
「恋人よ、僕は旅立つ 東へと向かう列車で」という一行で、その歌は始まる。それは男子のコトバだ。まさに、若い男の熱い思いが伝わってくる。なのに、歌っているのはか細い少女。舌っ足らずな声で、今にも泣き出しそうに歌っている。1975年の12月、ちょうど40年前のこの季節に、私はTVでそんな女性歌手を観た。写真のレコジャケ「木綿のハンカチーフ」を歌う太田裕美だった。歌詞の内容はそんなに新しくはない。高度成長のど真ん中だったこの時代に、夢を求めて上京する若者は多かったし、そのために離ればなれになる恋人たちも少なくなかっただろう。新しかったのは、若い男の心情を若い女の歌手が歌うという所だった。女性の声で、♪僕は 旅立つ♪と聴こえてくる。主語が、僕なのである。その違和感にハッとしながらも、男子と女子のかけ合いの中でその歌は続く。そして、タイトルの意味がようやく4番の歌詞で種明かしされる。♪ねぇ 涙拭く木綿のハンカチーフください ハンカチーフください♪と。最後まで聴いて、ナットクした頃にはもうすっかり太田裕美ファンになっていた。「赤いハイヒール」、「しあわせ未満」と続く彼女の曲の主人公は、いつも「僕」だった。きっとその頃からだ、少年のような少女が増えたのも。今なら、自分のことを「僕」と呼ぶ女性がいても、そんなにヤな気はしない。そう思うと太田裕美の功績は大きい。いや、作詞家 松本隆のそれが計算だったのかもしれない。

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