3学期04回目レッスン その3 「“Granma! It’s me!”」 2011-02-18現在更新
(光の話4-1続き) ヒトから放射される光は、赤外線といわれる熱放射の一部で、可視光より波長が長い電磁波です。人は眼ではなく肌で温度を感じます。さらに波長が長いといろんな呼び方をされます。遠赤外線とか、電波とか。もともとは暗視カメラなどに応用されてましたが、現在は空港でのインフル発熱検査サーマルカメラ、TVリモコン、お店のレジのPOS エスカレーターの自動オンオフなどの人感センサーなどなど・・・ ![]()
前回話題になったピンンクレディー 48才で亡くなった歌手河島英五と同級生だったなんてご存知でした?
“Granma! It’s me!” フロリダに住む老婦人に、「今カナダに来ててさぁ、交通事故を起こして警察に拘束されている」とかかってくる“孫“からの電話、アメリカ版振り込め詐欺、昨日のNHKで聞きました。日本の手口とそっくり。SNSが介在している可能性もありうる?
Tunisia, Egypt, Algeria、Yemen、Iran and Bahrain と相次ぐ中東や北アフリカ諸国の若者中心の民衆不満爆発の原動力は食糧価格高騰やSNS(FACEBOOKやTwitterにあるといわれてい
ます。
今後心配されるのは、サウジや中央アジアの国々に拡散し、それが隣接する問題を抱えた、今や世界の大国になった某国の民主化徹底抑え込み(現状)の行方です。
Ladybird 天道虫のことです。
郵便ポストの思い出 Memories in pillar box 初めてアメリカに長期出張した時のこと、1970年代初め、ニューヨークに到着して泊まることになったのは7番街52丁目の古びたホテルでした。(10階建てくらいで名前はタフトホテルと云い、以降毎年のようにそこを利用した。仕事場は110階建て建築中の世界貿易センタービルの事務所で、毎日ホテルから地下鉄でダウンタウンまで通勤した。仕事はギリシャ船籍のマンモスタンカーの細かい仕様の打ち合わせであった。相手は大富豪アリストテレス・ソクラテス・オナシスの所有する海運会社ORIONオライオンという会社の番頭とその部下たちだった。)
日本に手紙を送ろうとして、ポストの場所を聞いたら、ホテルロビーを出たら、すぐ右手と教えられ、赤い円筒形のポストを探しても行ったりもどったりどうしても見つかりませんでした。他の色とか形とかを、想像だに出来ませんでした。2時間近く探して見つけたそれは青い角型でした。
ボンネット型のバス
1950年代頃までは大多数のバスがボンネットを持った形状であったため「ボンネットバス」の呼称は無かったが、キャブオーバーやリアエンジン車の台頭と共にそれらと区別するため、ボンネットを持った形状のバスは「ボンネットバス」と呼称されるようになっていった。 日本においては、大量輸送時代とともにボンネットバスの導入例が減少し、1971年には量産タイプのボンネットバスの製造は中止されることになった。しかし、製造中止後も、ボンネットバスは山間部の路線を中心に使用されていた。
ボンネットバスの特徴は、その構造上、前輪が運転手より前に位置していることである。そのため、山間部の狭隘道路に許認可された狭隘路線では、運転手が路肩の位置を把握しやすく、そのことが運転のしやすさにつながっていた。また、集落においては、通常の箱型車体ではオーバーハングとなる前頭部が民家の軒に支障を来すケースもあったが、ボンネットバスでは軒下にボンネット部分をくぐらせることにより通過可能であった。このため、ボンネットバスを通常の箱型車体のバスに置きかえるにあたっては、バス会社が民家にお願いして、軒を切り詰めてもらった、という逸話もある。
しかし、これらも道路の整備とともに改善され、ボンネットバスである必然性は失われていった。
1981年には江若交通の、1984年には呉市交通局の路線車が運用から外れたことで、定期運用されるボンネットバスは、いったん日本の路上からは消えることとなった。なお、期間限定的なものでは、岩手県北自動車が松川温泉線で厳冬期に限り四輪駆動のボンネットバスを路線バスとして運用している、 ほか観光用に走らせている程度。 またね。








