時を超えてスパークする、伊東ゆかりのこんな曲。 | 宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ)

宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ)

70年代や、あの時代に輝いていたアレやコレや。
クリエイティブディレクターが語る、「思い出のエッセイ」です。

$昭和を話そう、BOSSのブログ。-伊東ゆかり

昭和の3人娘と言えば・・・。淳子、百恵、昌子の高3トリオではなくて、天地真理、小柳ルミ子、南沙織でもなくて、そのもひとつ前に遡る。正確には「スパーク3人娘」と呼ばれていた。そういう私もそれ程詳しくはないけれど、中尾ミエ、園まり、伊東ゆかりの3人だということは知っている。一時期、バラエティ番組の毒舌で人気だった中尾ミエは別として、他の二人はTVにあまり登場することがないので、忘れられているかも知れない。そんな、忘れられつつある中に、実は名曲も多い。写真のレコジャケは伊東ゆかりの「陽はまた昇る」である。伊東ゆかりと言えば、1967年の「小指の想い出」の方が有名ではあるけれど、私はこっちの方が好きだった。72年の第1回東京音楽祭歌唱賞受賞曲。この頃の伊東ゆかりは、もはや3人娘ではなかったけれど、実にのびやかな声で音楽を楽しむように歌っていた。♪わずか三月の愛だけど、すべて燃やした私の 哀しみさえ知らないで、明日も陽はまた昇る♪ というサビのリズムと歌詞が大人っぽくて、なんともイケていた。71年の「誰も知らない」もいい曲で、まだ中学生だった私が伊東ゆかりを聴いていたなんて、友達も家族も、それは、誰も知らない。

人気ブログランキングへ