手放して得るもの | 北インド☆ゆるヨガライフ

北インド☆ゆるヨガライフ

ヒマラヤで出会った夫と、北インドローカル暮らし8年目。
お見合いが主流のインドで年の差婚、3度の流産、文化や習慣の違いに奮闘中。
スラム支援のNGOで働いたり、子宮腺筋症と共存しながらゆるーくヨガを続けたり。
40代インド生活の気づきと学びです。

たとえ短時間でも、5分でも良いから

 

毎日続けることが大切と言われる瞑想。

 

尊敬する先生の言葉に甘んじて、今日の瞑想は夕方の10分くらい。



夜の市場の風景。

 

最近定番のオルタナティヴ・ナストラル呼吸法。短時間でも、ゆーーっくり、思う存分に呼吸とプラーナを全身に行き渡らせてあげた後は、寒さで固まった身体の痛みが激減。「気持ち良くなること」も最初は大切なのだとか。ただ、目的は快楽ではない。癒しでもない。幸福でもない。

 

 

目覚めて行くこと

 

そのことしかない。

 

 

今日も呼吸をしながら、流れ行く思考や感覚をそのままに感じていた。昨日よりは(気が散る)感覚が多少は減った。嫌ぁな感情も浮上しない。昨日は1つ大きな気づきがあったからかな。自分で蓋をしていた負の感覚と繋がって、命を送ることが出来始めた かなと。

 

生理が終わりかけなのも関係あるかな。

 

身体的には、頭がのぼせて呼吸が詰まる感じ、背中の重さと右胸の痛みが気になった。上半身に気が集まり過ぎている。足先の冷えはないけど。



3番目のお義姉さんが夫のリクエストに応えて作ってくれたアチャール(お漬物)を、毎日天日干し。


瞑想中に脳裏に現れた映像は、5年前くらいの自分の姿。最近FBで「5 Years Ago Today」って写真が表示されて、それを見たせいかな?働いていた幼稚部から学童部に移動した時で、園児たちにお別れのプレゼントを配ってる写真。お別れは寂しかったけど、充実して幸せそうな顔。

 

 

あの頃持っていた物を手放したから、

もう決して戻ることはないから

 

今の私がある、という事実。

 

 

ただそれだけの現象なのだけど、

ずっと歪んだ感傷に浸っていて、

今ある私の貴重さを見ることさえ

出来ていなかったんだと感じた。

 

 

時が戻ることなど物理的に、ない。

 

物事が素早くエキサイティングに展開している時ばかりじゃないから、英気を養い、余力を蓄えることが出来るのに。


思考に絡め取られ情動に流されて、物事を明確に見る努力をしなかったら、事実を(あの頃は良かった)(今は良くない)という不毛な二択に歪めてしまいがちな私。そんなことはないのに。

 


今の私は、確かにここにいた。

 

貴重な時間を静かに座っていた。

 

 

流されそうで翻弄されそうで、常に動いていなければ許されないと感じていて、でもがむしゃらに頑張ったところで本当に欲しいものは手に入れられないと静かに絶望していた当時。充実した表情の内心で、行き止まりを予感していた。



お酒もほぼ飲まないけど、決して弱くはない私。インドでは珍しい日本のお酒を見かけると、やっぱり嬉しい。


あれから少しずつ、どんどん手放してここに来た。まるで、手放すしかないことを知っていたんじゃないかと思うくらいに、あの頃手にしていたものは何も残っていない。


生まれ育った国での当たり前、気心の知れた人たち、一緒に頑張った仲間。そして、社会通念に真綿で締められるような閉塞感、暗黙の了解を押し付ける人、どうしても比較してしまう関係からも、自由になった。


未知の不安と闘いながら。笑

 

まだまだ、道半ばの不安まみれだけど。


あの頃、もう手に入らないと諦めかけていた、本当に欲しかったものは、たった一人の愛する人だったのかもしれない。何度失敗してもどこにも見つからなかったのに、あの頃の夢も理想も手放して、自分と繋がることだけは諦めなかった。

 

最愛の人は、自分自身。

 

(それと、私の分身になってくれた夫。笑)

 

 

 

 

これからも、しがみつこうとする自分の手を何度でも放そうと思う。自分のものにしようとするエゴで曇りたくないと思う。

 

 

命の本質に目覚めて行くこと。

 

 

病や、老いや、死。人として避けられない苦しみや別れ、失敗や困難、損出を恐れて生きるのは、全く逆の在り方かもしれないと感じ始めている。あらゆる経験をするための命なのかもしれないと 。

 

何かを得て成功し、喜びや幸せを分かち合うためだけではなくて、失意の時、病の時、老い行く時に、愛という命の本質を分かち合う方法を学ぶのも、この人生なんだと思う。

 


多くの人の目に弱く見えたとしても


自分を貫ける命でありたい。


失って手放した失意の底で

新たに得る夢もあるのかもしれない。

 


インドの冬は寒く感じるけど、町に花が絶えることはない。