前回の日輪寺について記しておきます。今でこそ大手町にある将門の首塚には将門の法号「蓮阿弥陀仏」を刻んだ碑しか残っていませんが、以前はその近くに日輪寺と神田明神がありました。
昔々荒れ果てた首塚を見た時宗の真教上人は、近くにあった日輪寺に留まって将門に「蓮阿弥陀仏」の法号を与えて塚を修復・供養すると共に近くの神社を修復して将門の霊を合祀し、神田明神としました。
その後、神田明神も日輪寺もそれぞれ現在の場所に移されました。神田明神の方は今もなお将門と深い縁がありますが、日輪寺の方は縁が薄れてしまったようです。しかしながら、「蓮阿弥陀仏」の文字を刻んだ石塔婆のオリジナルは今もなお日輪寺に保存されているということです。
さて鳥越神社ですが、
鳥越神社の由緒書には将門の名は一切記されていませんし、神社側は将門との関わりを否定しているようです。が、将門の首が飛び越えたので「鳥越」としたとか、将門の手が埋まっているとかの伝承もあるようです。
境内社である福寿神社。
拝殿です。
拝殿前の狛犬。
神社の紋である七曜紋も意味深。将門の紋である九曜紋との関わりとか、北斗七星由来の七曜紋であるとか言われています。
境内社である志志岐神社。
神社を道路側から眺めてみました。











