弟に最後に会ったのは去年の11月1日。


母親とワタシの発表会を観に来てくれたのだった。

一ヶ月前にメールで誘ったときは
「僕そんな華やかな場に行く自信がないな」なんて消極的な返事だったけど、
居心地悪そうに、いつものはにかみ笑顔でそこに居た弟。


・・・・・来てくれた。


すごく嬉しかった。


夜、メールがきた。
「ステージに立っているお姉ちゃんを観て、アルバイトを始める勇気が出たよ。」

弟のメールはいつも、相手に気を遣っている。
すごく丁寧で“イイコ”な文章で、相手を喜ばせる。


良かったんだよ。そんなに気を遣わなくても。

弟がどんな気持ちでメールを返してくれていたか。
どうしてもっと察してあげられなかったのだろう。


・・・・・・・・あれからもう一年がたってしまったんだね。
あの日は仕事が休みだったこともあり、
お土産にドーナッツを沢山買って、近所にある姉夫婦の家に遊びに行った。

最近笑顔を見せるようになった甥っ子が可愛くて可愛くて、
その笑顔を見たくてボール遊びをしたり、おやつをあげたりして過ごしていた。


突然、家の電話が鳴り姉がいつもの調子で出る。
ワタシは少しぐずり始めた甥っ子を抱き上げあやしていた。

「あっお世話になってます・・・えっ・・・はい・・・・・・・はい・・・」

次第に声が低くなっている姉の声。
ただならぬ雰囲気を背中に感じ振り返ると、
あの気丈な姉が大きな目を見開いて、
今にも泣き出しそうな表情でこちらを見ている。
電話で受け答えをしながら、
「どうしよう・・どうしよう」と声にならない声でワタシに訴える。

ワタシは急いで近くに寄り、姉の背中に中に手を回す。
ワタシの腕を掴む姉。
激務をこなす義兄に何かあったのか・・・!?
焦りながらもどこか姉を支えなければ・・・・と冷静だった。


・・・と姉の口から聞き慣れた名前が。



「唯が・・・・唯が・・・・・」



・・・・・・・・・・・・・・弟が?・・・・・・・・・・・・・・・
なによ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



悪い予感がじわじわと嫌な感覚で体中に拡がっていく。




「部屋で・・・・冷たくなっているって・・・・・」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うそ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お姉ちゃん、うそでしょう・・・・・・・・・・・・・・!?



「・・・はい・・・はい・・・・失礼致します。」

気丈な姉はきちんと受け答えをし電話を切った。


ワタシは現実を受け止められずパニックだった。


「やだやだ・・・・うそだよぉ・・・・・そんなのないでしょう・・・・・・・・・・・
・・・・・なんでぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やだよぉ・・・・・・・・・・」





それを認めれば現実になってしまうような気がして必死に振り払った。



姉は、泣きながら過呼吸を起こしているワタシから甥っ子を引き取り、
自らも泣きながら、「大丈夫・・・座って・・・」とワタシを椅子に座らせた。


「そんなのってないよぅ・・・・・・やだよぅ・・・・・・・」





なぜ弟が死ななければならないの?






優しいばっかりで人とうまくコミュニケーションがとれず、
悩んで悩んでニートのような状態が続いていた弟・・・・。


でも頑張ってやっと正社員として会社に入って、
・・・・・・・・今日は初出社の日だよ。


昨日がんばってとメールしたばかりだよ・・・・・


返信は無かったけど、まさかまさか・・・・・まさか・・・




姉が取ったその電話は、弟が入社した会社の上司からだった。

今日は弟が約1ヶ月間の研修をパスし、初めての出社の日だった。
時間になっても顔を見せず、電話をかけても繋がらない。
おかしく思った上司は、その日の16時に退社しようとする弟の同期Aさんに、
帰りがてら様子を見にいくよう指示をした。


Aさんは弟の家に着くが、インターフォンを押しても返事がない。
ノブに手をかけると、ドアが開いた・・・。


一言断って、1Kの狭い廊下を歩き部屋に入ると、
唯がパイプベットに横になっている。


寝ているようだ。
声をかけるが返事はない。



まさか・・・・
おそるおそるその顔に触れると・・・・



冷たい。





急いで上司に電話をかけた。



電話を取った上司は警察に連絡をし、現場に急いだ。
弟が緊急連絡先として記していた、実家の番号に電話したが、
働きに出ている両親にはいくら電話しても繋がらない。

そこでもうひとつ書かれていた姉夫婦の電話番号にかけた。



弟が死んだ。





外の空気はまだ肌寒く、
でも春の訪れを少しずつ感じさせるような3月の、夜明け前。


母の云うところの「芽吹き時」。



自殺だった。



いつか起こるんじゃないかと心配していた心優しい母、

厳しすぎたと自らを責めていた教育者の父、

仕事、結婚、元気な子供。その強さと優しさで幸せを手に入れていた姉、

そしてワタシ。




どこにでもいるだろう平凡な家族の、
それぞれの日常の中で受け取った、突然の死。

残された家族が弟の死を受け入れ再生していく日々を記していく。