ペットたちはよく見ている 私の飼い猫クロの思い出
この間ね、免許更新のお知らせが届いたんです。
届いてから2ヶ月の間に免許を更新しなきゃです。
そう、私は夏生まれ。
ギラギラの太陽は俺のもの!(何それ)
でも、めっぽう暑さに弱くて毎年スライムみたいにドロドロに溶けてますから
動きにくいんですよ。
なんつ==か、べったりギトギト加齢臭って感じ?(キタナイ)
もはや具から異臭もするしね(末期)
でだ、免許更新はね、私、ゴールド免許!!!
というかここ20年くらいずっとゴールド。
理由? 若い頃 こんな車でヤンチャしてたから
(いやいや)
捕まりまくり&免停&罰金 の嵐だったからその反省で。
いやヤンチャ車は別として、免停&罰金はマジです。
当時、40km規制の道を「31kmオーバー」したから。
知ってます?
規制速度より30kmオーバーすると、マイナス6点で 一発免停&罰金なんですよ。
何がカッコ悪かったと言えば、小さな子供達を連れた さとこと共に
某県の警察署に行った事ですかね。
もはや警察官から犯罪者扱いされましたしね。
家計も苦しい中、高額な罰金も取られて、おまけに免停、、('A`)
もう家族にこんな想いをさせたくないと、その後にお詫びで行った
某県のファミリーランドの、こいつに誓ったんですっっ!!
(機関車トーマス フォーエバー:笑)
それからはね、もうホントに安全運転。
首都高とか高速道路でも、全く無理な運転をしないばかりか
どう運転すれば、同乗者が楽か? という事をいつも考えていますね。
こんな車で
(いやいや;また)
てな感じで、20年くらいずっとゴールド免許を更新し続けてる訳。
まあそれより問題なのが、視力検査かな。
何せ私の視力は裸眼で
0.000000000000000001 くらい?
メガネをかけても 0.1 くらい??
昼間は良いのですが、ここ4年で夜間などは道路の行先表示とか
ほとんど見えませんからね (´∀`*)ウフフ
え〜〜と、超音波ってやつ?
イルカとか出してるじゃないですか?
私は視力が劣った分、超音波を発して周りの車との距離を測りますから
大丈夫なんです!!
大丈夫、、だよ?
大丈夫、かな、、
大丈夫、、、だろう
だ、だ、、太宰府って感じ?(は?)
という訳で免許更新に最寄りの警察署に行くです。
でだ、受付とかに並ぶじゃないですか?
そうすると、
おやっ!! こんなところに イケメン が!!
とかなるんですよ。
で若い娘から、超イケメンとイチャラブしちゃお ♡
とかなって、ハイハイ、サインは後でね〜とか大騒ぎ。
免許更新どころじゃなくなって、しんちゃん 参ったな〜って(妄想)
いいや、さっさと済まそう。
このブログも さっさと済まそう。もはや夜11時だしね。
という訳で、しんちゃん おやすみ zz zzzzz 、、
ーー
ー
ー
・・・・ん? さとこ後半??
さとこ、こうはん
さと、、こ ー はん、、
!!
さとうのごはん!!!
やった===!! ジャスティス!!
