こんにちは、今回は微塵も神社神話関係ありません。

 

 ですが、決意表明は誰かにしておいたほうが達成率が高いと言われたので、ここで書きます。

 

 

 私はビンボーなのでバイトを掛け持ちしているんですが、今日はスーパーでのアルバイト。

 

 持ち前のぶきっちょと花粉による重度の鼻づまりにより、今日も今日とて商品を棚に並べる作業に大苦戦している中、いや〜〜〜な感じの音が聞こえてきました。

 

 

 

 ブォーーーーン

 

 

 「ヤツだ…………………」

 

 

 

 ええそうです。ハチです。

 

 

 私はこの世の終わりくらい嫌っているアシナガバチが、季節外れも甚だしく出没しやがったのです。

 

 

 瞬時に姿を察した私は、並べていた商品そっちのけで店の反対側まで大逃走。

 

 

 

 

 ところがどっこい、ヤツは私が怯えているのを面白がっているかの如く、ひたすらに追いかけてきたのです、

 

 

 「ひやぁ〜ーんッッッッっ

 

 普通の人なら恥ずかしすぎてもう二度と人前に出れないくらいの奇声を発しなが逃げる私を、ゴミクズのような目で見つめるお客様ども。

 

 ただひたすら狭い店内を全力疾走する大人。

 わんぱく少年も目を点にしていました。

 

 

 だいッッッッ嫌いなヤツから生き延びるため。プライドなんてありゃしません。

 生ぬるい涙を流しながら、ただただ無我夢中で逃げていました。

 

 

 

 ムシってのはなんなんでしょうか。

 捕まえようとしたら逃げるくせに、怯えて逃げる人間には寄ってくるのです。

 

 

 私は売り場から、商品在庫を保管してるバックへと逃げ込み、すぐさまトイレへ駆け込みました。

 

 

 その直前、偶然店長と目が合いました。

 その時の表情から察するに、私のことを

 

 「すげぇうんこ漏らしになっているヤツ

 

 だと思ったのでしょう。

 

 

 しかし、流石に何分もトイレに閉じこもっているわけにはいられません。

 

 

 

 私の常識人としての部分が

 

「虫が怖いとか言う理由でトイレに閉じこもって給料貰うなんて許されない」

 

 と諭し続け、3分ほどでトイレを抜け売り場へ。

 

 

 

 恐る恐る商品を出していた棚に戻ると、その床にはぺしゃんこに踏み潰されたヤツの姿がありました。

 

 

 「安らかに眠りたまえ。」

 

 そう言いながら、誰かに踏まれたヤツを箒で掃き、燃えるゴミの中へ突っ込みました。

 

 

 こうして無事生還したわけですが、ヤツを見るたびにビクビクしてたら体力がモタねぇ…

 

 最近恐ろしいくらい体力の落ちている私、ヤツくらいでは微動だにしないくらい強靭な精神を養いたいところです…

 

 

 そして、久々の全力疾走をかましたので明後日くらいには筋肉痛がやってくることでしょう。

 

 

 体力温存、そしてこの屈辱をもう二度と味あわないように…

   来年の目標は虫嫌い克服にしようと思います。

 

 

 それではさようなら。

 

 

 私の地元は京都府の宇治市というところです。

 

 ちょうど今日、京都アニメーションさんがPRイラストを描いてくださっていましたが、源氏物語ゆかりの場所であり、お茶で有名です。

 

 日本三大茶の1つ宇治茶、実は全部が全部宇治市で生産されている訳ではなく生産量では負けますが、茶にかける思いは静岡県さんにも負けません!

 

 小学校では蛇口をひねるとお茶が出てきますし、利き茶の授業もありました!!!!

 

 

 そんな宇治市のもう一つの魅力といえば、寺社なんですがご存知でしょうか??

 

 

 十円玉に描かれている平等院鳳凰堂も宇治市にあります。

 

 そして、古都京都の世界遺産を構成するもう1つの寺社が宇治にはあります。

 

 

 それは宇治上神社です。

 

 

 「なにそれ????」

 そう思われた方もきっと多いはず、、、、、

 後々、詳しく宇治上神社の魅力をみっちりギチギチにブログに書きたいと思うのですが、1つだけここで描いておくと「日本最古の神社建築」ということです!!!

 

 

 

 日本最古の神社建築、世界遺産など、こんなすごい称号を手にしているのになぜこんな知名度がないのでしょう…

 

 その原因を私は立地にあると考えています。

 

 

 

 京都には全国的に知名度の高い神社が乱立しています。

 

 そして、なんとも大変なことにあの伏見稲荷大社がそんなに遠くない位置にあるのです…

 

 

 電車で6駅離れたところ、というとそんなに近くない気もするんですが、とんでもなく観光客を持っていかれてる感があります。

 

 また、その間には刀剣オタク、競馬オタクが大興奮する藤森神社なんかもあったりして、、、

 

 

 そして、大体の人は伏見稲荷大社を見終わると、東山区(清水寺、八坂神社、三十三間堂、知恩院、建仁寺などなど)の方に行ってしまうので、私の地元に人があんまり来ない!!!!!(伏見稲荷を北に行くと東山区や京都市の中心地、南に行くと宇治市があります)

 

 

 キェェェェエエエエエエエエェェェェェ!!!!!!!

 

 

 もちろん、伏見稲荷大社をはじめ京都市内の寺社仏閣、とんでもなく大好きで狂ったように行っているのですが、、、もっと宇治市もチヤホヤされたい(;_;)

 

 

 

 そんな思いで近々、とんでもない熱量で宇治上神社のブログを書いていこうと思います。

 

 

 今、秋の京都に行こうと思われている方、嵐山、東山なんかもいいですが是非宇治へ!!宇治へおいで下され!!!!

 

 平等院と宇治上神社、そのほか多くの寺社仏閣(三室戸寺、興聖寺、宇治神社、橋姫神社など)、現存する最古の橋宇治橋、さらに美味しい宇治茶を使ったお菓子が待っていますよ!!!!!!

 秋の宇治はメッッチャ綺麗よ????????????

 

 

 また近いうちに頑張って記事を出しますので、是非見てください!!

 

 

 

(城南宮の後編など、中途半端に終わっている記事も1日1文字ずつくらい書いています…!書きたいことがまとまらない(;_;))

 

 以上、秋の京都へおいで下さる皆様に、お伝えしたいことでした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お久しぶりです。おちゃです。

 

 金欠に次ぐ金欠でバイト続きでここのところブログを始めたことさえ忘れていました。

 なんで金欠になったかと言いますと、神社を巡る遠征費もそうなんですが、とにかく浪費癖がすごくハマったものには何でもお金をつぎ込んじゃう性格のせいです。

 

 つい最近ノイタミナショップでBANANA FISH(全人類が見るべき神アニメ)の上映会なんかがあったんですが、その時に大量のグッズを買ってしまいまして、、、、

 微塵も後悔はしていないんです!!だって大好きなアッシュたんと英二たんに貢げたんですもの!!!!!!!

