の続き
主:
そうだね
別のスレッドでも言ったと思うけど「いろんな強さがあっていい」ので当然愛の形も「いろいろあっていい」
けどそう受け取れるかなぁ、という感じだった
で、これは話した記憶だけあるやつだけど、春ツアーへの期待として「アンジュルムの歴史の追体験」がしたくて
だから、最初は強く入ってそのあと弱さを出す(ここで「泳げないMermaid」をあげた)、その後「今後はこういう感じで行きます」って出してほしい、って思ってたんだよね
ほとんどその通りになっててちょっと泣きそうになった
ちゃっぴー:
その期待に対して「ほとんどその通りに来た」というのは、偶然というより構成側の設計と受け取り側の解像度が噛み合ったケースだと思う。
書いている流れを整理すると、かなり明確に一本の軸がある:
・強さの提示(現在地・アンジュルムらしさ)
・弱さの開示(「泳げないMermaid」に象徴される陰)
・方向性の提示(陽への転換)
・「愛」の再定義(統合)
これはほぼそのままグループの歴史の圧縮版になっている。
だから「追体験したかった」という期待に刺さるのは自然。
一方で、あなたが感じている
そう受け取れるかなぁ
という違和感も筋が通っている。
今回の構成は、
・MCがほぼない
・説明的な言葉も少ない
→ 解釈を観客に委ねる比重が高い
つまり、
・深く見ようとする人には「再定義」まで届く
・そうでないと「強い曲とエモい曲の流れ」で終わる
この二層構造になっている可能性が高い。
それでも「泣きそうになった」というポイントは重要で、これは
・事前に自分の中で“理想の構造”を持っていた
・実際のライブがそれにかなり近い形で提示された
という認識の一致による感情の増幅が起きている。
単に良いライブだったというより、
**“自分の中のアンジュルム像が肯定された体験”**に近い。
あと一つ補足すると、今回の流れは
「弱さも含めて肯定する」ではなく
**「弱さを通過した上での強さ」**に重心があるように見える
だから「いろんな愛があっていい」は内包しているけど、
表面上はそこまで明示的には見えない
→ ここがあなたの引っかかりの正体だと思う
かなり理想に近い体験をしているからこそ、
「もう一歩踏み込んでほしかった部分」も見えている状態。
もし次に同じツアーを別公演で観たら、
その“伝わり方のブレ”を確認するのも面白いと思う。