続く ♡
ーーーーーー
こんにちは、さとこのチカラのさとこです。
いつもご愛読ありがとうございます。
少しずつコロナの予防接種も始まり
地域によっては30代の方、10代の方も打ち始めている様ですね。
地域差があるのですが東京ではまだ65歳以上もおわっておらず
お知り合いの中にもコロナの感染者の方が出始めました。
その方はご主人が発熱し咳と呼吸困難になり
PCR検査の後、陽性と診断され
自宅療養ということで酸素の吸引器と
酸素濃度を測る機械が送られてきたそうです。
現在は陰性になりご主人は会社に通い始めたそうですが
濃厚接触者だったご家族はそうはいかない様です。
無症状の様ですが奥様もお子さん2名も
14日間外出禁止でお二人とも学校を休まれています。
学校はそのお子さんのために個別でリモート授業をしてくれている様ですが
ついにかなり近所まで来たなという感じです。
お父様の感染経路もわからず「電車かも、、」というくらいです。
とても真面目にかなり神経を使って感染予防をされていたご家族でしたので
正直とてもびっくりしました。
予防していてもかかってしまい
そのご家族も隔離されてしまうというのは
大変ですね、、、
また、別のお子さんはコロナではないのですが
かなり気つけて自粛生活をされており
コロナでなくても少しでも体調不良の時は学校を休んだりしています。
「コロナ禍での心の支えは?」と聞くと男の子さんでしたが
小さなうさぎのぬいぐるみを見せてくれました。
一人っ子さんで本来なら外で遊びたい盛りの年代の小学生さんですが
じっと我慢しています。
本当はペットを飼いたいとお母様に所望したそうですが
おうちの事情でペットが飼えず
代わりにぬいぐるみを与えたとの事でした。
そうやって頑張っているお子さんを見ていると
本当にけなげで
自己中心的な行動をしている人たちが本当に許せません。
そういう適当な人たちのせいでどれだけの子供や学生が迷惑しているのか、、、
考えて欲しいものです。
最近私がとても許せないのは
コロナの暇潰しにとペットを飼い
「ううるさいから」「めんどくさいから」という理由で
たった2週間〜1ヶ月で保健所に持ち込むご家族がいるという事です。
そんな事を子供の前でして、その子は大人になった時また同じことをするのでは
ないかという心配があります。
ある記事ではコロナ前からアメリカでは
子供の誕生日やクリスマスプレゼントでサプライズで
子犬を与えるということがおこなわれており
その後殺処分や虐待、放置などが問題になったことがあります。
日本人は仏教ですから
「命は全うするまで」という考え方で
最後まで治療することもありますが
キリスト教では考えが違い
ノアの方舟伝説から
治療しても回復の見込みがない癌などのペットは
最後にパーティーを開いてあげて
飼い主自ら注射をうち安楽死させるということも
行われている様です。
それは「人間が動物の命の責任をとる」という考え方からだそうですが
まだ元気な犬になんで治療を最後までしないのか、、、と
仏教徒の私は思ってしまいます。
でもその人たちは「これ以上苦しまないように」という事で
涙を流しながらいい思い出と共に泣きながら注射を打つそうです。
また、中国や韓国の一部では犬は食用として
まだ食べる地域もある様です。
競走馬も日本でさえ最後は食用にすることもあると
乗馬をなさっているご相談者の方から聞いたことがあります。
牛や豚も鶏も羊も魚も私たちは食べています。
生まれてから一度も外に出ることなく
食用として処理されます。
また、薬品開発では多くの実験動物も使われています。
沢山の犠牲の上に私たちの生活は守られています。
そのことを考えると自分が動物を可愛がっているのも
「この子の兄弟は今頃どうしているんだろう、、」と
気になることがあります。
でも、色々な事はありますが
昔から人間とともに生きてきた犬や猫は
多くの人にペットとして可愛がられ
人生を共にしています。
それは石器時代から、いや、それ以前からかもしれません。
自分が出会った動物たちだけでも
その子が幸せな人生が送れるように
一生懸命尽くしてあげたいと思っています。
ご相談者の中にも多くの犬猫を飼っている方がいます。
ペットショップ、ブリーダー、保護団体からなどなど
色々な道筋で飼い主の方のところに来ている子達です。
霊視の時ちょっとケージが見えたり
クッションに乗っている姿が見えると
ついついその子のことを聞いてしまいます。
そしてご相談の時には