 でも、財布は正直です。飢え死にしそうになっていたのを見て我に帰りました。

 

 「え、、、わし、めちゃくそびんぼーやん?????」

 

 何となくで大量にいろんなサブスクに加入しまくっているせいで、毎月クレカの請求額が何もしなくても凄いんですが貯金を見たら割と足りなくなりそうでピンチだったので急遽バイトを入れまくったわけです。

 こういう時に派遣バイトって便利なんですね!!!助かりますほんと!!!!!

 

 その派遣バイトがとんでもないバイトだったんです。

 

 

 初出勤の日、遅れないようにと酷暑の中就業時間の1時間前に到着し、ずっと建物の前で待っていたせいで汗だくに。就労前から既に満身創痍になっていました。

 

 ようやく建物の中に入りレクチャーがあったんですが、その社員さんの滑舌が長州力すぎてほぼ何言ってるかわからないまま就労スタート。

 私も聞き返せばいいものの、冗談じゃないくらい怖そうな顔の方だったので普通に聞き返せずに始まってしまったのです。

 

 よりにもよって結構複雑な作業でして、横のベテランスタッフの見よう見まねで接客するんですが、不器用な私。とんでもねぇ失敗をしてしまいました。

 

 とんでもねぇ失敗をした私ですが、冗談じゃないくらい怖そうな顔の社員さんにとんでもねぇ勢いで怒られまくりました。

 「こんなこともできないの!?!恥ずかしくないの!?!?」

 長州力並みの滑舌だったくせに、怒る時だけアンミカ並みの聞き取りやすさだったのがまたムカつくところ。

 

 いやいや、聞き返さない私が悪かったんですが。

 

 その後、わからないことをちゃんと聞きに行こうと思ったのですが、その社員バックにいるんです。

 私の就労場所がレジなので、結構な移動しないといけないんですが持ち場を離れたら怒られるんです。

 

 「いやどうしろと????????」

 

 まーじでどうすりゃいんですかぁ…?

 横のベテランスタッフに聞くっていうのは絶対NGなんですよ。

 

 なぜなら、バイト間での会話は全部仕事みなすって言われてたので…

 

 いやでも聞きに来いって言われた…持ち場離れるのは一瞬だし許されるよね???

 

 

 

 いやいや、ベラボーに怒られました。

 「何持ち場離れてるん??いつからお前はそんなに偉くなったんだ???」

 

 怖い怖い。あんた言ってることの理不尽さわかってないの???

 そう思いつつ、すっごい申し訳なさげな表情を作りながら永遠と謝罪。

 

 金を稼ぐのって大変だな。改めて感じました。

 あんまりにも申し訳なさげな表情を続けたもんだから眉間に変なシワができました。いと悲し。

 

 

 

 そんな私、最近の願望は

 「絵が上手くなりたい」

 です。

 

 

 派遣バイトの他に結構長く続けているもう1つのバイトがあるんですが、そっちは慣れたもんで、もはや別のことを考えながら仕事を遂行できるようになりました。

 

 なので最近は古事記伝を自分の脳内で再生しながら、日本神話の良さをまだ知らない人たちにどうやったら伝えられるのかななんて考えたりしています。

 

 

 その結果、万人受けしそうなエピソードを漫画化したい!!!

 

 

 そう思うようになったんです。

 だから、絵が上手くなりたいんですよぉ!

 

 大国主のお話なんて漫画にしたらすっごい楽しいだろうなぁと思います。

 

 まあそんなことを考えつつ、毎日頑張っています。

 

 

 

 10月はほとんど出勤日なので、なんかもう鬱状態ですが頑張ります。

 

 

 おやすみなさい。

 

 

 

 

 こんばんは!

 一気に涼しくなりましたが、来週にはまた暑くなると聞き発狂しているおちゃです。

 もう、勘弁しちょくれい、、、、、

 

 さて、前回は5分と書きつつ10分分くらいの分量でしたが、今日こそ5分で読めるくらいにまとめます!

 

 

 ヤタガラスの話を始める前に少し。

 

 何回か前の貴船神社のブログでも書きましたが、彼はコノハナヤクサとイワナガという姉妹の2人を嫁に迎えることになったのですが、ブサイクだったイワナガを「こいつは嫁にいらない」と断ったのです。

 

 悲しくて悔しくて、怒ったイワナガはニニギとコノハナヤクサの2人の間に生まれた子に寿命を作ったのです。

 

 この瞬間、人間はもちろん神であってもその生には必ず終わりが訪れることになったのです。

 

 ニニギとコノハナヤクサの息子といえばウミサチ、ヤマサチの2人。そして、その2代後に誕生したのがイワレビコという神様です。

 

 

 イワレビコは現在の宮崎県にいましたが、「この地上を治めるにはこの場所ではいけない」そう思っていました。

 

 

 イワレビコは東へ(奈良の方面)への遠征を決意します。

 

 

 

 しかしそんな中、天界からこんな声が

 

 「イワレビコよ。先へ進んではいけない。荒ぶる神が多くいて危険だ」

 

 その声の主はタカムスビでした。続けてこう言いました。

 

 「だからヤタガラスを遣わそう。ヤタガラスの導く方へ進め」

 

 

 こうしてイワレビコのヤタガラスとの東征が始まります。

 

 

 

 

 あれ、なんかイワレビコって知っているような…?

 

 

 それでは後編でお会いしましょう!お休みなさい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お久しぶりです。おちゃです!

 

 しばらくバタバタして更新できていなかったので、5分で私が個人的に大好きな神話の話をしたいと思います。

 

 

 ところで先日、私は伊勢神宮へ行ってまいりました!

 由緒や見所などをまとめて今度、ブログに書きたいと思うのですが、その伊勢神宮に祀られている神様といえば…

 

 天照大神(アマテラスオオミカミですよね!

 

 というのは有名なんですが実は伊勢神宮には内宮と外宮があり、天照大神の祀られているのは内宮のみ。つまりは、外宮には別の神様が祀られているわけです。

 

 

 皆様が一般的に想像される伊勢神宮内宮なんですが、実はここから外宮まで結構な距離があります。

 

 私も関西住みなので結構な頻度で伊勢神宮へお参りはするものの、外宮へ行ったのは今回が初でした。

 

 細かい話は置いておいて、結構な人が「外宮はいっか〜」なんて言って流してしまうわけなんですが、そんな外宮に祀られている神様というのが豊受大御神(トヨウケオオミカミ)になります。

 

 

 そして、この神様。字面だけではイメージがつきにくいのですが女神様です。

 伊勢神宮は内宮外宮揃って女神様が祀られているんです!

