こんばんは。
あおちゃんにお悔やみを頂きましてありがとうございました。
12月1日。
前日が病院の休診日でお見舞いに行けなかったので昼休みに会いに行こうと考えていました。
カテーテルになった姿は病状を殊更悪く見せるようでかわいそうで悲しかったですが、投薬や栄養投与が楽になれば病状も回復するかもしれないと一筋の希望も持っていました。
主治医ととにかく一週間頑張ってみようと話しをしていたので、退院したら自宅での点滴や注射も私がやらなくてはいけないと思ったり、より高栄養の療養食を手配しなくてはいけないななどと考えていました。
あの日は仕事でも大変な案件を抱えていて、いつもより早く家を出てミーティングをしたり来客があったりとバタバタしていました。
一段落してiPhoneを全く見てなかったなと思い手に取ると病院から着信があったことに気付き弾かれるように折り返したところ30分ほど前に息を引き取ったと言われました。
嘘、嘘だよね?
病院に行かなくちゃ…
仕事を抜けさせてもらって病院にすっ飛んで行きました。
主治医に話しを聞くと前日にはオシッコが2回、ちゃんとウンチもして熱も下がり、薬も栄養も入った。今朝はあおちゃんと声をかけるとニャァニャァとお返事した。でも抱き上げてみると体が重く体温が36度まで下がっていた。体が重いのは内臓が働かず浮腫みがきている。これは危ないと私に1回目の留守電を入れたのが8時半。1時間後には静かに息を引き取った。すぐに2回目の留守電を入れた。私が着信に気付いたのはその30分後ということにでした。
すぐにIさんにも連絡して、自宅からあおちゃんの愛用のベットを持って迎えに行きました。
まだあたたかいあおちゃん。
人好きで最後まで本当にいい子だったよと言われて泣きました。
間に合わなかった後悔と独りぼっちで逝かせてしまうことが避けられた安堵と守りきれなかった悔しさとで張り裂けそうな気持ちでした。
大好きなママの元に返そう。
生まれ育った街に帰らせてあげたい。
ただそれだけを考えていました。
駐車場でIさんの到着を待つ間、あおちゃんと2人きり。あおちゃんの手を握りながら沢山話しかけました。
沢山ごめんなさいを言いました。
沢山大好きも言いました。
家族になってくれて嬉しかったことも伝えました。
Iさんの車に乗って帰っていくのを見送りながら堰を切ったように泣きました。
あおちゃんが旅立った空は朝雨が降っていたのが嘘のように綺麗な青空でした。
あおちゃんの瞳を見ているような美しい青空でした。
今日はIさんにご案内頂いて娘と一緒にあおちゃんに会いに行ってきました。
うちに来たばかりの時、娘の机の下にこもっていたけれど名前を呼べばちゃんとお返事してくれたね。
3日目の夜、あおちゃんそこにいて面白いの?仲間が沢山いるから出ておいでよと話しかけながらあおちゃんお気に入りの音の出るオモチャを鳴らしたらすぐに出てきて私にスリスリしてくれたね。
そこからは仲良しになるのが早かったね。
ケルと一緒のごはんコール。
背の高いあおちゃんはシンクに手を伸ばしてごはんの催促。
私がお手洗いに行けばケルと真珠とシェルとあおちゃんでぎっしり一杯。
甘えん坊さんトリオがすぐに結成されて私のソファーは猫だらけ。
私たちがごはんを食べている間ずっと足元にいてゴロゴロいってたね。
可愛いくて綺麗でお利口さんで。
あおちゃんを初めて見た時、タマが思わず「うちなんかでごめん」なんて言って笑ったのはほんのひと月前のこと。
うにゃ家には勿体無いほど素敵なあおちゃん。
悲しいのはあれ程強い絆で結ばれていたママと別れなければならなかったこと。
あおちゃんもママも離れ離れになんてなりたくなかったよね。
キャリアのあおちゃんは他の仲間とは一緒にいられない。
だからママは保護部屋を借りてあおちゃんを大切にしてきた。
大家さんの一言でなくなってしまう大切な居場所。
悲しいのは病気じゃない。
あおちゃんとママの気持ちを顧みることなく気まぐれに手を差し伸べて、掌を返す人の心。
個人のボラさんを限界まで追い詰める人の心。
それでも綺麗な瞳のあおちゃんは人が好きだった。
去勢手術までして捨てられたのにあおちゃんは人が好きだった。
その純粋で綺麗な心を思うと泣けてくる。
知らない家。
体調不良。
辛いだけの投薬と強制給餌。
入院させられても尚、私の呼びかけにちゃんとお返事して私の手にスリスリしてくれた。
その心が悲しい。愛おしい。
あおちゃん
あおちゃん
ずっとずっと大好き
あおちゃんがいなくなった娘の部屋であおちゃんを探してケルが鳴くんだよ。
あおちゃんどこ?って鳴くんだよ。
だから時々遊びに来てね。
みんなあおちゃんが大好きだからね。
最初に真っ黄色のオシッコを見た時、背筋が凍りつくほどの恐怖を覚えました。
7年前に虹の橋へ行ったおーちゃんが体調不良になり病院に行った日、初めてうちの子たちがキャリアとわかりました。すでに発症していたおーちゃんは酷い貧血で黄疸が出ていました。骨髄をやられてしまって血液が作れない状態でした。
11月はホタが発症を告げられた時期でもありました。ホタの場合は免疫が異常を起こし腎臓が体に必要なたんぱく質を排出してしまう状態でした。病名としては糸球体腎炎、いわゆるネフローゼでしたが、治療効果が上がらずゆっくり衰弱していきました。
あおちゃんは初見で肝リピドーシスではないかと言うことで治療を開始しましたが、やはり治療効果が殆どありませんでした。発熱の出どころもわからず、亡くなる2日前には軽いながらも貧血が始まっていました。黄疸もありましたし肝臓の数値も良くなかったですが、死ぬ程悪いという程ではないとも思っていました。
なんというか、あおちゃんの体自体が生きるのをやめてしまった。そんな印象です。手の施しようがないことが発症と理解しています。痛みや痙攣など目に見える症状が出なかっただけに食欲が廃絶するまで異常とは思えませんでした。Iさんともお話ししましたが、長患いせず苦しみも最小限に済んだことはあおちゃんにとっては良かったんだと思います。
白血病の怖さを殊更に強調してしまうとキャリアの子たちが益々敬遠され居場所をなくしてしまいそうで心配ですが、キャリアの子が家族にいる飼い主さんの役に立つこともあるかと考えて書きました。発症の線引きは医師によって様々ですが、全身のどこにどんな形で現れるのか読めないことがこの病気のひとつの特徴だと経験的に感じています。
白血病ウイルス。1日も早く治療ができますように。切に願っております。
青空を瞳に宿して美しいまま逝ってしまったあおちゃん。
大好きって言うからね。
またね、あおちゃん。