その子たちが色々なことを教えてくれることがとても多いです。
それは亡くなったワンちゃん猫ちゃんも同じで
その子たちの相談でなくても
色々と話し始めることが多いです。
なので今回のお話は「ペットたちはよく見ている」というお話を開いていこうと思います。
ペット自体を見てほしいというご依頼もとても多いのですが
そうではないのに映り込んでいるペットの子達もたくさんいます。
また、最初のご依頼ではペットの話はなく「家族写真の一部」として
送ってこられたお写真の場合もあります。
でも可愛がられている子であればあるほど
色々な事を話してきます。
「ママね、最近元気ないの、、、すごく心配してる、、
一人の時泣いている時もあるんだよ、、」とか
「僕が死んだから悲しませちゃったんだ、、
だからそばにいるかな泣かないでって伝えて」
とか色々行ってくるのです。
そして亡くなってもいつまでも飼い主のそばに居ます。
初めて私がペットの事で霊的現象を受けたのは
高校生の時の事でした。
私は小学生の頃猫を飼っていて
その猫は先代の猫が自宅で産んだ猫だったのですが
子猫は2ひき生まれ
先代の猫の記憶は無く、すでに物心ついた頃には亡くなっていて
一度は「3びきは飼いきれない、、」と同居して飼っていた20代の叔母(小姑)が
段ボールに入れて川沿いに「誰か拾ってください」と書いて
置いてきたのです。
当時私の家族は祖母と今でいう自律神経出張症の寝たきりの20代の独身の
叔母との同居で、母はいつもこの二人にいじめられ子供達の私たちも
虐められ母はまだ若く萎縮しているところがありました。
また、もともと母猫も叔母の飼い猫だったので
口出しし辛い状況でした。
なので母はその場では「捨ててはかわいそう、、」と言えなかった様でした。
まもなく雨が降り始め後悔して「やっぱり連れ戻さなければかわいそう、、」と
動物好きの母が小姑の叔母の事を無視して
すぐにまたダンボールを川まで走って拾いに行ったそうです。
家から1.5キロくらいだったと思いますが
母は運動が得意ではないのに必死に雨の中走り置き去りのダンボールを
のぞいたそうです。
昭和の時代、そのような捨て猫というのは当たり前と言えば当たり前の
習慣だったのかもしれません。
すると二匹いたはずの猫のうち、少し洋猫風のグレーの子猫は誰かが拾ったのか
すでに箱にはおらず、
キジトラの子猫だけ雨に濡れてニャーニャー泣いていたそうです。
その子を抱いて連れて帰り、母を含め私と妹、父が
とても大事に可愛がって育てました。
「クロ」という名前をつけ雄猫で体が小さくとても声の高い猫でした。
小姑の叔母と祖母は餌をやることもなく
私は毎日その猫と布団で寝ていました。
いつもいつも一緒で、とても懐っこく
私が眠るまでずっと腕枕で寝ていてくれました。
お客さんや郵便屋さんにまでついていくような猫でした。
でもある日、目の前でクロが通事故に合いました。
当時は放し飼いが当たり前の時代でした。
赤い車のサングラス運転手のおじさんが出てきて
「かわいそうに、、」と、、、
幼い私が「クロー!!!!」と駆け寄ると
力を振り絞って立ち上がり、私の方に1歩、2歩歩いて
バタッと倒れてしまいました。
泣きじゃくる私をよそに気がつくともう車はいなくなり
急いで母に知らせ電話帳で動物病院を調べタクシーで連れて行きました。
なんとか一命は取り留めたものの
脊髄をやられていてもう歩くことは出来ないだろうと言われました。
そしていつも母の手作りご飯を食べていたクロは
動物病院の缶詰の餌を全く食べないので衰弱しているというのです。
なのでクロが大好物だったミートスパゲティーを母が作り
一緒に病院に持っていくことにしました。
するとクロは脊髄がやられて横になっていたままなのに
私たちの顔と母の手作りスパゲティーを見て
歩けないはずなのによろよろと立ち上がり
寄ってきて餌をモリモリ食べ始めたのです。
お医者さんもびっくりして「まさか、、そんな立てる状況ではないはずなのに、、
奇跡です、どうか毎日ご飯を持ってきてやってください!」と言われ
それから毎日毎日クロの好物を作り母と病院に通いました。
駅で言うと3駅くらいあったと思いますが
毎日母と近道を歩いて通いました。
そして完全に歩けるようになって帰ってきたのです。
でもあまり寿命は長くはありませんでした。
次は腎臓をやられおしっこが自分では出せなくなったのです。
そう言う時になると全く世話していなかった叔母が「私の猫だから触らないで!」と