 

 

 

 

 さて、読むスピードによってはもう5分が経過している方もいるのではないでしょうか。

 恐ろしいことに、ここからが本題です。もう少しお付き合いください…!

 

 

 

 

 日本という島国を生み出したイザナギとイザナミ、そんな2人から生まれたのがアマテラスオオミカミです。そのアマテラスの排泄物からワクムスヒという男神が誕生しました。

 

 ワクムスヒは穀物、養蚕の神になります。穀物といえば食、そして蚕といえば繭から糸を取り出すことのできる虫ですので衣ですね。つまりは衣食に関わる神様になっています。

 

 そんなワクムスヒの娘が豊受大御神になります。ワクムスヒ同様、衣食そして住を司る神様だと言われている豊受大御神ですが、ある神話がとても有名です。

 

 

 羽衣伝説

 なんとなくイメージつきますか?

 

 天から舞い降りた女神が海辺でキャッキャ遊んでいるところを男が見つけ、

 

 「なんだあの美女は!俺のものにしたい!!!そうだ、天へ帰れないよう羽衣(宙を舞うことができる布みたいなもの)を隠そう!!!」

 

 こんなストーリーを聞いたことがあるのではないでしょうか?

 

 これは近江国風土記(滋賀県)に記されているんですが、実はこの羽衣伝説、似たようなのがもう1つあるんです。

 

 

 それが丹後(京都府)羽衣伝説になります。

 

 丹後版では羽衣を隠したのは老夫婦だったのです。

 

 この天女、お酒も作れちゃいます。

 そんな能力を知った老夫婦は天女を娘にするんですが、とんでもねぇババアとジジイだったんですね。

 

 天女の作ったお酒で金儲けして豊かになった途端、天女を捨てます。

 具体的には家から追い出すんですね。

 

 「お前なんて用済みじゃわい、出て行くんだわい」

 

 そんな感じで家を追い出された天女、そのまま下界を彷徨いけてしまうと言うお話です。

 

 

 バッドエンドすぎるんですが、こっちの天女が豊受大御神になります。

 悲劇の主人公的ポジションなんです。

 

 豊受大神がマイナーな理由なんとなく察します…

 

 ちなみにちょっとややこしいんですが、丹後というのは天橋立なんかがある宮津市だったり舞鶴だったり、京都北部の海辺地域の5つの市をまとめてそう呼ぶんですが、

 そこからちょっと内陸部へ行ったところにある明智光秀が作った城、福知山城で有名な福知山市なんかがある丹波。この丹波という名前の由来も豊受大神が大きく関係しています。

 

 丹後にいたモラルの死んでいる老夫婦に追い出された後、豊受大神が住み着いたのがこの丹波という地域でそこで稲作をし始めたことから、羽衣の羽をとって丹波という地名になった説もあります。

 

 諸説があるので、地名の成り立ちの由来は「これが絶対!」というわけではないんですが、丹波に残る豊受大神の伝説はたくさんあります。

 

 またいつかお話しします!

 

 

 

 話は戻りまして、この丹後の羽衣伝説がマイナーなのはこの胸糞の悪さだけではなく、豊受大御神という女神の知名度も関係あるのかもしれません。

 

 豊受大御神、この女神は日本書紀には登場しません。

 

 だ日本人にとって馴染みの深い神話の多くは古事記と日本書紀いずれにも登場する話なので、古事記のみにしか登場しない豊受大御神のお話はあまり耳にする機会はないのかもしれません。

 

 だから豊受大御神という神様の知名度もあまり高くないのでしょうか。。。

 

 

 さてさて、豊受大御神ですが

 「衣食住が保証されてない波乱万丈の人生の人生を送りたいぜぇ」

 そんなギャンブラーの鑑みたいな人以外の安定した生活を送りたいという方はぜひ、衣食住を司る豊受大御神の祀られている神社への参拝をお勧めします!

 

 

 5分だいぶオーバーしていたらすみません、、、

 

 

 それではおやすみなさい!

 どうも!おちゃです!

 

 先日、ちょっと用事で東京へ行きました。

 「京都よりちょっと北だし涼しいかもなぁ」

 なんて思った私がバカでした。全然暑いですね。

 

 最近は用事がなければひたすらエアコンの効いた部屋に閉じこもる生活をしています。

 これまで所謂「文化系」を極めまくってきた私、それでも多少は頑張って散歩したりして体力をつけようと頑張ってきたのですが、、、、。きっと秋が始まる頃にはゾンビになっていることでしょう。

 

 

 

 それでは参りましょう。

 本日ご紹介する神社は城南宮です。

 

 TODAY'S
 
城南宮

 

 「城南宮」という神社。聞いたことがないと言う方も多いのではないでしょうか。

 

 しかし、京都府民にとってはかなり馴染み深い神社の1つです。

 

 と言うのもこちら「方除(ほうよけ)の大社」として有名な神社です。

 

 「方除って何なん?」「聞いたことはあるけど、具体的なことは知らないな」という方も多いのではないでしょうか?

 

 城南宮の歴史をお話しする前に、今回は方除についてご説明していきたいと思います。

 

 方除って何?

 

 結論から書いてしまうと「方除とは凶方位を犯すことによって降りかかる災厄を避けるための祈祷・祈願のこと」です。

 

 うーん。自分で書いといてなんですが、あんまりわかりません。もっと詳しくご説明します。

 

 北の玄武(げんぶ)、南の朱雀(すざく)、西の白虎(びゃっこ)、東の青龍(せいりゅう)

 これは中国における方位の四神です。

 

 玄武は亀と蛇が合体したような姿、朱雀は鳳凰ですね。

 

 この神々はそれぞれ決まった方位を司る神様になります。

 

 さらに中央に麒麟を加えると、五行に対応します。

 ここでいう麒麟は体は鹿、顔は龍、牛の尻尾と馬の蹄を持っているというキメラっぽい姿の神様になります。

 

 五行とは古代中国における自然哲学の思想のことで、万物は火(朱雀)、水(玄武)、木(青龍)、金(白虎)、土(麒麟)の5種類の元素から形成されているというものです。

 

 加えて、森羅万象が陽と陰の2つに分類でき、両者の属性は対立し万物の生成と消滅という現象を起こすとする陰陽という思想があります。

 

 これら2つを組み合わせてできた陰陽五行思想は、やがて日本に伝来します。

 

 日本に伝来してからは、日本独自の宗教思想である神道(おちゃの神社日記1で紹介しました)、同じく中国から伝来した九星術など様々な文化の影響も受け、独自に発展していきました。

 

 こうして誕生したのが陰陽道になります。

 

 かの有名な安倍晴明を祖とする、あの陰陽道ですよ!!大興奮ですね!!!!!!

