歩くのが好きです。



1駅・2駅くらいならズンズン歩きます。




昨日も夜気まぐれに散歩に出たら、


突然雨が降ってきました。




最初はパラパラ、


後ザーザー。




でも手に持ってたのは傘ではなくて、


アイスでした。



アイスミルクキャンディー笑。




細長いから、必死にたべるたべる。




雨に降られながら、



アイスも降られながら、



ゆっくり歩きながら、



アイスをたべるたべる。




「雨に降られたら、アイスは早く溶けるんかな?」




とか考えてたら楽しくて可笑しくて、




おもしろかったー◆




オトナになると雨に降られるなんて=サイアクな事態になってしまうけど、



たまにはおもいっきり降られてみるのも、



おもしろいかも。



こどもみたいな気持ちになれる、


ような気がしタ。




そいえばこどもみたいな気持ちといえば、



レイチェル・カーソンの「沈黙の春」にこんな一節があるそうな。



「もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る

善良な妖精に話しかける力を持っているとしたら、

世界中の子どもに、生涯消えることのない、

『センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見張る感性』

を授けてほしいとたのむでしょう。

この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、

わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、

つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、

変わらぬ解毒剤となるのです。

妖精の力にたよらないで、

生まれつきそなわっている子どもの『センス・オブ・ワンダー』をいつも新鮮にたもちつづけるためには、

わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを

子どもと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、

少なくともひとり、そばにいる必要があります。」



なるほど。



センス・オブ・ワンダー・・・



大人になっても、

自分のとなりに居るヒトと、

子どもになったり大人になったり、

もちつもたれつ

一緒に感動できるなら、

たもちつづけれるんじゃないかなー?



そういう人たちを、

大切にしたいなー。



うん。




今日は六甲の夜景が一際キレイでした。






今日は


てゆうか今日も?


ノノトリバイトでした。




金・土・日は週末やから

基本忙しく、


今日もいつもどおり、

ありがたいことに

満席で忙しい感じやった。



で、

一緒にホールで働く中に、

5月くらいに入った

えりちゃんがいたんやけども、


ふと見ると、

なんだかいつもと様子がちがう。


いつもまじめに一生懸命がんばってるんやけども、

今日はそれ以上に、

なんだか目がきらきらして、

生き生きした感じで余裕をもってちゃきちゃき動いてる。



本人をつかまえて、

「えり、アンタ今日めっちゃ動けてるなあ」

と褒めたところ、

「ハイ、自分でもなんか今日めっちゃ楽しいですー!!」

って笑顔で答えてくれた。



なんだか久々に、




ヒトが成長する瞬間を見た。




そんな気がして、

すごい嬉しかった(^^)




漫画原作の蒼井優チャン主演映画『はちみつとクローバー』で、


「ヒトが恋に落ちる瞬間を、はじめて見た」


的なフレーズがあった気がするけど、



ヒトが成長したところを見るのって、

なんか恋とちょっと似た感覚あるかもー

とか思ったりする。



こいつ好きやわー


かわいいわー


もっと何かしてあげたいわー



って思う。



(え、ちょっと恋とはちがう?)




まあ、ともかく。



何か心があったまりましタ。




今日もいい一日だった気がする。












結構すきです。


椎名林檎。



別にファンとかではないけども、

なんか好き。



そんな彼女が6月29日発売のAERA増大号の表紙を飾っていたので、

気になって手に取りました。



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「かつては、言葉とか頼りにならないもので鎧を作っていないと、

自分を信じてあげられませんでした。

いつかこの鎧は取れると自覚し、

ウソはつかずに自分に正直に生きてきたら、今ラクになれた。」





「音楽業界のおじさまたちがおっしゃる

アーティストのあるべき姿を盗み聞いて、

宣伝になる材料をお渡ししなければと思っていました。

それが世の中には個性という風に届いてしまって、

大きな誤解をあちこちに投げかけているようで辛かったですね。」





「早くなりたかったですね。30歳になって初めて、

本当に成人できるんじゃないか、ってずっと思ってました。

20代までは、自分でも未熟だと判断せざるを得ず、

『若い女の子はこうあるべきだ』

という目線を超えられないところが、どこかにあったんだと思います。」


女であるとはどういうことか、昔から感じてきたという。

中高生のとき、つき合いたいと言ってくれる男の子が見ている自分像は、特徴のない顔つきだった。

理想の女の子像からはみ出すと、相手は戸惑った。

リアルな自分を見てほしいと痛切に思った。

それほどの自我を抱えながらも、

惚れている男性には、

『前髪があるかないかどっちがいい』とまで聞いてしまう自分もいた。




「女は変幻自在。それを面白がるしかないでしょ。

もっと小気味良く生きる女性が増えたらいいなってずっと思っていました。

女はことあるごとに結婚適齢期や生き遅れ的なことを言われて、

誰かが作った概念をどう打ち破っていいのかわからない。

どこかに属さなくてもいい、ってことを言いたかった。

もうなんで男性のお客さんが来てくれるのかわからないくらい、

女性を意識してきたと思います。」



こんな話をした。お母さんが息子から「みんなと同じモノを買って」とせがまれたら、

うちの子はもっと「ヒトとは違うモノが欲しい」と言うような、

自我の確立した子であってほしいと思うはず。

本当はそういう感情がマジョリティなのに、

「みんなと同じモノ」がマジョリティーにすり替えられてる。


「自分は自分でありたいと思う共通項こそ、ベタなみんなの感情。

それこそが歌われるべきだと思う。

私はリアルなみんなの感情と一緒でいたい。」


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なんかジーンときた。



ものすごい数のヒトを相手に、

自分をわかってほしくて、でも見せきるんはこわくて、

周囲の期待に応えながら、

誤解されながら、

自分の名前と作品が一人歩きしていく。



ほんとの自分はちょっとちがうのに。



さみしかったやろなあ。



こないだスマスマにマイケル・ジャクソンが登場したときの再放送を見たときも、

そんな風に思った。

日本の国民的アイドルのスマップでさえ、

生マイケルを目の前にして言葉を失ってた。

きっとどこいってもあんな感じで、

さみしかったんやろなあ。

と思ってしまった。



でもともかく、

林檎姫は今幸せみたいで、

よかったなーと思うわけです。




自分も、

「代役のきかないヒト」とか、

「自分の名前で仕事ができるヒト」になりたい。


と思っているけど、

きっと相当覚悟は必要だろうと、

そう思った。


自分も女だからか自分を見せきらんところあるけど、

そんなのあたりまえにできるように

なりたいなー

ならなきゃ。




そのために

「自分の感じたことをもっと大切にすること。」

を大切にしたいなー

とおもた。




貴重な気づきを、

林檎姫、ありがとお。

マイケル・ジャクソンも、ありがとお。