部屋にこもってクロに合わせてくれなくなったのです。
ある夜かなり症状が悪くなり
お医者さんにきてもらいました。もう今晩が最後かも、、と言う感じでした。
すると「ニャー、ニャー、ニャー」と3回私を呼んでいるような声が聞こえました。
私は「クロは絶対死なない、死んでほしくない」と言う気持ちから
なぜか現実を見るのが怖くてその時部屋に入る勇気がありませんでした。
でも、それは本当に最後の私を呼ぶ声だったのです。。
まもなくクロは息を引き取りました。
私はものすごく後悔し両親と妹とみんなで泣きました。
そして両親が色々探して動物霊園に埋葬しました。
こう言う時になると叔母は急に淡々としていました。
「一番大事な時だけ自分の大事さをアピールしたい」と言う感じで
亡くなっても大して泣くこともなく埋葬に付き合う訳でもなく
知らん顔です。
それならなぜいつもご飯をあげていた母や一緒に寝ていた私から
わざわざ引き離したのか、、、
それから数年して部屋でぼーっとしていると
なんとなく幼稚園の時に使っていたバックが
目に飛び込んできました。
小さかったクロは私が無理やり幼稚園バックに入れて
クロの顔だけ出して「おそらとぶ飛行機ごっこだよー!」と
「ブーンブーン」と言いながら
家の中を肩からかけてあちこち歩いて遊んでいたのを思い出しました。
でもクロ怖かったと思いますが幼い私に怒ることもなく
遊びに付き合ってくれていました。
それを思い出してバックの中を弄ると、
1本だけクロの毛が残ってるのを見つけました。
それもなんというか導かれるように見つけた感じで不思議な気持ちでした。
でもそれは正しくクロの毛だと言うことがすぐに分かりました。
この事があってから私は犬が亡くなる時などは
一番柔らかい耳の後ろの毛や背中や顔の周りの毛など
火葬の前に少しだけ切って取っておくようになりました。
火葬するといつも撫でていた可愛かった毛に会えなくなってしまう、、、
それを教えてもらった気がします。
それから年月が経ちました。
9年くらい経ち私は引っ越しもして高校生になっていました。
たまたまなんですがその霊園は新居から車で割合近いところにありました。
たまにミートスパゲティーを持ってお墓参りに行っていました。
命日は3月27日、今でも覚えています。
そして「もうクロがかわいそうだから7年間は新しいペットを飼わない」
となぜか7年という数字が浮かび心に決めました。
7年の間に都内で引っ越しもし、7年経って大きな犬を飼い始めました。
クロはもうきっと成仏してくれているだろうと思いました。
お墓参りも気がつくと毎年行っていたのに行かなくなっていました。
そんなある時夢を見ました。
その夢はあの交通事故の残酷なシーンなのです。
一歩、二歩来てバタッと倒れるシーンです。
一番辛かった思い出、、
私は飛び起きて大泣きました。
カレンダーをみるとそれは12月27日、月命日だったのです。
そしてまた1ヶ月後夢を見ました。
またあのシーンです。
日付をみると1月27日、また月命日なのです。
母にも伝えてみました。
いったいなんなんだろう?
どうして一番残酷なシーンなんだろう、、
泣きながら話しました。
そしてまた1ヶ月後、同じ夢を見ました。
日付をみると2月27日、またです。
私は父と母に相談しました、「きっとクロが何か呼んでいる」そう感じました。
即座に父に無理を行って会社を遅刻してもらい
高校に行く前の早朝に急いでお墓に連れて行ってもらいました。
するととんでもない事実がわかったのです。
そのお墓は亡くなった年と月に分かれていて
クロは9年前の3月のところに他のわんちゃんや猫ちゃんと
一緒に埋葬されました。卒塔婆や造花、お供えなどもありました。
ですが、すぐ隣の前まであった9年前の2月のお墓が取り壊され
今年の2月のお墓に新しくされていたのです。
つまり、このお墓は場所の関係もあり10年で新しいお墓に順次入れ替えないと
ならないようになっていた様なのです。
クロは最後取り壊される前にお参りに来て欲しかったのだと
すぐにわかりました。
それを母と妹に伝えクロの大好きだったミートスパゲティーを
お供えに改めて家族で行きました。
その後恐らく取り壊され新しい年の3月のお墓になったのだろうと思います。
クロは私たちのことを忘れてなんていませんでした。
そしてちゃんと知らせに来てくれました。
私にとって一番辛いシーンの思い出、、
最初は「なんで楽しい思い出で出てきてくれないんだろう?