 

 

 さて中国ではご説明した通り、決まった方角を司る神様は誰かというのは決まっていました。

 

 一方、日本ではちょっと違います。

 

 陰陽道では方角それぞれに神様がついているわけではなく、吉神(災いから救ってくれる神様)、凶神(凶悪な神様、災いをもたらす)が決まった方位に決まった期間、遊行します。

 

 つまりは定期的にその方位を司る神様が、吉神か凶神かは変わっていくというわけです。

 

 まぁ、なんとややこしいんでしょうか。なんかもう、嫌になってきます。

 

 この遊行システムの存在する吉凶神のことを方位神といいます。

 

 

 さてさて、陰陽師といえば平安時代。つまりはこの方位神が特に信仰されていたのも平安時代というわけですが、とにかくこの信仰のせいで結構人々が行なっていた面倒くさい風習がありました。

 

 それが方忌み(かたいみ)です。

 

 政治的な行動や戦の際に、それぞれの方角の吉凶を占い、吉神のいる方位、あるいは凶神を避けながら進むというのは何となく理解できますが、この時代の人々はただの外出時においても意識していました。

 

 例えば「用事終わらせたから家に帰っか!」となった際、家の方角が凶神のいる(禁忌の)方位を避けるために、わざわざ別の方角で一泊をして、翌日その宿泊先からみて家までの帰路が禁忌の方角を避けようとしたわけです。

 

 

 そこまでして方位にこだわる平安京、「だから京都は碁盤の目で東西南北わかりやすくなってるんですね!!!!」これは私が大学時代、方忌みの話を学んだ際に教授に放った言葉です。

 

 教授はゴミを見るような目で私を見て「たぶん違う」そう言ったのを今でも忘れません。

 

 

 さてさて、こうした方位神による吉凶は引越しや旅行、さらには家の間取りなんかも結構大きく関係しています。

 これは何となく、今でも気にされている方もいるかもしれません。

 

 定期的に凶方位は入れ替わるわけですので、家を建てる時にどんなにいい方位だったとしてもいつかは凶方位を犯すことになります

 

 そうした際に降りかかる災厄を逃れる、あるいは救い出してもらうために祈祷をしてもらうのが方除です。

 

 城南宮の歴史

 

 やっと本題に入ります。城南宮の歴史ですね!!!

 

 長岡京から平安京へと遷都した延暦13年(794年)に創建されたと伝えられています。

 

 新しい都である平安京の安泰、そして国の守護を願って建てられました。

 

 位置的にいえば平安京の中でも南の方角にあります。そのため「城の南」と書いて城南宮なんですね。

 

 そして祀られているのは国常立尊(くにのとこたちのみこと)、八千矛神(やちほこのかみ)、息長帯日売尊(おきながたらしひめのみこと)の3人の神様です。

 

国常立尊

 

 国常立尊といえば『日本神話』の中では最初の神とされています。

 

 ちょっとややこしいのですが、『古事記』においては天地開闢時に最初に現れたのは別天津神(ことあまつかみ)という5人の神々でした。

 

 一方の国常立尊は神世七代というグループに属しており、その中では最も現れたのが早かったとされています。

 

 余談ですがこの神世七代、陽神(男神)と隠神(女神)の2柱が対となって1組とされるのですが、この国常立尊と次に生まれた豊雲野神(とよぐもぬのかみ)だけは独身(独神)だったとされています。

 

 また、記述では「純男の神」とあり、これは要するに(陽気のみを受けて生まれ、全く隠気[=女]を受け付けない)という意味になります。

 日本神話には結構女好きの神様は多々登場するわけですが(この後すぐ登場します)、このお方は違ったようです。

 ずっと、色恋沙汰に浮かれるような方ではなかったのですね。

 すごい神様なのに何だかシンパシー感じちゃいます。

 

 

 『古事記』『日本書紀』さらには他の書物においても、いずれも早くに誕生している神様というわけなので、日本神話の中では根元神として神道において非常に重要視されている神様です。

 

 名前の通り「国を常(永久)に立ち続かせる」、つまりは国の永続性を担う神格を持っています。

 

 国常立尊を祀る他の有名な神社といえば、東京にある日枝神社が有名です。

 

 

八千矛神

 

 次の八千矛神、実は皆さんも多分知っている神様です。

 

 なぜなら八千矛神というのは、かの有名な大国主命(おおくにぬしのみこと)の別名だからです。

 

 出ましたチャラ男の権化!!大国主!!!!

 

 本来ならば大国主についてのご説明もここでしたかったのですが、あまりにも日本神話において特に重要な神様でり、あまりに文献やぜひ知って貰いたいポイントがあまりに多いため今回は割愛します。次回、もしくはその次あたりに大国主のみをまとめたブログを書きたいと思います。

 

 ここで知っておいて貰いたいのは、大国主はモテモテで子沢山であることから良縁祈願、さらには因幡の白兎を癒した際に癒しという神格が現れたとされています。よって病気平癒のご利益もあります。

 

 他にも国を築いた人物であるために五穀豊穣、商売繁盛であったり、夫婦仲も良好である(紆余曲折はありましたが、)ことから夫婦円満などのご利益も得られます。

 

 

息長帯日売尊

 

 

 こちらもかなり有名な方の別名になります。

 

 その方とは神功皇后です。彼女は第14代仲哀天皇の皇后、つまりは奥様にあたり神様でも天皇でもありません。

 

 しかしながら、古事記、日本書紀などを含め多くの文献が残っているように、かなり重要な立ち位置にいた女性であったといえます。

 

 神功皇后の説明の前に、皆さんは仲哀天皇ってご存知でしたでしょうか?

