断末魔の叫び声 | さとこのチカラ

断末魔の叫び声

こんばんは しん です

 

 

 

 

 

先週に母を見送りするため喪主として葬儀を行いました。

 

先週のブログでお伝えしたように父も危ない状況なので

 

父の代わりとして、、

 

 

葬儀と言っても大層なものではなく家族葬でこじんまりしたものです。

 

私の家族と母の親族とさとこのお母さんです。

 

ただ弟と話し、祭壇は花いっぱいにしてあげ

 

女性らしく可愛らしい桜の棺にしてあげました。

 

そして遺影については、せめてもの供養として自分で作りましたよ。

 

最近のアプリはすごいですね。

 

集合写真の一部(指先ほどの顔サイズ)を使い、それをA4サイズに

 

引き伸ばしても、AI調整でまるで写真館で撮影したが如く

 

まとまるんですから。

 

最初調整しすぎて、家族から母の印象と違うとか言われちゃいましたよ。

 

なのでそこからさらに調整して「らしさ」を出すのに少し時間が

 

かかりましたね。

 

 

 

棺に何を入れるか弟と相談しましたが、一番女性が輝く

 

結婚式の集合写真(昭和30年代のもの)と晩年によく喉が渇いたと

 

言っていたので好きだった白ブドウジュースを紙コップに移し

 

ラップをして入れてあげましたよ。

 

最後の見送りには祭壇の花を棺に満たしてね。

 

 

 

晩年にいつも持っていた赤いバッグを入れる?

 

何も持っていないと旅立ちに不安にならないか?とか

 

思っていましたが、これは遺品として残すようにしました。

 

母が最後まで使っていたガラケーと共に。

 

 

 

葬儀の前にお勤めして頂く住職とお話ししましたが、

 

絵経典という物を見せられ人が亡くなると、どのような工程をたどり

 

仏になるか?を絵と共に記した短冊状の冊子なのですが、

 

実に素人にわかりやすく説明してくれ優しいお坊さんでしたね。

 

そして読経の際も今まで聞いたお経の中で一番平易で分かりやすい

 

物でした。

 

 

 

読経も終了し出棺を経て火葬場に向かいましたが、

 

そこは比較的古い火葬場で、炉が10機あり間隔も狭かったですね。

 

なので、近くに他の親族が居たりして、この地域では

 

そんな感じが普通なんだな、さとこのお父さんの火葬の際は

 

もっと近代的だったよな、などと思っていましたよ。

 

 

 

火葬が終わり母は小さな骨になってしまいました、、

 

自分の前にずっとあった姿は永遠に無くなってしまった訳です。

 

そして京都での埋葬となりますので、骨壷には全骨ではなく

 

部分骨を収めるようにしました。

 

それを持ち京都の寺に49日の法要に行くことになります。

 

 

 

私は母が亡くなった初日に散々泣きましたから、

 

今では淡々と過ごしています。

 

皆さんの中には親御さんを亡くされた方もいらっしゃると

 

思いますので、私もやっと皆様と同じステージに立つ事が

 

できましたね。

 

 

 

そして無事に最初の葬儀を終え、やれやれと帰宅したのですが、

 

さとこがポツリと、

 

 

僧侶の読経の際にかなり大きな断末魔の叫び声がずっと聞こえていた

 

お母さんなのか背後に居た者か分からない

 

ただ同時に行われた初七日の読経の際には声は小さくなって行った、、

 

 

と。

 

 

いや、あの、、、は???

 

 

断末魔の叫び声???

 

これ仮に母の声だとしたらどんな意味なの?

 

 

でも、さとこは家族や身内の者について詳細霊視はできません。

 

何かのストッパーがかかるようなんです。

 

 

無事に最初の葬儀を終えたと思っていたらかなり衝撃的な

 

話なんですが、、

 

 

永遠に意味がわからないのか、、

 

誰か自分に教えてくれないか、、

 

自分にできる事はないのかずっと自問自答しているんです。

 

 

母方の爺ちゃん婆ちゃんが迎えに来てくれているはずなんですが、

 

さとこの言葉が脳裏から離れないんです、、

 

 

 

唯一分かるのは、読経というものは相当な言霊が入っているのは

 

確実だと言う事です。

 

普通の言葉ではないんですね、、