実も知らない。『甘い』は『美味しい』。だから『甘い』は『良いもの』だと判断する。一面的な判断しか下されない。だから、『甘い』は『良いもの』だと何にでも当てはめてしまう。塩じょっぱい食べ物の筈の料理に砂糖を入れて甘くしたら、その料理が破壊されてしまうのに、その事実に気づけない。すべて、局所的に判断し、一面的な見方しかしていないからだ。
そんなすべての概念の定義の基盤・土台が欠落しきっているから、『イビツで不自然で支離滅裂で滅茶苦茶』な化け物が出来上がる。キングみたいに。
キングは狂気だと言ってしまえばそれで片付いてしまうかもしれないが、【異世界】はその『狂気』という区別を、いつまでも言い訳として使うことはできない。何故なら、世界が狂気だらけになってしまうから。そんな現実性はない。

【混沌(カオス)】とは、無法の無秩序。
それはこの領域の世界の現実性じゃない。
【混沌(カオス)】とは、非現実の証なんだよ。



【③【A Course in Miracles】から引用した『Chapter28 THE UNDOING OF FEAR概念】

以下に【A Course in Miracles】の中の『Chapter28 THE UNDOING OF FEAR』から引用する。

※注:【A Course in Miracles】も関連書籍もエゴの歪みがあるという前提で引用している。

引用書籍
【A Course in Miracles】
second edition


書籍【A Course in Miracles】より引用
『God is the Alternate to dreams of fear. Who shares in them can never share in Him. But who withdraws his mind from sharing them is sharing Him. There is no other choice. Except you share it, nothing can exist. And you exist because God shared His Will with you, that His creation might create.
2. It is the sharing of the evil dreams of hate and malice, bitterness and death, of sin and suffering and pain and loss, that makes them real. Unshared, they are perceived as meaningless. The fear is gone from them because you did not give them your support. Where fear has gone there love must come, because there are but these alternatives. Where one appears, the other disappears. And which you share becomes the only one you have. You have the one that you accept, because it is the only one you wish to have.
3. You share no evil dreams if you forgive the dreamer, and perceive that he is not the dream he made. And so he cannot be a part of yours, from which you both are free. Forgiveness separates the dreamer from the evil dream, and thus releases him. Remember if you share an evil dream, you will believe you are the dream you share. And fearing it, you will not want to know your own Identity, because you think that It is fearful. And you will deny your Self, and walk upon an alien ground which your Creator did not make, and where you seem to be a something you are not. You will make war upon your Self, which seems to be your enemy; and will attack your brother, as a part of what you hate. There is no compromise. You are your Self or an illusion. What can be between illusion and the truth? A middle ground, where you can be a thing that is not you, must be a dream and cannot be the truth.
4. You have conceived a little gap between illusions and the truth to be the place where all your safety lies, and where your Self is safety hidden by what you have made. Here is a world established that is sick, and this the world the body's eyes perceive. Here are the sounds it hears; the voices that its ears were made to hear. Yet sights and sounds the body can perceive are meaningless. It cannot see nor hear. It does not know what seeing is; what listening is for. It is as little able to perceive as it can judge or understand or know. Its eyes are blind; its ears are deaf. It can not think, and so it cannot have effects.』
書籍【A Course in Miracles】より引用


引用書籍
【A Course in Miracles】
second edition

【A Course in Miracles】の『brothers』とは、各前々にエゴが作った世界段階で、エゴがクリア(世界に作ることの受け入れを)しなくてはならない不都合要素があり、その不都合要素を携えた不都合存在が発生することになる『課題を携えた不都合存在達』についてエゴが歪めた痕跡なんじゃないかなと最近思えている。


【③【A Course in Miracles】から引用した『Chapter28 THE UNDOING OF FEAR概念】

以下に【A Course in Miracles】の中の『Chapter28 THE UNDOING OF FEAR』部分から引用する。

※注:【A Course in Miracles】も関連書籍もエゴの歪みがあるという前提で引用している。

引用書籍
【A Course in Miracles】
second edition


書籍【A Course in Miracles】より引用
『5. What is there God created to be sick? And what that He created not can be? Let not your eyes behold a dream; your ears bear witness to illusion. They were made to look upon a world that is not there; to hear the voices that can make no sound. Yet are there other sounds and other sights that can be seen and heard and understood. For eyes and ears are senses without sense, and what they see and hear they but report. It is not they that hear and see, but you, who put together every jagged piece, each senseless scrap and shred of evidence, and make a witness to the world you want. Let not the body's ears and eyes perceive these countless fragments seen within the gap that you imagined, and let them persuade their maker his imaginings are real.』
書籍【A Course in Miracles】より引用


引用書籍
【A Course in Miracles】
second edition

【A Course in Miracles】の『brothers』とは、各前々にエゴが作った世界段階で、エゴがクリア(世界に作ることの受け入れを)しなくてはならない不都合要素があり、その不都合要素を携えた不都合存在が発生することになる『課題を携えた不都合存在達』についてエゴが歪めた痕跡なんじゃないかなと最近思えている。


エゴに作られた最後の世界の主人公:本物:佐藤篤代が、前々に作られた全主人公の特別性の世界に呪縛された『1つの自己※』へエゴの欺きの実態証拠を提示し、全特別性の世界を終わらせる為に書いている。
※【A・Course・in・Miracles】の意味とは違う。
西暦2020年5月7日:木曜日


西暦2020年
(年号:令和2年
※『令和』の前は『平成』)
ネズミ年現在

【佐藤篤代について】

[本物:佐藤篤代がブログで言う核]
【A・Course・in・Miracles】の核心
・知覚ある世界全てはエゴが作った幻想
・他は無い・他は幻想
・エゴが世界に留める為の最大の欺きの手段は特別性だ。
故にエゴの欺きから脱するには特別性を棄てなくてはならない。
・知覚もエゴが作った。
エゴの作った世界の終わりとは知覚の終わりだ。


[佐藤篤代]

本物は将来性のないニート
(西暦2020年)
佐藤篤代は西暦2020年1月17日(金曜日)で44才
栃木県宇都宮市のド田舎生れ
ずっと在住
日本人(血縁すべて日本人)
生まれてからずっと中肉中背
普通の容姿
西暦2009年から無職。それ以前は全部バイトかパート
生涯未婚で子無し






Ameba版佐藤篤代の現段階の概念
(リンクまとめ)
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102633510.html

【狂乱異常例提示】リンク集

西暦2020年版佐藤篤代のリンク集

西暦2020年版佐藤篤代のプロフィール


43才になったらやらない一覧:佐藤篤代/西暦2014年1月29日(水) 
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-11760416318.html 

佐藤篤代の日記リンク(西暦2012年~)
https://ameblo.jp/universalacim/entry-12310146034.html

ニュースリンク(西暦2014年4月~)
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西暦2020年5月
佐藤篤代

(西暦2020年5月7日:木曜日現在)
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