先日は、ビジネス英語として Libertarianリバタリアン
をトピックにしました。 なんじゃ、これは
と思われるかもしれませんが。あいかわらず、この際、頭を柔らかくするために、堅い話を続けます。悪しからず
。堅いの、厭な方はどうぞスル―してください。
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で、最近注目の「ハーバード白熱教室
」というNHK教育番組日曜(夜6時から7時)なんですが、これを先週議論していたようです
。
最近は、こういうように、わざわざ時間と費用をかけて他の国の大学に留学しなくても、OKなんですね。すごいことですよ、これは。
あのMITもウェブ上でfree online course フリーの講座
を開講しているくらいです。当然、ハーバードもこのようにマイケルサンダル教授のこの教授の講座
を流しています。NHKはこれを番組に再編集しているんですね。
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前回は、リバタリアンの話だったようですけど、これが一言で言うと、『人間は自分自身を所有している』ことを出発点にしているという指摘です
。
このリバタリアンの考え方は、人間が自分の中にもう1人の自分がいて、それが自分を所有して動かしている、という発想が出発点だというんですね。ヨーロッパ個人主義の源流です。
つまり、個を基礎として、それがたまたま集まったものが社会とみる考え方(Indivudualism)。ヨーロッパの人は、無意識ににこういう風に考えがちです。ひとつのdeep culture.
これに対して日本を含む東アジアの人たちは、漠然と社会のほうを基本と感じて、その中の個を時々意識する程度になって、集団の中で個を意識するだけ、というcollecticismです。
時間に対しても同じで、人間が自分自身を所有しているのと同じように、時間も自分が所有している、だから奪うな、きっちり時間管理するぞ、という発想ですね。目の前に川のように流れゆく、たゆとう時間、うるさく管理はしない(というより、管理なんかできない)、という感覚はないんですね。こっちが、どちらかというと東アジア的、インド的といえるのではないでしょうか。
deep cultureっていっているのは、一言で言うと、このようにみなさんが無意識のうちに、そう考えている、と言う意味ですが、それを、いや、そればかりいっていると、マズイよね、だからといって麻薬するのも自由だし破滅の自由もあるんだよ・・・ということになると、少しリバタリアンも行き過ぎのような:::感じになります。
そこで、それを修正していくんですが、それが『理性』なんでしょう。無意識のうちに、極端に行く感情的な結論を大脳皮質で押さえて、別の結論を導いていく、という発想ですね。
異文化コミュニケーションや深層文化の考えかたも、これに一脈通じるものがあります。
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