  

 学校で教わる際、何だか「神功皇后の旦那」という扱いを受けていたような気がします…。

 

 まあ何と言っても古墳時代の天皇ですから、神話としては残っていても歴史的事実としての話となるとあんまり教科書に書けるような内容はないのだと思います。

 

 

 

 

 唯一有名な話でいうと、仲哀天皇はヤマトタケルの息子です。

 

 「あれ、じゃあヤマトタケルって天皇だったんだけっけ?」

 と私ならなってしまうのですが、ややこしいことに違うんです。

 

 どんどん話がズレますが、このお話、個人的に私が大好きなので続けたいと思います。

 

 

 

 2つ前の天皇、つまりは第12代天皇は景行天皇(けいこうてんのう)というヤマトタケルの父でした。

 

 ヤマトタケル、双子(※諸説あります)の兄がいました。

 

 この兄、大碓(おおうす)尊というのですが、景行天皇の気に入った女性を奪ってしまいました。やはり親子ですね。好きなタイプは似るようです。

 

 景行天皇、気が弱いのかなんなのか、まあ怒ってはいたんですが、直接大碓に対して怒りませんでした。しかし、ヤマトタケルにはチクっていました。正義感の強いヤマトタケルはかなり怒ったようですね。

 

 そんな中、大碓は朝夕の食膳に顔を出さなくなりました。父親のお気に入りを奪ったことを気にしていたんでしょうかね。

 

 景行天皇は「ねぎ教え諭せ」とヤマトタケルに言いました。

 

 ねぎというのは「懇(ねんご)ろに」という意味で、「丁寧に教え諭しさない」ということです。食膳とは神様にご飯をお供えする大事な儀式の1つなんです。そんな時に顔を出さないなんて良くないから、そのことを説明してちゃんと顔を出すように説得してこい。そう伝えたつもりだったようです。

 

 

 しかし、5日経っても大碓は出てきません。

 

 

 仕方がないので景行天皇、ヤマトタケルに尋ねます。

 

 景行天皇「どうやって教え諭したのだ?」 

 ヤマト 「もう懇ろにしましたよ!」

 景行天皇「なんか話が噛み合わんな、どう懇ろにしたんだ?」

 

 ヤマトタケル「明け方、厠に入った大碓を待ち伏せして捕まえ、掴み潰して、手足を引きもいでそれを包んで捨てました

 

 とんでもねぇサイコ野郎です。彼、まだ15歳ですよ…。これには景行天皇もドン引き、というかヤマトタケルに怯え始めます。

 

 だから、ヤマトタケルをできるだけ自分から話そうとして遠征ばかり行かせていたんです。

 

 サイコパスの自覚のないヤマトタケル、何だか無茶な遠征ばっかりさせられていることだけはわかっており、なんで父のために一生懸命尽くしているのにこんな冷遇されているのかわからず涙を流していたそうです。そして、遠征中に疲労で亡くなったようです。

 

 なんだか切ない話ですよね。

 

 そんな訳でヤマトタケルは次の天皇には選ばれず、他の景行天皇の息子が選ばれました。それが成務天皇です。

 

 しかし、この成務天皇には子供ができなかったので、代わりにヤマトタケルの息子が天皇になったという訳です。

 

 父を愛し、父に愛されなかった勇者ヤマトタケル。なんだか割と最近のラノベなんかで見る展開です。現代のサブカルチャーにも応用が効く、日本神話。私もどんどんオススメの話を書いていきたいと思いますが、本当に面白いので是非読んでみてください!!!!

 

 

 

 さて、神功皇后のお話なんですが、こちらも大国主同様、かなり特殊な人物なので詳しく書きたーい!!!そう思ってしまった結果、今回は割愛させていただくことにしました。

 

 

 なので今回はこちらもご利益のみご紹介します。

 

 神功皇后の祀られている神社に参拝すると得られるご利益としては、安産・子授け・家内安全・勝運・厄除け・開運招福・土木治水有名なものになります。

 

 

 

 

次回予告

 

 

 全然関係のないヤマトタケルの話が長かったせいで、既にかなりの文量になってしまったので前編後編に分けさせていてだきます。

 

 >江戸時代にちょっとしたブームを巻き起こした『菊水若水』

 

 >鳥羽・伏見の戦いの跡地に!?!

 

 >城南宮の夏、厄除けの儀式

 

 >最後に(個人的な感想)

 

 

 

 今回もお読みいただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆さまこんばんは!おちゃです!

 

 私が京都府民として、他府県から京都に遊びに来た方に「ここは絶対に行った方がいい」とお勧めしている神社がいくつかあります。その1つが、今回ご紹介する貴船神社です。

 

 TODAY'S
 
貴船神社

 

 

 

 

 盆地で夏は溶けるほど暑い京都の中で、貴船・鞍馬は避暑地として有名です。

 

 しかーし!避暑地といっても最近は京都の中心地とほぼ気温は変わりません、、、

 

 蒸し蒸ししていますし、何と言っても涼しい屋内には食事をするとき以外は入れませんので、むしろ余計に暑く感じるかもしれません…

 

 

 何と言ってもここ、正直アクセスはかなり悪いです。

 

 京都駅周辺で宿泊されている方なら京都駅から京阪の七条駅へ(徒歩移動)、七条駅から出町柳駅(終点です)、京阪出町柳駅から叡山電鉄へ乗り換え、叡山電鉄で貴船口まで乗ってそこから、徒歩かバスを使ってようやく到着です(京都駅から出町柳駅までバスもありますが、遅延や人が多く座ることができないのであまりお勧めはしません、、)。

 おちゃは毎回頑張って歩いていますが、暑い中歩くにはかなりしんどい距離です、、

 

 ですが、そんな不便さを乗り越えてでも是非足を運んでいただきたい神社なのです!

 

 

 それではそんな貴船神社の歴史をお話しますね!

 

 

 貴船神社の創建と水の神様​​​​​​​

 

 

 貴船神社は全国におよそ2000社も存在する水神の総本社です。

 

 そして、読み方なのですが貴船神社の建つこの地域は貴船(きぶね)というのですが、神社に限っては貴船(きふね)と読みます。

 

 「なぜ、そんなややこしいことに、、、、」

 

 案内する際、いつも言われます。正直私も思っていました。

 

 しかしちゃんと意味がありまして、清く美しい水を連想させるために「ぶ」から濁点をとって「ふ」と読むようになったと言われています。納得ですね!

 

 

 さて、貴船神社の歴史についてですが、いつ建てられたのか。

 正確な年代については分かっていません。

 

 しかし、貴船神社に伝わるお話によるとどうやら第18代天皇である反正天皇の時代、つまりは433年〜437年の5年の間とされています。かなり歴史のある神社ですね!

 

 

 そして、この神社は水神様が祀られていると書きました。水神様の中でも、

 

 水の供給を司る神様[=高龗神(たかおかみのかみ)]が祀られています。

 

 残念ながら元々の社殿は1045年7月に洪水によって無くなってしまったので、現在の貴船神社は1055年に少し場所が移されて再建されたものになります。

 

 元々お社のあった場所は初代天皇で天照大神の末裔である神武天皇のお母様、玉依姫命が黄色い船に乗り、現在の大阪湾に注ぐ淀川から鴨川、そして貴船側を遡って上陸した場所だとされています。

 

 とんでもない距離です、、、しかも遡るって、、、、想像するだけでも疲れます、、、、

 

 そんな、場所で水神様を祀ることにしました。

 

 

 ところで水神様のお名前、聞いたことありましたか?

