被害者だとは言い切れない? | 福島市発 チワワの虎太郎と組長の日記

福島市発 チワワの虎太郎と組長の日記

組長と呼ばれています。 福島市から、日々思いついたことなどを綴っています!

 
今日、我が家の周辺は朝早くからいつもよりちょっと賑やかでした。
それは、すぐご近所の福島県庁・・・県の災害対策本部を菅総理が訪れたから。
 
ちょっと訪問が遅かったかなぁって私も思ったけど、多くの県民が同じ思いだったようで、その後に回った原発事故で避難されている皆さんを訪れた先では、次々と罵声や要望が上がって大変だったようですね。
 
まぁ、何も持たないまま慌てて避難せざるを得なかった人たちから見ると、1か月以上も経ってノコノコとやって来た彼に不満をぶつけるしかなかったというのが正直な気持ちでしょう。
 
確かに原発が駄目になった直接の原因は、地震による津波です。
しかし、被災後の後手後手にまわった政府の対応や、安全だと言い続け津波への備えをしていなかった東電の姿勢が、より被害を拡大したことは否めません。
避難生活の長期化が確実になったこともあって、避難されている皆さんとしては、こういった不信感が、これまでの災害における被災者とは異なった、総理への「歓迎?」になったのかもしれません。

 
でも、だからといってただ批判しているだけでいいのでしょうか?
不満や不安をどうすればいいのか、誰かに怒りをぶつけたいのは分かりますが、国や東電だけに責任があるのでしょうか?
避難している皆さんには怒られるかもしれませんが、はたしてどうでしょうか?
その答えかどうかは分かりませんが、一つの考えが今日の地方紙(福島民報)に意見として掲載されていました。 
 
それは、
「多くの県民だけでなく、トップの県知事までが、「東電や国に裏切られた」と語っているが、県民には『知事に裏切られた』という思いもある。県民から出された地震・津波による安全性の欠陥の指摘に耳を貸さず、安全のための原発行政をしてこなかった県知事や県議たちの責任も重い。」
という記事。
 
そして、もう一つ、昨日の新聞記事にあったのが、
「今回の原発事故に伴い、福島県内にある原子炉10基がすべて停止していることで、県が予定していた今年の核燃料税44億円の税収が全く見込めない状況になった。」
という記事。
 
この2つの記事で見えてくるもの。
前知事は、国の原発推進政策への不信から、東電の推進計画を白紙撤回したのですが、国へ抵抗したその前知事は、国策捜査の結果、逮捕・辞任へ追い込まれ、後を継いだ現知事は、これらの事実を知っていながら、知事に就任後は地元の首長たちにも後押しされて、原発推進派として行動したことは、多くの県民が知っていること。
何に使われているかよく分からないけど、毎年毎年多額の核燃料税が東電から納税されていて、その7割が県、3割が地元の市町村に入っていること。
原発が稼働され続ける限り、半永久的に入ってくる「打ち出の小づち」のような収入。
こんなおいしい税収(だけじゃなく、さまざまな経済的な恩恵や雇用なども含めて…)を当たり前のように受け取ってきた県や市町村の幹部たちにも、責任の一端はないのか?
 
辛口になりましたが、そんなことをあらためて考えてしまいました・・・。