「博愛」とは、辞書で引くと「全ての人を平等に愛すること」とある。「全ての人」、「平等に愛する」、ピンとこない。私にとっては「博愛」は「薄愛」だったようだ。「薄愛」とは愛がさめること...ではない。深く沈潜することにより傍目には薄まって見えなくなってしまっていても、どっこい息づいている。
隠されているものが明らかになってしまう昨今。臭い物には蓋だが、その蓋が外れてきている。そのような時代であるのに、あるいはそのような時代だからか、虚偽、欺瞞、詐欺が横行する。誰の目にも明らか...なはずだ。その役目を担った人はわかりやすく、演じてくれる。ありがたい。
こんな中にあっても、自分を忘れることなく、自他の関わりを大切にしたい。私の使っているワクチンソフトは今年はやや冷たい感じのお薬のアイコン(臆するのアイコン!)であったが、来年のは燃える矢(に見える)。熱血、復活、といきたい。
私にとってスピリチュアルの仲間達は宝物である。正月にはお台場でまた逢えることを楽しみにしている。
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