噂には聞いていましたが
本当に眉毛コアラが入っていました
2月
田植えの問題については、頭を悩ましている。
正直、きついのである。
周囲は過剰な期待をしているようである。
だが、農業は無理。仕事をしながら農業はできない。これが結論だった。
農業をやれと言うのであれば仕事を辞めるしかない。
しかし、仕事やめることによって蒙る損失と農業をやることによる利得を比較すれば答えは簡単である。
荒れ地になろうが、農業収入がゼロになろうが、何もしないで税金を払った方が特なのだ。
要は耕作放棄にならない程度にしておけばよい。
そのためには、年に何回かの耕耘をするくらいの覚悟はある。
3月
しかし、いろいろなところにたこ足のように田んぼがある。
遠いところは誰かに頼まないと…
親父の友人でやってくれそうなところがあるようだ。
何とかそこに決まって欲しいものだ。
やってくれるなら、地代も何も要らない。
4月
田んぼをやってくれるところも決まったそうである。
親父が仕事に復帰したそうである。
命を削るだけなのに…
よせばいいのに
しかし、私には何も言えなかった。
とにかく、今年は田植えがない。
2月はそろそろ田植えのことを考えて準備が必要だ。
泥を準備して、3月には種まきをしないと5月の田植えには間に合わない。
しかし、今年は難しそうだ。
抗ガン剤と放射線の治療もあるし、第一、周りが反対している。
仕方がないので今年は、あきらめるしかない。
15歳の時からずっと続けている田植えをとうとう中断する日が来てしまった。
爺さん(※親父にとっての父親)がトラクターに乗ると言い出した。
田んぼは放っておくと荒れてしまう。
適度に手入れをしないと取り返しのつかない状態になるのだ。
80過ぎた爺さんだが、田んぼへの愛着が強いのだろう、今まで乗らなかったトラクターに乗ろうとしている。
肝心の息子は、農業についてノータッチである。
身体があまり強くないので農業を避けているようなのだ。
何度かコンバインの乗り方など教えようと試みたが、効果はなかった。
仕方がないので、孫が農業を引き継いでくれるまで頑張ろうと思っている。
それまでは、死ぬわけにはいかない。
死ねないのだ。
死ねば、この家は終わってしまう。
2月21日
抗ガン剤の治療が始まった。
抗ガン剤の治療を受けた後は、身体がだるい。
そして、人工肛門のうっとうしさがある。
もうどこかへ旅行をするとか、そう言うことはもう無理なようだ。
健康な身体でいることがどんなに大切なことなのかをこの年齢になって知った。
3月
田んぼを耕作してくれるところが見つかった。
とりあえずは、荒れ地にならないで済みそうである。
そして、孫娘が幼稚園を卒業した。
4月からは小学生になる。
爺さんも、私も通った小学校に行くことになる。
それが楽しみなのだ。
4月10日
孫娘の小学校入学式があった。この家から黄色い帽子を被って出かけていくのはもう20年ぶりくらいだろう。
4月から会社に復帰することに決めた。
やり残したこともあるし、やらなければいけないことがある。