 

 実は結構有名な神様なんです!!

 

 (以下、神様の名前はカタカナ表記にさせていただきます)

 

 イザナミノミコトは自らから生まれてきたヒノカグツチの火によって死んでしまいます。

 怒ったイザナギノミコトは怒ってヒノカグツチを斬り殺してしまいます。残酷です、、、

 

 そのヒノカグツチですが、斬られた際に『日本書紀』では3人の神様が誕生したということが記されています。 

 

 そうなんです!!!その一人がこの高龗神なんです!!!

 

 結構複雑になってしまうので名前は省略しますが、高龗神には娘がいて、その娘さんの子供のそのまた子供、さらに子供の子供、つまりは玄孫(孫の孫にあたります)が、かの有名な大国主命になります。

 

 有名だの何だのと言いましたが実は高龗神、そんなに何をしたのかという記述なんかはありません。

 

 でも、この「龗」という字、何だか「龍」という字に似ていますよね。実は「龍」の古い表記で意味は同じです。

 

 龍の祀られている神社の近くには大きな池があったり、美しい川があることからもわかるように、龍は水を司る神様として信仰されてきました。

 

 何だかかっこいいですよね!龍ですよ!!龍!!!!!奥底に眠っていたはずの厨二病の血が疼きます!!!!!

 

 水といえば、水占みくじですよね!!!貴船神社の名物の1つです!!!水につけると文字が浮かび上がって来るおみくじです!!やらないという選択肢はない!!!

 

 

 

 ちなみに私は本当に前世は凶悪犯罪者だったのではないかと思うぐらいには凶が出ます、貴船神社はこれで3度目の凶…

 

 「わしが何をしたっつーんですかぁ、、、、神様ぁ、、、、、、うをぉぉおぉおおぉおぉぉおん(´༎ຶོρ༎ຶོ`)」

 

 しかし、諦めませんよぉおお!!!!来年こそ、来年こそは大吉を出して見せるんじゃい!!!!

 

 今のうちから徳を積みに積みまくっておこうと思います!はい!!

 

 

 

 

 さてさて、「水の神様なのでご利益は水に関することだけかー。あんま興味ないなー」

 

 と思われたあなた!!!!そんなこたぁありませんよぉ!!!!

 

 実は貴船神社、さらに奥に進むと中宮と奥宮があります。つまり、一番上の写真は本宮ということになります。

 

 奥宮は本宮と同じく高龗神が祀られているんですが、中宮(結社)には神社で貰いたいご利益ランキング第2位(※おちゃ調べ)の良縁結びの効果があるとされています!!!!

 

 

 磐長姫​​​​​​​命の結婚

 

 実はこの中宮に祀られているのは磐長姫命[いわながひめのみこと]という神様なのですが、何とも悲しい物語が、、、

 

 磐長姫命、実はブサイクな女神様として有名です。

 

 ある時、ニニギノミコトという神武天皇の曽祖父にあたる神様に嫁ぐ事が決まっていました。

 

 しかし何という事でしょう。一緒に嫁ぐことになった磐長姫命の妹、コノハナノサクヤビメが美しかったんですねぇ、、、

 

 そうです。磐長姫命はニニギノミコトからブサイクだったからという理由で嫁になることを拒絶、捨てられてしまったのです。

 

 ニニギノミコト…ルッキズムの象徴みたいな男だな……許せんですよ……

 

 磐長姫命の父親であるオオヤマツミノカミってこう言いました。

 

石長比売(=磐長姫命)を差し上げたのは天孫が岩のように永遠のものとなるように、木花之佐久夜毘売[コノハナノサクヤビメ]を差し上げたのは天孫が花のように繁栄するようにと誓約を立てたからである

 

 つまりは、磐長姫命を捨てたのだからお前の天孫が永遠のものとならないようになるぞ!=寿命が短くなるぞということですね!

 

 そして、やっぱり磐長姫命も怒りました。だから、磐長姫命は『日本書紀』でコノハナノサクヤビメとニニギノミコトとの間にできた子を呪ったと書かれています。

 

 人間が短命になったのはこれが起源だとされています。恐ろしいです…

 

 

 こうした、他の神を呪うという伝承がある神を祀っていることから、怖い噂もちらほら…

 

 「貴船神社」で検索してみてください。「行かないほうがいい」という検索候補がありますよね。

 

 これはカップルが行くと、磐長姫命に嫉妬され別れさせられるという噂があるからだったりします。(中宮まで行かなければ平気だと思います)

 

 まあ私には関係ありませんがねぇ!!!キイィィイィイィィイィィィ!!!!!!!!

 

 しかし、おひとり様のあなた!!!朗報です!!!!

 

 磐長姫命は「醜い私に会うためにわざわざ本宮から奥にある中宮まで来てくれた…!」

 

 そういう思いから良い縁を結んでくれるのだとされています。

 

 だから、縁結び神社としても有名なんですね!

 

 

 夫の愛を取り戻したい和泉式部も​​​​​​​やってきた!

 

 そして、さらっと流そうとしてしまいましたがちゃんと奥宮の話もします。

 

 

 

 この鳥居の裏に小さな橋がかかっているのがわかるでしょうか?

  

 そしてそのすぐそばにある立て看板に「思ひ川」と書いてあります。

 

 和泉式部はこの貴船神社へ赴き夫の愛を取り戻そうとしたというお話があります。

 

 この場所かどうかは不明ですが、ここに流れる川で身を清めました。

 

 当時は「禊の川」や「物忌みの川」と言われていましたが、和泉式部がこの川で身を清めた際に詠んだ句から「思ひ川」と呼ばれるようになったのだとか。

 

 

 桜 なほもたづねて 奥宮             思ひ川 渡ればまたも 花の雨

 

 何だか洒落た句を読んでやがります。意味はそのまんまです。

 

 え、?口調が何だか冷たくなった?

 

 そりゃそうですよ!!!今からすれば相当貞操観念が狂っている平安時代。なんてったって夜這いから恋が始まるのがナチュラルですからね!!!!そんな時代にかの有名な藤原道真から「浮かれ女」と言われたやつです。相当な小悪魔系だったんですね、これが。

 

 

 

 まず最初、橘道貞と結婚した和泉式部。子供も生まれ結構順風満帆な新婚ライフを送っていました。

 

 しかし、この和泉式部、まぁモテるんです。モテにモテまくり、順風満帆だった生活を狂わすことになります。

 

 冷泉天皇の第三皇子である為尊親王から言い寄られ、不倫してしまいます。

 

 親王と中流階級の和泉式部との恋愛。だいぶ身分違いの恋です。

 

 まあ当然、離婚ですよ。父親も激怒、勘当されちゃいます。

 

 さらに、為尊親王が急死。

 

 

 だがしかし!!和泉式部、もう恋なんてしないなんて〜言わないんです!!!!絶対!!!!!

