昨日は、夕方から久々に「用事」以外のお出かけをしてきた。
夫のお店に来るお客さんでもあり、夫のメル友でもあるドイツ人のハイジのお宅にお呼ばれ。彼女は私の母と同年代、長年毛皮のデザイナーとしてインドでも仕事をしてきた人。今は引退し、写真やアートの普及活動をしている。
9月の新婚旅行でヒマチャル州東部を訪れた時、彼女の夏の別宅、長閑な山村を見下ろす可愛らしいロッジを訪ねたのが私たちの出会いだった。約4ヶ月ぶりの再会だった。
夫のバイクでチャンディガールを出て、お隣のパンチクーラ市へ。まずは雑多でカオスで活気(と排気)溢れるメインマーケットを抜ける。チャンディガールでもあまり見ない肉屋さんが並び、軒先にマトン(って言うけどヤギ)の半身が吊るされてる。店頭の目立つ所で生きたままの鶏に包丁が下ろされる。
探してた大きなミラーを売ってる店もある!調理用のガス・シリンダー(充填式)も!よく見ると意外と可愛いショールもいっぱい!。。。なぁんて、全部バイクから指をくわえて見るだけな感じ。地元感たっぷりの穴場マーケット、私は小心でとても行けない。ウチのある「三丁目の夕日」みたいなコロニーよりも、数段上を行く本格庶民派だった。でも、怖いもの見たさ。
その先のロータリーを抜けると、街の雰囲気がガラリと変わった。常にどこか建て増し中の人口過密エリアから、お洒落なヤシの街路樹に彩られた邸宅の立ち並ぶ住宅街へ。1つ1つの家が、デカい。ちゃんと「建築デザイン」されてる。庭木もリゾートホテルみたいにお手入れが行き届いてるし。インドで初めて見る高級住宅街。ドキドキするー。
夫は更に緊張してるのか変な所で曲がったりしてた。それでも何とか教えてもらったゲートまで辿り着き、ハイジのハウスナンバーを発見。ゆったりとしたバルコニーのある3階建てのクラシックなお宅だった。
私たちが到着するや、2階のバルコニーで彼女の愛犬がワンワンワン!してる。1件の邸宅風だけど中身は集合住宅になってて、2階部分が彼女のお城らしかった。階段を上がると入り口でハイジが笑顔で迎えてくれた。背が高く上品な白髪のおばさま。私たちを覚えてスリスリしてくる愛犬スイーティーをドイツ語でピシっとなだめながら、再会のハグ。
「いらっしゃい。待ってたわよ」って。そんな風に言われたの、いつぶりだろう?日本の母が送ってくれた手土産の新茶を渡すと、興味深そうに「日本と言えば緑茶よね。嬉しいわ」って。日本のもの、喜んでくれる人が近くにいたとは!そして「ビザ更新で忙しかったんでしょう?」とねぎらってくれた。さらにさらに「これね、あなたたちにお土産」って、のっけから大きな缶のクッキーまで頂いてしまった。それもデンマークの美味しいのっ。
促されて席に着くと、奥の部屋からもう一人「ハロー?あらあら、どなたかしら?」って、インド系のこれまた上品で小柄な女性が登場した。「はじめまして」とご挨拶をすると、可愛らしい彼女もビッグ・ハグで歓迎してくれた。
ハイジが紹介してくれて、彼女は往年の親友で、ルームメイトのリリーさん。「画家なのよ。この家の絵はみんな彼女の作品なの」と。見ると居間の壁には大きな油絵が何枚かかけられており、どれも印象派のスタイルを汲んだ優しい光に満ち溢れた作品。2人はドイツでの学生時代からの仲間なのだそうだ。
それからリリーさんは私たちをバルコニーに案内して、彼女が丹精込めて育てている沢山の花々を見せてくれた。「私はこの花を題材に絵を描くの」と。「この花はね、隣の株同士で花の色が入れ替わるの」と教えてくれたり、「レモンも育つのよ。でもサルが来てみんな持ってっちゃうの」と笑ったり。晴れた日には、ここからヒマラヤの山々も見えるとか。(そんな中、私はどうやったらこんなに床が完璧にキレイにできるのか、聞きたくても聞けずにいたという。。。笑)
