誰もが陥りやすいこと、それは、自分は特別である、自分だけは大丈夫だ、という根拠もない思いこみ。勿論、特別な存在であるのは確かだが、それは誰にでも言えること。
子どもの頃、タンスに嵌っている大きな鏡を見て、私は自分に問いかけたものだ。こうやって自分を見ている自分はいったい何者なのだろうかと。自分は何故か鏡に映っている自分そのものではないように思われるのだが、このように考える存在が存在している仕組みはいかようなものなのかと。結局、何もわからなかった...
スピリチュアルに興味がある人間には多いのだが、自分は神に特別に愛されているのだという根も葉もない思いこみ。実は、神は誰しをも愛している。一人一人の異なる人間を、一人一人異なるそのままで愛している。
自分だけは大丈夫?そんなことはない。私も以前は「自分だけは大丈夫」そう信じ込んでいた。そうしたら、とんでもないことが起き、ちっとも大丈夫ではないことが身にしみてわかった。いかに自分とは脆いものであるかということを...とは言え、今はこうやって普通に生活できているのだから、結果的には大丈夫だったとも言えるのだが、常に大丈夫だなんてとても言えない。でも、それでいいではないか。いつも大丈夫、ではないからおもしろいのだ。プラスにでもマイナスにでも行けてしまう自分だから、その分大きく揺れて振幅のある人生になっている。いくらでも揺れていいのだ、戻ってこれればいいのだから。
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