烏森神社 将門ゆかりの神社 23区内シリーズ(6) | 虫と花 人と鳥

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スピリチュアルが好きで関心のあるものにレンズを向けます。ようやく人って面白いなと思い始めています。神々の皆様、背後霊そして周囲の全てに感謝を捧げます。ありがとうございます。

加門七海さんの著書『将門は神になれたか』(文庫版は『平将門魔方陣』)に基づき、4月27日に1日で都内23区内の将門ゆかりの神社巡りを敢行したときの様子を報告しています。1日に北斗七星の順に一寺十社を巡ったので、それぞれの写真が少ないのはご容赦願います。

これまで、
鳥越神社
兜神社
将門首塚
神田明神
を巡り、これで北斗七星の柄杓の部分が完成しました。

後は、北斗七星の柄の部分

筑土八幡神社(これは関連深い築土神社とでワンセット)
稲荷鬼王神社
鎧神社

を巡ればよいわけですが、この八社で構成される北斗七星ラインが、将門調伏の烏森神社と水稲荷神社で構成されるラインで分断されるというわけですね。

今回ご紹介するのはこの調伏の烏森神社です。この神社は以前にも紹介したようにちょっと変わった趣の神社なんです。



ウイキペディアから再び引用します。
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倉稲魂命(稲荷神)・天鈿女命・瓊々杵尊を祀る。

社伝によれば、天慶3年(940年)、平将門が乱を起こした時、鎮守府将軍藤原秀郷(俵藤太)が武蔵国のある稲荷神社に戦勝を祈願したところ、白狐が現れて白羽の矢を秀郷に与えた。その矢によって速やかに乱を鎮めることができたので、それに感謝してどこかに稲荷神社を創建しようと考えていた所、秀郷の夢に白狐が現れ、神鳥が群がる場所が霊地であるとお告げした。秀郷が現在地である桜田村の森に来た所、お告げの通り烏が群がっていたので、そこに神社を創建したのが当社の始まりであるという。
江戸時代の稲荷ブームの際には、初午の稲荷祭の賑わいは《江戸で一二を争うものであった》という(境内案内板における山田將夫宮司の説明、1971年)
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変形タイプの鳥居。

社殿。

扁額

アジサイが展示されていました。4月27日の時点ではアジサイは珍しかった。