 

 何と間も無くして和泉式部のもとを訪れた為尊親王の弟、敦道親王と恋仲になってしまうのです。

 

 為尊親王の死を悲しむ間も無く、敦道親王との恋の駆け引きを楽しみ、日記に書いています。本格的にやべえ奴です。

 

 しかし、そんな敦道親王も程なくして亡くなります。

 

 

 その後しばらくは大人しく仕事をしていましたが、30歳頃に藤原保昌と再婚します。

 

 詳しい原因については文献に記されていませんが、夫婦関係はかなり悪かったよう。まあ容易に想像できます。

 

 この時ですね。上の句を詠みました。どうやら、今度はしっかりと関係修復をしようとしたみたいです。

 

 こちらの話の続き、実は人によって解釈がまちまちで「夫婦仲が良くなった」とする人もいれば「夫婦仲はそのまま、ご利益はなかった」とする人もいるようです。(ご利益なしの説の方が有力です)

 

 しかしながら、藤原保昌が和泉式部にとって最後の旦那さんでした。

 

 モテにモテまくった和泉式部…ぜ、全然、羨ましくなんて、無いんだから!!!!!!!!

 

 

 七夕祭り

 

 さて夏に貴船神社に来た際、是非オススメしたいのが、貴船神社の七夕祭りです。

 

 7月1日から大体8月の中旬まで開催されています。

 

 

 私は絶望的に写真のセンスがないので、微妙に見えますがかなり立派です

 

 短冊には100円で願い事を書くことができます。

 

 私は年々悪化する知覚過敏が治るようにと願いを書きました。まだ願いはお星様には届いていないようです。

 

 

 夜はライトアップもあります!本当に綺麗ですので是非見ていただきたい!!

 

 

 貴船といえばの川床!

 

 やはり貴船といえば川床です。

 

 川のすぐ上に床があり、ちょっとひんやり。間近に川が流れているのでその音や景色から、目と耳からも涼むことができます。

 

 

 

 ただご注意いただきたいのが店選び。

 

 特にお盆中になると予約席しかない場所も!事前予約はほぼ必須です。

 

 お値段はランチでも平均7,000〜8,000円、いや最低でも1万円は用意したほうが安心です。

 

 かなりお高いです

 

 ちゃんとそうめんやお蕎麦などのお安いものもありますが、お盆時には尋常じゃなく並びます。最低でも2時間ってところです。

 

 しかし、高い料金を払っても、長い待ち時間があってもそれでもお釣りが返ってくるくらいのいい思い出になること間違いなしです!

 

 

 

 たくさんお店がありますので、是非貴船に行かれる方は事前に検索してある程度目星をつけてから行かれることをオススメします!

 

 

 おわりに

 

 マイナーというわけでもないのですが、やはりアクセスがそれほど良くないので時期をずらせばほぼ貸切状態で参拝することもできます。

 

 何より大自然の中の神社は格別に空気がうまい

 

 それにちょっとした異世界に行ったような、そんな気になれるような気がします。

 

 

 今回はあえて写真を載せませんでしたが、御朱印。ちゃんとあります。

 

 一言で言うと、シンプルイズベストです-_-b

 

 

 

 そして、私が貴船神社を訪れる際、必ずセットで行くのが鞍馬寺です。

 

 こちらは叡山電車で一駅先に進むとあります。かなりのパワースポットで非常に美しい場所ですが、神社日記なので詳しいお話は省きます。

 

 しかし、鞍馬寺の中に由岐神社という神社があり、そちら合わせてまた別の機会でお話しできればと思います。

 

 

 最後までお付き合いいただきありがとうございました!

 

 それではまたお会いしましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めまして始めまして!おちゃと申します。

 

 突然ですが、皆さんは全国に神社が全国に何社あるかご存知でしょうか?

 実はおよそ8万5000社あり、国内のコンビニの店舗数(約6万店 ※2023年現在)を大きく上回っているんです!

 そんな日本人にとって身近な神社ですが、皆さんは以下の問いに答えられるでしょうか?

 

 

 「そもそも神社って何?お寺との違いは?」 

 「神社の名前の最後って〇〇宮とか●●大社とか色々あるけど、違いはあるの?」

 

 

 今日はそんな話をしていきたいと思います!

 

 

 

 そもそも神社って何?お寺との違いは?

 

 

 『神社とは…神道の信仰に基づく祭祀施設のこと』

 辞書などではこのように記されていますが、「神道祭祀施設?何だそれ?」そう思われる方もいるのではないでしょうか。

 

 

 

 昔々、高天原という神々の住まう場所があったのですが、神様たちは下界にも新しい国を作ろうとしました。そこで2柱の神、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命いざなみのみことが国造りを命じられ、浮き橋から天沼矛(あめのぬぼこ)という矛を使って下界の海水をかき回したのです。そして、引き上げられた矛から滴り落ちた潮によって最初の島を作り出しました。そして、この後色々ありまして、淡路島や四国、九州と次々に島を生み出し、最後に本州が生まれ日本という国が誕生しました。

 今回は割愛しましたが、非常に面白いお話なのでいつかこちらの神話についても詳しくお話したいと思います!)

 

 

 

 聞いたことがある方も多いのではないでしょうか?

 このお話は「国生み」といって日本神話を構成するお話の1つです。

 現存する日本最古の書物と言われる「古事記」、そして伝存する史書としてこれまた最も古いと言われている「日本書記」これらにも登場する有名なお話の1つです。

 

 こうした神話に登場する八百万の神様を信仰対象するのが神道なのです。

 

 

 子どもの頃、「お米には7人の神様がいる」と教わりませんでしたか?

