3学期06回目レッスン その1  「コッペパン    2011-03-03雛祭り 現在更新


今日は雛祭り、お飾りしてあられを食べましたか? Were it Hinamatsuri today, did you eat the decoration?    


さて6回目の復習です。 Seiko was abcent.  Group分けなし、全体でのdiscussionでした。合格



Cattle 牧牛、牧畜  distortion こじつけ unprofitable 儲からない、無駄な subsidy subsidize リヤカー handcart 荷物 load 果樹園 orchard 収穫 reap 繁殖させる breeding 自給自足 Self sufficiency 地産地消 local production for local consumption 没落 dawanfall
農地解放 Emancipation of farming land


えっ 左手遠方に見える旗が揚がっているbuidingビルについては、意見が分かれました。

There were various opinion as for the building where the flag seen in the left hand distance rose.  School 学校 hospital病院(Kuni) Village office村役場 Golf linksゴルフコース(Yusuke)  Tuberculosis or Hansen's disease sanatorium 療養所(Fukuko)



excrement
排泄物(上品な言い方) irrigate, irrigation潅漑 canal, stream, channel 用水 Millrace トタン屋根 Zinc roofing 


コッペパン French roll とは紡錘形で底が平たいパンをさす和製外来語です。 日本語の「パン」は216日の24回目ブログに書いたようにポルトガル語のpaoからきていますが、コッペフランスパンの一種 coupe(クーペ)が訛ったものです。
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ベトナムフランスパン 本当においしいですよ。店以外でも街角や天秤棒の売り子さんなど、あちこちで売ってます。焼いているかというと、その辺の細い路地の奥パン焼き釜があったり、豆腐を作っているところがあったりします。4-6年前のことですが、パンは手で触ってアッタカイのを、現地値段日本円で1たったの4-5くらいで買えました!


Kayoko asked to KH the differences between supper, dinner and lunch.
Fumio lloves night cap !



おすすめTV番組 土曜日6BS1 COOL JAPANのテーマは「パン」です。 明日金曜午後4BS1 Begin Japanologyは「花粉症」です。


予習: a traffic signal 信号機 wineryワイン醸造所
agricultural chemicals 農薬散布 dispersion 農薬空中散布 Cropdusting 模型飛行機 a dummy air plain TV anterna
computer cooking range powe tower
送電塔 道幅 Width of road, street


明日をも知れない私にはとても4050年後の風景は想像だに出来ませんが、誰が描いてくるでしょう?50年前。100年前に書かれた未来予想の本を読んだことがあります。当たっているものもありましたが、実現されていないものもありました。産業界で、科学技術分野の1020年後を話し合ったこともあります。かなり実現されてきました。

地球温暖化で両極地・ヒマラヤアルプスの雪氷が解けています。氷河期には今より海面100mも低かったと言います。半世紀先には海面が上昇して、神社だけが小島になっているかもしれませんね。 

See you tomorrow!


3学期05回目レッスン その2  「普通のヒトからアホなヒトへ    2011-02-24現在更新


そして、15年ほど前から私はアホなヒトへと変身していきました。 カゼ


Fukuko はいろんな疑問を提起しました。ホルスタインなどの乳牛や、鶏卵用白色レグホンは何時ごろ日本で飼われるようになったのだろう? 当時はなかったのでは? 昔の窓ガラスは小さい格子状のものだった。大きな1枚板のガラス窓はいつから一般家庭でつかわれるようになったの? 生ゴムの長靴は蒸れてしょうがない代物だったけど?・・・・・


★ Making Story

皆さんのミニグループでは、どんな話の展開になったのでしょうか。あす紹介してください。 ラブラブ!
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 1727 8代将軍吉宗は、オランダ人カピタンに馬の医療用として牛乳の必要性を教えられ、インドから白牛3頭を輸入して千葉県安房郡で飼育を始めました。これが近代酪農の始まりといわれています。農家の手によって酪農がおこなわれるようになるのは、1次世界大戦の前後とされる。  

 明治時代にホルスタインをはじめとするたくさんの乳牛が輸入され、昭和に入り、日本ホルスタイン登録協会が設立されてからは一気に人気が広がったとされています。

 1954年 (昭和29) 19回国会で「学校給食法」成立、公布される。以後、同年中に学校給食法施行令、施行規則、実施基準等が定められ、学校給食の実施体制が法的に整う。