何か私悪いことしたのかな、、」と悩みました。
でもそれはそう言うことではなかったのです。
私が一番ショッキングだったシーンを見せることで
「クロが何か訴えている!」と思い
動かさせるためには
楽しい夢ではダメだったのです。
知らせ方は色々ですが
このように相手にショックを与えて動かすと言うこともあるのです。
私はとても嬉しかったです。
私に訴えてくれた事、
ずっと覚えてくれていたこと
そばにいてくれたこと
自分のお墓の最後を見届けて欲しいと思ってくれた事、、
きっと今でも私のことを見ていてくれていると思います。
最近母が写真を整理していると「クロ」のたった一枚の
写真が出てきて私に渡してくれました。
ずっと大事にしていたのですが引っ越しや結婚で
どこに行ってしまったのか、、と思っていました。
昔はフイルム式カメラで24枚か36枚しか写真を撮れませんでした。
なので父は最後の方フイルムが余るとクロの写真をたまに撮っていました。
すぐに動いてしまうのでぶれている写真ばかりで
ほとんど写真は残っておらず
まともな写真は1枚あるだけでした。
たった一本見つけた毛はまだ見つからないのですが
どこかにまだあるはずです。
昔はいつも机の写真立てに一本の毛を入れて
写真も飾っていました。
いつの間にかどこかにしまっていた写真がポッと出てきて
「さとこが持ってなさい、それが多分一番いいから」と
渡してくれました。
数年前叔母は亡くなりましたが
親戚にも知らせず埋葬先も教えてもらえません。
樹木葬だと言うことだけわかっていますが
葬儀には親族の誰も兄弟さえも呼ばれませんでした。
結婚式の時もそうでした。
兄弟や親戚の間で祖母の介護をしている母の悪い噂を言いふらしたり
父にもさんざん迷惑をかけ
幼い私たち姉妹も散々いじめ
色々なトラブルメーカーなまま亡くなりました。
その後叔母は大きなナメクジの姿になってじゅうたん敷きのリビングのど真ん中に
真夜中に3回も母一人の時に目の前に現れました。
母の優しさにすがりリビングの隣の仏間に入れてもらおうとしたのでしょう、、
でももし神様がよく思っているなら
母の好きな姿で出てくるはずです。
鳥や蝶などであれば母は仏間に入れていたかもしれません。
でも現実そんなに甘くはないのです。
母は何が何だかわからずただ怖くて外に逃しました。
後で霊視で叔母だったと分かり
人を苦しめ続けた人の最後を見させられました。
でも仏間に入ることはご先祖さまたちから赦されることはありませんでした。
仏事に厳しかった祖母や父でも
叔母の身勝手さには堪忍袋の尾が切れたのだと思います。
どのような人生を送るか、、、
本当に神様は厳しいのだなと思いました。
人に嫌がらせをする人はそうなるのだと思います。
理不尽な人はどう裁きを受けるのか?目の当たりにさせられました。
今も色々なペットを大事にされている方がたくさんいると思います。
そして介護し亡くなり悲しんでいる方もたくさんいるとおもます。
でもリビングのお写真など見ると「ここに写ってますよ」というと
「そこはいつもお気に入りでよくいる場所でした」と
お答えになる方が多いです。
普通の人には何も写っていないように見えても
私には視えるのです。
その後も他のペットたちも私のところに色々言いにきてくれます。
忘れた頃に急にです。
楽しい夢、辛い夢
色々な形ででできます。
でも姿はなくても
この様に可愛がられた子たちはきっとすぐに輪廻せず
飼い主が亡くなるまで待っていてくれると思います。
心配で輪廻したとしてもすぐそばにいると思います。
どうぞ皆様もペットたちとともに
お幸せになってください
応援しています
頑張ってください
それではまた
さとこ
ーーーーーーー
さとこは本当に動物好きなんです。
お金があれば、全ての保護された動物を引き取りたいというほど。
私も動物は好きですが、おそらくその熱意は さとこが上でしょう。
私にできるのは、せめて私達の元に現れた動物(ペット)を
大切に愛する事です。
そしていつか亡くなる時に「あ〜幸せだった」と思ってくれる事を
願っています。
皆様もきっとペットを飼われている方も多いでしょう。
さとこが霊視した様に、可愛がられた動物達はいつまでも
飼い主の事を想い、そして側にいて見守っています。
どうか姿が無くなったとしても、居なくなった訳ではない事を
ご理解頂ければと思います。
さて、私はまた日が昇る時間に、ポメを散歩に連れ出してやるかな、、
ではおやすみなさい。
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