 自然の恵みに感謝すること。これは自然というものを敬う日本独自の習慣です。

 

 お米の例は神道の説明として正しいかどうかは少し怪しいところではありますが、立派な岩や木にしめ縄が巻かれているのを見たことがあると思います。

 これは地震や台風などの自然現象により異質な場所、あるいは不思議な形となって残る巨石、あるいは大きく逞しく育った大木の生命力、これらも神々の働きによるものだとし、日本ではこれらの自然物に神が宿るとされてきたためです。

 

 神様というとギリシア神話のゼウスやエジプト神話のオシリスなど人型のイメージが強いですが、神道における八百万の神とは山や海や木、あるいは風、さらには土地や物にも宿っており様々な形として信仰されています。

 

 

 実はこの神道という宗教、教祖や明確な創始者がいないなど、様々な要因からかなり異質な宗教であることでも有名なんですが、難しくなるので今回は割愛します。

 

 

 話は少し戻ります。

 日本では自然物に神が宿るという考え方があるとお話しました。

 

 

  そのため、立派な木や岩などの自然物を神様として祀るようになります。

 人々は神様に感謝の気持ちを伝える、あるいは子孫繁栄や豊作などを祈願するために建物を作りました。

 

 

 これが神社の始まりです。

 

 

 ちなみに、祀られている自然物を神が降臨して宿ったものとして「御神体」と呼びますが、御神体は自然物だけではなく剣や勾玉、鏡など多岐にわたっています。

 御神体が人工物の神社といえば、伊勢神宮の八咫の鏡(やたのかがみ)が有名ですね。

 

 神社に訪れた際はぜひ御神体が何かについて注目してみてください。

 

 

 

 さて、神社とお寺の違いですが、

 

 神様を信仰する神社に対して、お寺は仏教でありご本尊様(仏様)を信仰します

 

 

 そのため、全く参拝方法が異なります。

 

 「二礼、二拍、一礼」は神社のみです。

 お寺では手は音を立てて叩きません!

 

 静かに手を合わせ合掌します。

 

 皆さんの願いがしっかりと届くようにも、間違えないようにしてくださいね

 

 

 

 〇〇宮、●●大社 神社の名称の最後の違いって何?

 

「宮」や「大社」など、神社の名称の最後につくこれは社号といって6つの種類があります。

 

 1 「神宮」

 

 皇室とゆかりの深く、歴史のある神社につけられる社号です。

 

 そして、皇室のご先祖様に当たる神様を祀っていることが基準とされています。

 

 

 「皇室の先祖の神様?」と思われた方

 日本国の創始者であり、初代天皇は神武天皇です。

 

 神武天皇はアマテラスオオミカミの末裔であり、他にも多くの神々の系譜を取り込んだ神様とされています。

 厳密には正しいとはいえませんが、天皇は世襲制です。

  

 よって天皇は神様の末裔であり、皇室の先祖はアマテラスオオミカミをはじめとする神様になるのです。

 

 第二次世界大戦によって日本が負けた翌年の1946年、当時の天皇である昭和天皇はGHQによって人間宣言を発表しました。

 これは天皇自らの神格性を否定したものです。

 

 以上余談でした。

 

 

 あまり知られていませんが伊勢神宮の正式名称は「神宮」であり、この神宮とは伊勢神宮のことを指します。

 

 そのため、全ての神社の中で最も格式の高い神社は伊勢神宮となります。

 

  日本書紀によると、神宮号を用いていたのは伊勢神宮(三重県)、石上神宮(奈良県)、出雲神宮[現:出雲大社](島根県)の3社のみでしたが、平安時代になると鹿島神宮(茨城県)、香取神宮(千葉県)が神宮の仲間入りしました。

 

 明治時代になると天皇や皇室のご先祖様を祀る神社の一部の社号が改められました。

 

 

 現在、神宮号を用いている神社は廃社となった台湾神宮、朝鮮神宮、関東神宮と伊勢神宮を除いて19社存在します。

 

 2 「宮」

 

 こちらも天皇や皇室にまつわる人物、あるいは歴史上特に重要な人物を祀る神社に用いられています。

 

 神宮に続く、格式の高い神社だとされています。

 

 

 3 「大神宮」

  

 伊勢神宮の遥拝殿に用いられています。

 

 遥拝殿とは本来ならば伊勢神宮にお参りするのが良いのですが、遠方すぎてそれは叶わないため、そこを訪れることで伊勢神宮と同様の効果が与えられる場所を指します。

 

 

 関東にお住いの方はご存知の方が多いかもしれませんが、「東京大神宮(東京都)」のことを指します。

 

 実は日向大神宮(京都府)、山口大神宮(山口県)など他にも大神宮を用いた神社は10ヶ所ほど存在しています。

 いずれも伊勢神宮と同様の効果を得られるようですが、東京大神宮をはじめとして

 

 「伊勢神宮でお参りを!」

 

 とかなり圧の強いポスターが貼られていることが多いです。

 

 

 本当に伊勢神宮で欲しいご利益を求めるのであれば、伊勢神宮に行った方がいいということですね。

 遠方の皆さん、頑張りましょう!

 

 4 「大社」

 

 古くは出雲大社にしか用いられていなかったのですが、明治以降に総本社となる神社であったり、地方の中でも特に規模の大きい神社に用いられるようになりました。

 

 伏見稲荷大社(京都府)、春日大社(奈良県)などが総本社として有名ですね!

 

 5 「神社」

 

 最も一般的な社号とされています。

 

 実はこうした社号は明治時代に神社が国家の管理下に入った際に、基準を設けて用いられ格の高さが示されてきました。

 

 そして、神社という社号は国に神様を祀る施設として公認されたものを指していました。

 

 

 「大社を名乗りたい!」「神宮を名乗りたい!」

 これを実現するためには天皇による許可が必要でしたが、戦後は政教分離により国家による神社への直接的な関与は無くなったため、自由に名乗れるようになっています。

 

 6 「社」

 

 こちらは小さな神社に用いられています。

 

 祭壇のみ場合でもこの「社」として数えられます。

 

 

 

 

 最後に

 

 読んでいただきありがとうございました!

 

 

 神社日誌なんて言いながら、日誌っぽいことは何一つ書いてなかったので最後にちょっとした小話を、

 

 私は神社グルメをお勧めしています。

 実は神域の中でその土地ならではの食べ物やご神水を飲食することで、さらにご利益を得ると言われているんです!

 

 今宮神社(京都府)では「あぶり餅」、下鴨神社(京都府)では「みたらし団子」など、その神社で有名な食べ物を口にすることは単なる思い出作りや美食探求に留まらず、ご利益アップに繋がるんです!!!!

 

 今後の神社探索日記ではそうした食べ物についても書けたらと思っています。

 

 ところで、最近は様々な神社で納涼祭があってたくさんのご神水を頂くのですが、今日は喉が渇いてるからと飲みすぎてお腹がタプタプになり動けなくなってしまいました(泣)

 美味しいからといって飲みすぎ、食べ過ぎには要注意ですね!ガハハ!!

 

 

 見かけた際は是非皆さんも飲んだり食べたりしてみてくださいね!

 

 (飲食禁止の神社もありますのでご注意を)