 1963年 (昭和38) 脱脂粉乳に対する国庫補助を実施し、ミルク給食の全面実施が推進される。

 白色レグホン  真っ白な体に、赤いとさかがある一般的に知られている採卵用の鶏です。鶏といえばすぐ頭に浮かぶような、一番見たことが多い鶏かもしれません。体型は小柄で、骨と皮だけで肉は少ないです。最も採卵用鶏に向いていると言えます。

 原産はイタリアで、その後アメリカで品種改良が行われて現在に至っています。白卵鶏(白い殻のたまごを産む鶏)としても有名で、日本で流通している卵の80%はこの白色レグホンの卵です。世界中にも普及しているメジャーな鶏です。

明治以前までは愛玩用か闘鶏用であって、現在のようにその肉や卵を食べることを目的として飼ったものではありませんでした


 なぜこうなってしまったか簡単に説明しますと、ようするにアメリカ産のほうが「強く」「卵を多く産む」からです。なにしろ30年ほど前までは一羽当たり年間200個程度が標準とされていた採卵が、現在では年間350個までも産むように改良されているのです。ほぼ一日に一個産む換算になりますね。
 自給率100%の日本の採卵産業ですが、ニワトリの雛もエサも、ほとんどアメリカから輸入しているという事実を知らない方も多いのではないでしょうか。餌の主であるトウモロコシなどの原産がアメリカであることから、餌の輸入は仕方がないにしても、ヒヨコの輸入でもしているとは意外であることでしょう。


明治から昭和初期まで、馬の用途は農耕が主であった。例えば1932年の飼養総数は154万頭で、うち約113万頭が農耕用、30万頭が馬車用である。明治期になると乾田馬耕( いわゆる明治農法)が発達し、耕耘に加えて厩肥の生産も農耕馬の重要な役割となった。 ...


平安朝時代には、貴族や社寺の私的な領地である荘園が広まり、その中に馬を放牧する馬牧や牛を放牧する牧が作られた。牧で飼われた牛は貴族の乗る牛車を引くために用いられた。また乳の利用も盛んで、乳汁を精錬して作った酪、煮つめた煉乳様の酥、精製した醍醐などが貴族の間で用いられていた。

室町時代には武家の力が強まり、領地を持って米の増産に励むようになった。これに伴い平坦な土地に作られた牧は田畑に開墾され牧は山奥へと移っていったが、牛は農耕用と糞尿を利用した堆肥作のために各地で広く用いられるようになった。



牛肉は安土桃山時代に渡来した外国人によって食べられており、彦根藩では徳川時代に牛の屠殺が許されており、牛肉の味噌漬を幕府に送ったとも言われているが、一般には牛肉を食べることは忌み嫌われていた。



江戸時代には、中国地方でとれる砂鉄を原料としたたたら製鉄が盛んになり、原料の砂鉄や木炭を運搬するために足腰の強い地低な牛が用いられた。



明治から昭和初期まで、馬の用途は農耕が主であった。例えば1932年の飼養総数は154万頭で、うち約113万頭が農耕用、30万頭が馬車用である。明治期になると乾田馬耕(いわゆる明治農法)が発達し、耕耘に加えて厩肥の生産も農耕馬の重要な役割となった。

日本人 が牛肉を食べるようになったのは、まだ百年ほど前のことですから


(光の話4-2)身近な光 照明のあかり灯 各部屋や門燈、庭園灯 はすぐわかります。ひらめき電球
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TV画面や家電製品、 携帯電話 DVD, パソコン、ドアモニター 各種リモコン、冷蔵庫、洗濯機、調理器、食品、自動車、自転車、電車、・・・・ CD,DVD,PCのどこに光が使われているかお分かりですか?



