母に溺愛され、父に可愛がられて、蝶よ花よと育ってきたまるりんトイプードル


母の闘病中は、ずっと母に付き添ってくれていました


もはや一心同体で


亡くなる時も側にいました


亡くなってからも、どんなに離してもすぐに母のところへ行くまるりん


「あまりに亡くなった人と近いと連れて行かれちゃうよ」と言われ、部屋の扉を閉めても、入りたくてドアをガリガリ、ガリガリ


ドライアイスで冷えてしまうという問題もあるので、「少しだけね」って言って、暖かな敷物を引いて5分だけ一緒に寝かせてあげる繰り返しでした


私達家族が、まるりんに母の姿を見せ続けたのには理由があります


それはある方のブログに書かれていた一つの後悔を目にしたからです


飼い主だったお父様が突然の病気で旅立ち、一匹残されたお父様の愛犬を引き取られた娘さんのブログでした


お父様とそのワンちゃんは仲睦まじく暮らしていただけに、娘さんとしてはお父様の亡骸を見せるのが可愛そうで、ワンちゃんのことを思って、悩んだ末にお父様の亡骸を見せなかったそう


その後、ワンちゃんは7年ほど娘さんの家族と幸せに暮らしてからお父様のところに旅立ったそうなのですが、その間、いつもお父様を探し、似た風貌や年齢の方がいると確認に行っていたとのこと


娘さんは、ちゃんとお別れさせてあげればよかったと書かれていました


母が少し前に偶然そのブログを目にし、その時が来たら、まるりんには全て見せようと決めていました

以前、アニマルコミュニケーションをした経験もあったからかもしれません


私達家族にとっては、見せたことは正解だったかなと思っています


母が亡くなったあと葬儀までの4日間、母は自宅で過ごしました。通夜は自宅で行い、翌朝、葬儀会場に向けて出棺となったのですが、出棺まで、まるりんは片時も母の元を離れたがらず、心配になる程でした


しかし、葬儀を終えてお骨になった母と自宅に戻ってまるりんに「ただいま」っていうと、突然子犬の頃のようにリビングを走り回ったまるりん


それが落ち着いた後は、「それはばぁばの骨だけど、ばぁばじゃないよ」とでも言うように、朝までは何度リビングに戻しても、すぐに隣の母のいた部屋に行きたがって扉をガリガリしていたのが、全くやらなくなり、みんなと一緒にリビングで過ごすようになったんです


それどころか誰もが驚いたのが、母の生前、12年もの間、誰かお客さんが帰るとすると、飛びついて「帰らないで!」と一騒ぎするまるりんが、その日以降は飛びつかないどころか、玄関まで静々とお見送りするようになったんです


これには、まるりんの帰らない攻撃にあったことのある、家族も母の友人もヘルパーさんも本当にビックリでした


私たちの一致した意見は、きっとばぁばと「まるりん、ばぁばの代わりにお客さんをお見送りしてね」って、約束したんだろうってこと


そんなまるりん、今、個性強すぎる兄と圧が強めな妹に挟まれながら、頑張ってます


平和主義のまるりんには刺激強すぎる毎日


お散歩の時は頼れるリーダー


今12歳、今年13歳になるまるりんだけど、少なくともあと5年は、我が家のおとぼけ次男として、元気に過ごしてもらいますよ!


最後に、母とまるりんの時間を大切に考えてくれ、協力くださったヘルパーさん達に心から感謝しています


ペットの咬傷トラブルがあるだけに、ヘルパーさんの業務中、犬はゲージインか他の部屋に置くという事務所さんが一般的です もちろんぷーママも事故防止の観点から十分に理解しています


でも、父の頃からお世話になり、この数年、母とまるりんの関係をずっと見てきていたケアマネさん


なんと、母とまるりんの関係を一番に考えて、ペットを通常の環境のままで介護を提供してくださる、数少ない介護事務所さんを見つけてくれ、さらにその介護事務所さんも、特にペットに慣れたヘルパーさんを母の担当にしてくださったんです


そのおかげで、母とまるりんはずっと一緒にいることができました


ありがとうございました



お久しぶりです。


癌と闘っていた母が先月旅立ち、先日、無事49日の法要を終えました。


亡くなってからの数日は、正直、後悔しかなかった。


長期の介護休暇取得を直前に控えて仕事が立て込んでいて、母が亡くなる前日まで出張だったり、コロナ感染による隔離があったりして、せっかく実家に戻っていたのに亡くなる前のひと月は、平日向き合う時間が朝晩だけだったこと。


