はっきり言って、この神社。鳥居を潜るのに勇気が入ります。佇まいが尋常ではありませんから。
それもそのはず、伝承に寄れば頼政公の首塚なのです。もっとも他の頼政神社にも同様の伝承があるものがあるようです。
ウイキペディアから引用します。
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頼政神社(よりまさじんじゃ)は、茨城県古河市錦町(観音寺町)にある神社。旧社格は村社である。もとは古河城南端の立崎曲輪(頼政曲輪とも言う)にあったが、 渡良瀬川の河川改修工事のため、大正元年(1912年)に古河城北端の現在地に移転された。
祭神は源三位頼政(正一位頼政大明神)である。『古河志』・『許我志』に引用されている頼政神社縁起によれば、治承4年(1180年)の以仁王の挙兵において、源頼政が平氏に敗れて平等院鳳凰堂にて自害した後、従者が頼政の首を笈にいれて持ち帰ったところ、下総国葛飾郡古河の立崎(龍崎)で笈が急に岩のように重くなったため、この地に塚をもうけて祀ったとされる。このときの従者は、本縁起では「猪早太(いのはやた)」あるいは「下河辺総三郎」とされているが、該当する実存の人物は特定されていない。なお、『永享記』にも同様の記述があり、従者名が「下河辺三郎行吉」とされている。一方、下野小山氏の菩提寺・天翁院にある小山氏系譜には、下河辺行義が頼政の首を葬ったとある。
同様に、頼政の首を葬ったとする伝承は、茨城県龍ケ崎市の頼政神社にもある。伝承の正確さは良く分からないが、かつての古河は下河辺氏の拠点であり、下河辺氏は源頼政の郎党であった。龍ケ崎地方の在地領主であった龍崎氏も下河辺氏の流れであった。
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社号標。
神社の紋について掲示板というか、張り紙がしてあります。不思議なことに、紋についてとうとうと述べているのに肝心の紋の絵がありません。これでは分からないもんと、悶絶してしまいます。
二の鳥居。
境内社の稲荷。
かなり古そうな狛犬です。元禄時代のものということです。
社殿です。
蛙股は龍ではないです。波に花でも浮いているのでしょうか。
境内社の水神宮。他の人のブログを見ると、この前にも狛犬があったようですが、見落としました。うーむ、なかったのかなぁ。
何ともアバウトな説明図の張り紙あり。魅力的です。










