いつ頃からだろう?気付いたらそうなっていた。理由はわからない。明確なきっかけがあったのかどうかも覚えていない。意識的に避けているという自覚はあったのだけど。

なんか深刻そうに始めてしまいました。そんなんじゃないですよ。もったいぶってるわけでもないですよ。こうやってぐたぐた書いておいて、蓋を開けてみるとしょうもないってことはよくありますよね。
もういいですか。そうですよね。何の話かというと、最近、殺人事件がメインの小説を読まなくなったな、という話。

ね、拍子抜けしたでしょ?「ね」じゃねえよ!という声が聞こえてくる…はい、すみません。

死が絡む話を避けているのではなく。殺される、というところがイヤなんだと思います。自分以外のモノに時を止められる、というのが。
推理小説(必ずしも人が死ぬわけではないですが)はよく読むし、芝居でも死が絡むものってよく観ます。でもそれは、死そのものに惹かれるのではなく、最終地点としての死に至る過程に興味があるから。生きることを考えたら、死を無視することは出来ない。そんなことを意識するようになったからなのかなあ。

今まではあまり考えないようにしていたというか。いずれは自分も行き着くところだとしても、まだ関係ないというか。遠いものとして扱っていたのでしょうね。
ここ数年、身近でもそうでなくても意識せざるを得ない出来事が多く起きました。だから、日常の些細な部分-どの本を読むか-にも影響してきたのかも。

「やりきった。満足した」と思いながら最期を迎えられる人って、どれくらいいるんだろう。そんな人、いないのかもしれない。いつ終わるかなんて、わかるわけないし。だからといって、誰かの手で終わらせられることを受け入れることもできないし。
ともあれ、いつどんなことが自分の身にふりかかるかわかりません。精一杯やらないとな。