肉用牛の歴史 飛鳥、奈良、平安と続く時期は仏教が伝来して定着していった時代で、仏教伝来の影響で度々食肉禁止令が出されて牛の食肉利用は減っていったが、特に桓武天皇(781806)の食肉禁止令により表面的には牛肉は食べられなくなったと言われている。しかし、食肉禁止令の背景には仏教の影響だけでなく、貴重な牛を保護するためであったとも言われている。
 それが徳川時代の終わり頃から外国との交流が盛んに行われるに従って、色々な情報も入ってきて、日本でも養鶏を一つの産業とし広まっていきました。アメリカやイギリスで養鶏の産業化がスタートしたのは、1850年頃と考えられています。それと同時に鶏種の改良が卵用・肉用・卵肉兼用に向けて急速に進められました。主なものでは白色レグホンプリモスロックロードアイランドレッドナゴヤコーチンミノルカ・など。

3学期05回目レッスン その1 「予感 Presentiment forecasting for near future 

                                   2011-02-21現在更新

Libya blazes up  今朝はリビアが炎上しているとの海外ニュースを未明からずっと見続けていました。もはや時間の問題のようですね。
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さて、第5回目のLessonReview Noriko Fumiko absent 


(mini group)1. Saeko Hisako Yasuto 2. Fumio Ayako Yusuke

       3. Hiroko Seiko Takako
4. Fukuko Kuni Kayoko.

4グループは第4回と同じく Kuni-Kayokoペアに、Fukukoが加わった。

Kayoko’s storyでは、1子供が一人もいないのは、旱魃飢饉(例えば1833~1839年の天保の大飢饉)のために口減らしのため男の子は間引いたとか、女の子は町の女郎屋に売られたとか いう話でした。

一方Kunis story was 2 子供たちは学校に行っていて、昼時だから給食の時間だと…。


2 個人的にはS35年(1960と想定してましたが、Fukuko は、熊本で幼少期を過ごした子供時代そのままの景色だと云いだしました。Fuk雲丹爺のブログ uko is realy strong opinion leader. 当時の身長138cm。



種々議論した結果、今回当グループの結論としての 

年代・場所・苗字などを特定しました。


それは次のような話です。時は19559月末午後1時、所は今の埼玉県深谷、左手前の家は渋沢家洋風の食事パンや皿があるのは、米国から帰国した文化人、福島会津出身の野口英世の息子で、埼玉の名刺渋沢栄一の娘と一緒になった。そして病院を建てた。遠くに見えるのは学校ではなく、深谷国立病院である。江戸時代の地主庄屋は農地解放で徐々に没落して、渋沢家に土地を売らざるを得なかった。そして葡萄園を開始した。 図3に続く。・・・


時は10年ほど進み、新しいpape r図3が配られました。道路は拡張整備され、トラックが走り、信号機もつきました。渋沢家ではTV冷蔵庫 三種の神器 も揃いました。今ではワイナリー工場を経営しています。

次回は No.3pictureへ突入します。(図)



(光の話5-1身近な光 以前,「もしも電力供給がなくなったら」という話題で、いろんな電気製品をあげたことがありましたが、「もしも、光の応用製品がなくなたら」と考えたことはありませんか?

実は私たちの毎日の生活や身の回りに、光と無関係のものはほとんどないのです。そんなものをいくつ数え上げられますか?(続く)


神童だったころ

「ヒトは誰も、5歳くらいまでは神が宿っている」と云われます。「長じて大抵はタダのヒトになる」わけですが、私の場合中学生くらいまでラジオのクイズ番組などいつも正解出来ましたし、高一くらいまでは近未来の予知能力がありました。瞬間移動などもできていたような気がします。自分でも驚くほどでしたが、大人になったらやっぱりフツウの人になってしまいました。


北アフリカ、中東のアラブ湾岸諸国やChinaの動静など、前回の予見した通りの恐ろしい程その通りの的中展開を見せています。昨夜はほとんど夜通しニュースをつけっ放しでした。9時過ぎにNZの地震の一報が飛び込んできました。そして午後まで眠ってしまったのですが、New Zealandのクライストチャーチの今朝の地震発生は全く予想できませんでした。I was not able to have a presentiment of the earthquake generation in Christchurch of New Zealand this morning. Yasuto が一昨年語学研修に行ったのは、

あの Kings Education スクールではなかったでしょうか ?
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・・・神童だった昔が懐かしくなりました。

 


KHBritain北部でオーロラが見えたというニュースがあると云いました。調べてみると、時々見えるようですね。こんなサイトがありました。http://nl-16.blogspot.com/2011/02/blog-post_16.html

                       

                    (その2へつづく)







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