そして、気を付けていたのにも関わらず、こんなタイミングで家族全員が初コロナに感染し、免疫の低下していた母もが感染してしまったこと。


治療による効果より副作用が強くなり始めていて、そのことに気付いていたのに、辞めると主治医に伝えるのが1ヶ月遅かったこと。


何よりの後悔は最後を過ごすための緩和医療の選択。


母が地元の病院で癌と診断された時、地元では手に負えない手術ということで、東京で治療をすることになった。でも、徐々に母の癌のコントロールが難しくなる中、本人の体力や最後の過ごし方の希望を聞いて、年末からは終末期のケアに向けて、地元の総合病院に出来た緩和ケア科へ、東京の病院から再紹介してもらっていた。


でも、地元の緩和ケア科に直接かかることは出来ず、主科の医師の指示がないと何の医療も受けられないシステム。結局、年末から3ヶ月主科を受診し、2度も救急搬送もされてもなお、在宅医療すら繋げられず、亡くなる5日前に言われたことが「ここで緩和治療を受けれると思わないでください。どこか看取りのところを見つけてください。ここは病院ですから」だった。


母には治すための医療ではなく、苦痛除去を目的とした緩和医療が必要だった。でも結果的にその環境を整えてあげられなかった。


だから、母が旅立って3日間は後悔と懺悔の気持ちで泣き通しだった。


それでも、家族や親類、母の友人、そして一緒に介護を支えてくれたヘルパーさん達からの声掛けで、少しずつ、出来なかったことではなく、やってあげられたことに目を向けられるようになった。


在宅ワークの制度を使って、生活の拠点を一時実家に移して、母の側にいれたこと。


家族やヘルパーさんと協力して、母が在宅で過ごすことが出来たこと。そして、在宅だからこそ、母が希望した通りに母の友人達にも気兼ねなく遊びに来てもらえたこと。


母が何よりも大切にしていたまるりんと、最後の時までずっと一緒に過ごすことが出来たこと。


既にショック状態で意識があるのが常識を超えていると言われた中、亡くなる1時間前まで意識を保ち、施設から駆けつけた父と握手をして手を振り合え、そして、子どもである兄と私と犬達に囲まれ、「ありがと」って兄と私に言ってから意識を亡くして眠るように穏やかに旅立ったこと。


その見取りも、在宅医療が上手く機能していなかった中、ギリギリの段階で引き受けてくれたクリニックの先生の協力により、住み慣れた自宅でできたこと。


その後も、母が希望していた通りにお通夜は自宅で執り行い、母の近しい方々やボランティアやスポーツ仲間、旅仲間など、多くの方々と思い出話をたくさん共有でき、みんなでお見送りできたこと。


こうやって、出来たことに目を向けられた事で、出来ずに後悔したことは母からの宿題だと思って、今後に生かそうと思えるようになった。


4月からは東京に戻り、ぷーママの元には、あべまる、のえたん、まるりんが勢揃い。ふとした時に母のいない寂しさが押し寄せることもあるけど、個性の強い三匹と暮らしていると、悲しんでる暇もなく、毎日「こらー!何やってるのー‼︎」って大声あげながら忙しく過ごしてる。


これからはまた、三匹との日常を日記代わりに書き留めていこうと思います。





2024年も始まってからだいぶ経ちましたね富士山


ずっと余裕がなくて更新できてなかったけれど、ぷーママ、コロナに感染してしまい、熱が下がるのを待って車で自宅に強制帰宅ダッシュ あべまるものえたんも実家でお留守番の為、暇になって久しぶりに更新ですルンルン喉は死ぬほど痛いんだけどねニヒヒ


母の在宅看護が始まり2ヶ月強。仕事しながら出来るか悩んだけど、ひとまず兄が介護休暇を取得してくれて、それを義姉もサポートしてくれたことで、ぷーママ、仕事を継続しながら介護が出来ています!


