「女の時代」の始まりに、ピッタリだった庄野真代。 | 宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ)

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70年代や、あの時代に輝いていたアレやコレや。
クリエイティブディレクターが語る、「思い出のエッセイ」です。

$昭和を話そう、BOSSのブログ。-庄野真代

化粧品メーカーの春のキャンペーンは華やかだ。中でも、特にCMが活気づいていた頃の、カネボウVS資生堂のCMソング戦争は華やかで、激しかった。1980年、カネボウはヒット曲を連発中の渡辺真知子を起用。「唇よ、熱く君を語れ」をぶつけて攻撃をしかけると、受けた資生堂は女性の支持が多かった竹内まりやで応戦。「不思議なピーチパイ」も、瞬く間にヒットした。けれど、当時私が気になったのは、カネボウでも資生堂でもなく、なぜかポーラのキャンペーンだった。というのも、前年(79年)の春、この激戦に挑んだポーラは桑江知子という新人歌手を起用し、キャンペーンソング(私のハートはストップモーション)で勝利していたからだ。次はどんな作戦で来るか・・と興味津々のところに写真のレコジャケ、庄野真代の「Hey Lady 優しくなれるかい」を聴いた。インパクトは小さかったけれど、作詞・作曲も本人だと知って、感心したのを憶えている。♪めぐる季節を追いかけてる そんな時代は終わったの カタログ捨てて行く・・♪ 歌詞のひとつひとつに、80年代の空気と女の時代の始まりを、思い出す。そう言えば、庄野真代の代表曲は「飛んでイスタンブール」。翔んでる時代の、翔んでる女のどこか象徴だったような気がする。

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