すると、「今日は私たちの第2のおうちにご案内しようかと思って」とハイジ。(。。。?まだ、家があるの?)と、顔を見合わせる夫と私にリリーさん、「私たちのお気に入りのベーカリーよ」と説明。それで4人でハイジの車に乗って、近くのベーカリー&カフェへ行くことに。
チャンディガールではベーカリーと言うと、インドの甘いお団子系のスイーツ・ショップが多いけど、彼女たちのお気に入りのお店はピザやサンドイッチの軽食から、あらゆる焼き菓子、完成度の高いケーキまで、私たちが見たこともないほど豊富な種類と数を取り揃えた名店らしかった。夫と2人、気分は既にヘンゼルとグレーテル。
そして、賑やかなお店の真ん中でテーブルを囲み、4人で夕方のコーヒータイムとなりました。ブラックフォレスト、チョコ&トリュフのケーキとくるみパイ、パニーニにホットサンド。テーブルいっぱいに並んだお皿を皆で分け合って食べる幸せ。女子高生の放課後みたい!にテンションも上がる。
ふと見るとリリーさん、何故か夫の腕をガシっと組んで、仲良し親子のようにヒソヒソ声のヒンディー語で話してる。それを見てハイジが「そーやって私たちの分からない内緒話をして~」と少しヤキモチ気味。自由だなぁー、お母さんたち。そんなダブルデートは終始、取り留めのないお喋りをしながら笑い声が絶えなかった。
そんな中、彼女たちの歴史に思いを馳せる話題もあった。詳しくは聞けなかったけど、ハイジは終戦直後の幼少期、ドイツで困難な時代を過ごしたそう。「近所に7才上のお兄ちゃんがいて、配給の時にあまり分けてもらえない私たちに良くしてくれて、いつも何か分けてくれたの」と。「彼(私の夫)みたいに背が高くてね、その後パイロットになったのよー」と。ハイジの憧れの(初恋の?)人だったみたい。話す表情が、恋話中の乙女になってた。
リリーさんが夫に何を話してたのか、後で聞くと、「ラホールで生まれたの」と言っていたそう。ラホールと言えばインドから分断された国、パキスタンの国境の都市。イスラム教徒とヒンドゥー教徒が国境を分けられ、多くの紛争や家族の離散など大変な事があった場所だと聞いてる。夫もそれ以上は聞かなかったみたいだけど、リリーさんもハイジも、激動の時代をくぐり抜けてきたのかもしれない。
インドもドイツも日本も、その昔、戦争の渦中にあった。お互いの良さも何も知らないままに、普通に暮らしていた人たちが敵国を憎み合うようになり、命を焼き尽くして行った時代。こんな風にカフェでスイーツ分け合ってお喋りすることなんて、全く考えられなかったんだろうなぁと、ふと不思議な気持ちになった。
ヘンゼルとグレーテルの絵本から出て来たような2人の魔女たち。聞いてみたい事は色々あったけど、私たちが口にできる話題といっても、最近の婚姻証明やビザのすったもんだ位だった。あっと言う間に甘く楽しい2時間が過ぎ、帰路に着いてからも私はまだ夢心地だった。
取り留めのないお喋りの中でも、2人の女性の運命に数奇なものを感じるようだった。私たち夫婦を家族の様に受け入れてくれ、インドの片隅で4人で笑い合っていることも、どうしてだか、彼女たちの果てしない夢の大団円へといざなわれたようで、幸せな気持ちになった。
少しだけ、私も夫との未来に思いを馳せたくなった。彼女たちが願い叶えたような夢を、私たちも描いて歩めるだろうか。インドはどうだ日本はどうだと、毎日喧嘩したり仲直りしたり。今はそれだけの私たちの絆も、時代の流れと繋がっていって、いつかその意味が分かる日が来るんだろうか。
甘く、どこか切なく、懐かしくて愛おしい、お茶目な魔女たちとのひとときでした。
ハイジとリリー、また会いたいな。