主に食事の準備と夕食後から夜寝るまでの介護がぷーママ、昼間の掃除や洗濯と夜中の介護は兄、3食の食事介助や普段の入浴はヘルパーさんって感じでやってますくるくるぷーママが出張の時は、義姉が来て代わってくれてます


うんPうんちの処理とか汚れた後のシャワー介助など、正直苦手な人も多い中で、兄がなんだかんだとやってくれていて、びっくりやら有難いやら拍手


こんな感じで家族で協力して、イライラも笑いに変えながらやってますよー


そんなこんなで、何とか無事にお正月と母の誕生日を迎えられました門松



父がリハビリ病院を退院して施設に戻る前に、母と一緒に過ごすことも出来ましたキラキラ



一つの目標を超え、ガタガタっと低空飛行に入ってしまった母ですが、こうやってまるりんがいつも側にいてくれます愛飛び出すハート



そうそう、あべまるも13歳の誕生日を元気に迎えましたお祝いケーキ



のえたんが来てからというもの「負けてられるでつかームキー」と、この一年、良い感じに闘志がみなぎっております笑い



のえたんも、あーっという間にウチの子1年を迎え、来た頃には遊び方も知らなかったオモチャで遊べるようになりましたチョキ



特にこのライオンさんは大のお気に入りで、元の持ち主のあべまるがそっーと持って行くと、走って奪い返しますゲラゲラ



他のワンちゃんとも上手にご挨拶出来まーすラブラブ



あべまるとも、たまに喧嘩しながら仲良くやってますラブラブ



今では良い感じの兄と妹デレデレ



ブラッシングもこの通り笑



色々と大変なこともありますが、2024年も平和に過ごしておりますウインク


今年ももうすぐ終わり。


10月の北海道旅を終え、11月に母が希望した親戚との旅行へ。でも、この旅行の2週間ほど前から母の足に少しずつ麻痺の症状と激しい痛みが。。


それでも旅行には行きたいという希望通りに決行。すごく喜んでくれました。


この旅の数日後から母は入院。


母の入院中、今年最後の雲海カヌーへくもり


自然の中が一番癒される照れ


まるりんは、我が家で母が戻るのを待ってました。


3匹のお散歩もだいぶ慣れたかな。


三犬三様で面白い爆笑


年内に母は退院出来ましたが、麻痺の他に、環境の変化や麻薬が原因かなのか、せん妄のような、初期認知症のような、認知機能に影響が出てしまい、24時間在宅看護へ。。


まるりんはずーっと、母の側にくっついてます。


ぷーママは東京から実家に一時的に拠点を移し、ヘルパーさんやショートスティに協力得ながら、休暇や在宅を組み合わせてなんとか綱渡りの看護。


夜中も2時間置きにトイレ介助があるので、働きながらの看護に限界を感じつつ、今後を検討中。


あべまる年が明ければ13歳。慢性膵炎を悪化させないことが何より大事。最近は可愛いじぃじと頑固なじぃじが共存中グラサン


のえたんは、すっかり甘えん坊なお嬢様おねがいそれでいて影の女帝としてあべまるをタジタジさせてます


まだまだ、落ち着かない日々を送りそうですが、それでも今は、母と過ごせる貴重な時間を大切にして、過ごせたら良いかな。


よし、来年も頑張るぞー!!


幸せだった10月の北海道旅行車


何度来ても飽きないハート


お天気の良かった初日


この景色だけで癒されるラブラブ


ニセコに来たら必ず行くお店


お泊まりはいつものニセコ泉郷さん。

のえたんも楽しいねルンルン


先端への道は閉鎖されてた神威岬


丘の上まで、ちょっとした運動あしあと

御年12歳9か月のあべまるも元気一杯飛び出すハート


夏のウニ丼も美味しいけど、ウニ以外の季節だって最高!!具が2段になってるのチュー


途中、キツネさんにも遭遇


自然を満喫するあべのえ


2日目はこれまたいつもお世話になるホロホロ山荘さん


仲良く記念撮影カメラ


翌日はペットokの花カフェアイバレーさんへ



可愛いお写真を撮ってくれましたラブ


楽しくって仕方がないあべのえ笑


途中支笏湖によって


登別にもよって、


鬼にお尻を狙われて


雪虫の大群にも襲われて


命から辛々函館へ


最後のお泊まりは、以前あべまると2人旅でも来た、センチュリーマリーナ函館さんキラキラ(写真撮り忘れたダウン


夜は四半世紀ぶりくらいに登った函館山へ


最終日はホテルの裏にある赤れんが倉庫に寄ってから


超特急でペットと入れる松前藩屋敷へ(室内は抱っこかバックです)


前にもおじ様達と記念撮影したなー。家族が1人?匹?増えました爆笑


紅葉紅葉も綺麗だったーアップ


まさか、この後から地獄の日々が始まるなんてねぇ。。


今度はいついけるかなぁー?