築土神社 将門ゆかりの神社 23区内シリーズ(8) | 虫と花 人と鳥

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スピリチュアルが好きで関心のあるものにレンズを向けます。ようやく人って面白いなと思い始めています。神々の皆様、背後霊そして周囲の全てに感謝を捧げます。ありがとうございます。

地図からもわかるようにまさにビルとビルの間の神社。こちらの神社は初めて訪れました。



ウイキペディアから引用します。
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築土神社(つくどじんじゃ)は、東京都千代田区九段にある神社である。通称、築土明神。

創建時の祭神・平将門に因み、武勇長久の神社として親しまれ、千代田区北の丸公園にある日本武道館の氏神でもある。 毎年正月に授与される勝守(かちまもり)は有名。

現在は天津彦火邇々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)を主祭神とし、平将門、菅原道真を配祀する。

江戸時代の文献によると、平将門の首(頭蓋骨や髪の毛)そのものも、かつては当社内に安置されていたといわれ、多くの将門所縁の社寺の中で、将門信仰の象徴的神社となっていた。もっとも明治になると、教部省の指示により将門は相殿に格下げされ、代わって天津彦火邇々杵尊が主祭神となり現在に至っている。 また、戦災で焼失するまで、将門の首を納めたという首桶、将門の肖像画(束帯姿)、木造の束帯坐像等が社宝として伝わっていたが、昭和20年4月、戦災により社殿とともに全て焼失し、現在は、一部の写真が残るのみである。 拝殿の装飾や絵馬等には,巴紋のほか,平将門に因んだ繋ぎ馬(つなぎうま)の紋が使用されているが,これは神社境内にある天水桶(文政元年)の彫刻を模したもので,築土神社の登録商標となっている(平成23年現在)。

天慶3年(940年)6月、江戸の津久戸村(現:千代田区大手町付近)に平将門の首を祀り、「津久戸明神」として創建された。室町時代に太田道灌により田安郷(現:千代田区九段坂上)へ移転させられて以降は「田安明神」とも呼ばれ、日枝神社、神田明神とともに江戸三社の一つにも数えられることもあった(江戸三社のうち、日枝神社、神田明神以外は固定していない)。元和2年(1616年)に江戸城外堀の拡張により筑土八幡神社隣地(現:新宿区筑土八幡町)へ移転し、「築土明神」と呼ばれた。明治7年(1874年)天津彦火邇々杵尊を主祭神として「築土神社」へ改称する。
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す、すごいなぁこの狛犬。

光が入ってしまいましたが、ちょっと不思議な入り方?

社殿です。

もう一対の狛犬もすごいなぁ。



角度を変えてもう一度。



狛犬の説明書きです。

扁額です。

境内社の稲荷です。

狛狐もどこか気品がありますね。



右側の狐、取れてしまった首をすげ直したようですが、将門じゃああるまいしねぇ...

本殿です。

何でしょうか。やたら気になりますが...

通りに神社の由来が書かれたものがありましたが、読みにくくて目に留まらないでしょうなぁ。

ビルの神社はがっかりすることが多いのですが、築土神社は良かったです。すばらしい。