スッキリ解決!英語&文化のコミュニケーション・セミナー イスラム系といってもかなり原理主義的な地域ではこのブルカ着用が普通のようですね。同じイスラム系でも、たとえば、マレイシアではこういうブルカは着用していないですよね。ごく一部ないしアフガンスタンなど特定地域での慣習なのではないでしょうか。


これがフランスでは禁止されて罰金が科せられることになったことをどう思いますか?


フランス国旗【パリ福原毎日新聞】フランス下院は13日、イスラム教徒の女性が使う顔や全身を覆う衣服「ブルカ」を公共の場所で全面禁止する法案を圧倒的多数で可決した。野党第1党の社会党の議員の大部分が投票をボイコットした。9月に上院で審議されるが、その後、法律の違憲審査をする憲法会議が違法とする可能性もあり、成立は微妙だ。
サルコジ仏大統領は昨年以降、「フランスはブルカを受け付けない」と主張。今年に入り政府法案を提出していた。禁止法案は、学校など公共の建物のほか一般道路など社会のほぼすべてでのブルカ着用を禁止している。しかし、フランスではブルカ着用者が約2000人と少ないことから「法の実効性がない」との意見や、人権団体から「信教・表現の自由の侵害だ」などの批判も強く、論議を呼んでいた。
欧州では仏のほかベルギーも同様の法案を審議中で、スペインなども禁止法案を検討している。


確かに、この写真のように全身を隠して闊歩すると、かなり不安感をもたらすかもしれません。もしテロを防止するためというのなら、着用はいいけれど、たとえば銀行に入るとき、空港を通行するときなど本人確認を要する場合に限って、顔を出しなさい、というのは意味があるとは思います汗2。なぜなら、フルフェースのヘルメットをかぶっていたり、フードを深めにかぶっていたり、目だし帽を着用しているのと同じで、人相をわからなくして武器を隠しもつことを可能にするからです。


そもそもなぜブルカ禁止なのでしょうか?ニュースには書いてませんね。


ブルカ禁止の理由は、「至当なる正義」つまり女性の隷属の象徴を禁止する、男女平等主義」にあるのです。このブルカ禁止の正義の名目はフランスだけでなくベルギーもオランダもスペインも同類であって、ヨーロッパの正義に反するという位置づけとなっているのです。


要は、これは「フランス」ではない、ということ。


では、着用禁止は、正当なる大義つまり正義なのでしょうか?


これなどは典型的な「物語的自己」の問題といえます。こういうフランスらしさ、フランスであること、それはアイディんティティそのもの、生活様式あるいはコミュニティのDNAそのものであり、正義=善なるものとして絶対的な内在価値をもっているわけです。ブルカを禁じる第一の理由が「隷属からの解放と男女平等」というのなら、ドイツでもアメリカでもロシアでも同じはずですが、実はそうではないことからも明らかで、それはある一部の社会特有の文化的な共通認識にすぎないわけです。ところがそれが男女平等だとか隷属禁止という衣をまとうと気高い理想と結びつき、正義に格上げされてしまいます。


しかし、価値多元化社会ではこれには説得力がありません。


いつものようにこれを読み解くには、テロスつまりことの真相なる「目的」を考えることが必要でしょう。この目的論的思考ではどうでしょうか。


もしブルカ禁止の目的が治安上つまりテロ防止ということであれば、フルフェースのように全般禁止の必要はなく、本人確認の必要のある場合だけに限定すればよく、その場合にはブルカもフルフェースもともに禁止とすることの合理性があることになります。


ただ単に正義を振りかざすと、今度は宗教の自由だとか人権侵害だとかという問題にとらえられてしまい、同じ正義同士の間でどちらかに決着をつけることができなくなります。


こういう問題の切り口は、かなり多くの物事をとらえるときに、役に立つものと思います。


ハーバード大学サンデル教授の考え方は正しい。


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