手長神社(2) 長野県諏訪市上諏訪 | 虫と花 人と鳥

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スピリチュアルが好きで関心のあるものにレンズを向けます。ようやく人って面白いなと思い始めています。神々の皆様、背後霊そして周囲の全てに感謝を捧げます。ありがとうございます。

早朝に手長神社でたまたまお会いした地元の方は、私にこれを見て下さいと、神社に掲げられていた小さな写真を指摘。これです↓(反射でてかってしまいました)。なんでも、宮司さんが別の諏訪神社の彫刻をわざわざ撮ってきたもののようです。



えっ、手長、足長とは文字通り手と足が長い妖怪(?失礼しました)のような存在?私はぴんとひらめきまして、質問。「このお二人は夫婦ではないですか?」その通りだそうです。更に質問、「奇稲田姫のお父さん、お母さんでは?」その通りだそうです。やはりそうでしたか。つまり、手長、足長とは手名稚(てなづち)と足名稚(あしなづち)のことらしい。ちなみに、手長、手名稚がお母さんです。

ウイキペディアから「手長足長」を引用します。
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手長足長(てながあしなが)は、秋田県、山形県、福島県、長野県に伝わる巨人。

概要
「手足が異常に長い巨人」として各地で共通しているが、手足の長い一人の巨人、または夫が足(脚)が異常に長く妻が手(腕)が異様に長い夫婦の巨人とも言われ、各地で異なる。

(中略)

長野の上諏訪町(現・諏訪市)では、手長足長は諏訪明神の家来とされており、手長と足長の夫婦人組の神といわれ、手長足長を祀る手長神社、足長神社が存在する。

神仙としての手長・足長
また、これらの巨人とは別に、不老長寿の神仙としての手長足長の伝承もある。これは出雲神話に登場する奇稲田姫の父母手名稚(てなづち)と足名稚(あしなづち)に由来するとされ、御所
の宮殿内などに姿を描くことによって天皇の長寿を願ったのだといわれている。

記述例として、『大鏡』(11世紀末成立)「邸造りに、絵画に、趣向の名手としての花山院」の条に、「(中略)手長・足長などを金蒔絵にして作らせた」と記されており、花山天皇(10世紀末)の頃には、空想上の人物たる手長・足長が認知されていたことがわかる。この手長は、空想上の国たる「長臂(ながひじ)国」に住み、足長の方は、「長股国」に住むものとされている。このほか、随筆『枕草子』にも清涼殿に手長足長が描かれていることが語られており、現在では岐阜県の飛騨高山祭の山車の装飾や、高山市の随所にある彫刻にもこの手長足長の姿を見ることができる。
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でも、私には、素戔嗚尊(すさのお)の八岐大蛇伝説に登場する奇稲田姫(くしいなだひめ)の父母である足名稚若しくは脚摩乳(あしなづち)と手名稚若しくは手摩乳(てなづち)が、それぞれ脚と手の長い異様な姿であったとは到底信じがたいです。諏訪には足長の上に手長が乗って諏訪湖の貝を採っていたという古来からの伝承もあるそうで、ここら辺あたりに話の混合、混乱があるように思われます。

ちょっとぼけぼけの拝殿の写真。

境内社が横に広がって配されています。



龍王大明神には

こんなものが置かれていました。