横浜に帰ってきて、その翌日は…
予定どおり、美術館を巡る日となった。
年の瀬の美術館も粋なものである。
普段よりもカップル(年代問わず)が多いのは、とても微笑ましいもんだよね。
きっと感性の似たもの同士なんだろう、とか決め付けての話だけど(笑)
まずは渋谷に赴いた。
<モネとジヴェルニーの画家たち>が【Bunkamura ザ・ミュージアム】で催されている。
モネは大好きな画家のひとり。

展示物が並ぶなかで時おり紹介されるモネの言葉が、とても印象的で味わい深かった。
「私は舞い上がっています。ジヴェルニーは私にとって輝きに満ちたところです」(クロード・モネ、1883年)
モネの描いたジヴェルニーは自然のパワーを大いに感受し、それらのなかに活きた自分を見つめ、それらに感謝を捧げているような作品ばかりだった。
まず≪ジヴェルニーの冬≫(1886年)に水や風の「しなやかさ」を感じた。
右にエプト川、手前にセーヌ、そして上流にモネの愛した睡蓮の池。
この構図が感慨深い、好きでモネのことを知ろうと思うと、その奥深さに驚かされる。
それを凝縮したような作品と初めて出会えた気がした。(それは後述の≪睡蓮、柳の反映≫でもいえることだが)
淡い白と水の流れる様子がとても優しく、それは自然の「脅威」的な面を捨て去ったあとに残る緩やかな恩恵のよう。
こちらに絶え間なく流れ続けてくるように見え、奥の睡蓮の池との一体感というか、モネの作品が自分と身近に感じられるような感動を受けた。
続いて≪ジヴェルニーの冬≫(1885年)には、雪の質感を大事にする配慮が感じられた。
その一瞬を遺そうという気持ちが、その教会のポジショニングからも汲み取れるような気がした。
「私にとって、風景はそれだけで存在するのではありません。なぜなら外観は絶え間なく変わってゆくのだから。周りにある、絶えず変化する光や大気こそが風景に生命をもたらすのです。」(クロード・モネ、1891年)
そういう意味では、自然の流れで躍動し、さらに淘汰もされる植物は“ある意味”異質の存在だったのかもしれない。
≪草原の夕暮れ、ジヴェルニー≫では、人物が如実に風景に溶け込んでいて、そのまま大気に流れ込むような筆致で描かれていたが、木々に色づいた緑の葉はそれ自体でこちらへと向かってくる。
その力強さは、とても人間の容易に刈り取ることなど出来ない、尊敬の対象ともなりえた。
≪積みわら(日没)≫は、まさに光のもつ印象的、感性的、物理的、さらには化学的要素まで複合していると錯覚してしまうほどに美しかった。
もはや何も察しがつかない…
もはや私たちが“そのまま”受け入れることしか出来ない、そしてそれで私たちの生命が華やいでいること。
そして何より…
日没に浮かび上がる積みわらからは、忘れてはいけない人間の生命力へと思考の紐を繋ぎとめるのである。
「様々な効果を描く≪積みわら≫の連作に夢中で取り組んでいるのですが、この頃は日没がとても早く、追いつくことができません」(クロード・モネ、1890年)
モネを好きな理由が、ここにあった。
ジヴェルニーを愛した画家はとても多く、その大部分が自然と人間の共存を図るうえでの教訓のように思えた。
ドーソン・ドーソン=ワトソンの≪ジヴェルニー、西の教会へ向かう道≫は光のアーチをくぐっていくような錯覚をもたらし、一見したところ住民はいない。
彼らを確認したときに感じるものは、彼らに対する素直な嫉妬、そして憧れ。
地元と一体と化すこと、名ばかりのものでなく、やはいそれは理想的な生命の運び方だ。
ジョン・レスリー・ブレックの≪秋(新月)、ジヴェルニー≫に描かれた人物は、それこそ主体的に浮かび上がっている。
どことなく静けさに一抹の不安を覚えそうな背景に、浮かび上がる人物は何を思うのか?
こちらへと何かを訴えかけようとしている印象を受ける。
ジヴェルニーの画家たちが描く人物も、とても写実的だったり抽象的であったり、バラエティに富んでいた。
そのなかでもフレデリック・ウィリアム・マクモニーズが描いた≪アリス・マクモニーズ夫人≫は心の底から美しかった。
ぼやけたように描かれた赤いドレスに対して、アン・ハサウェイを思わせる気品と少女らしさを兼ね揃えた顔立ちが映える。
見せ方としてはシンプルなのに…
もちろん、顔が私として「タイプ」なこともある(笑)けれど、「理想的な美」のイメージだと感じる。
メイクやファッションに感けて、何も美しくない(外面的にもちろんのこと、内面まで…)女性たちに溢れた現実が、本当に嘆かわしいというより痛々しい。
ちなみに彼の作品として並んでいる≪メーベル・コンクリング≫の(物質的な)大きさも見もの!
他にも多くの印象的な作品と出会った。
ルイス・リットマンの≪早朝≫は、眠りから覚めたばかりの女性のイメージを、はだけて露になった胸で表していた。
フレデリック・カール・フリージキーの≪庭の婦人≫では、男性が女性に求めるひとつの側面を、庭に並ぶ植物へと溶け込んだドレスの縞模様で描いた。
ともにいえることは、男性目線で捉えた“感覚的な”エロスだった。
最後にモネの睡蓮の連作が並ぶ。
「私は制作に没頭しています。水と反映の背景にとりつかれてしまいました。老いた私の力を超えたものですが、感じるものをなんとか描きだしたいと思っています」(クロード・モネ、1908年)
上述したように、そのなかでも≪睡蓮、柳の反映≫が私にとっては衝撃的ともいえるくらいに虜になってしまった。
彼にとっては希少な「陰影」をつかった作品は、最晩年のモネ自身を描きあげたようだった。
カタチを変えることのなかった水や大気、そして光さえもその「見え方」が変わろうとも…
彼の想いを託した睡蓮はハッキリと、水面で華やいでいる。

人生の終局が近づいたときに、その絶望と希望の折衷で揺れている内面、さらにそこから抜け出ようと決意した画家のエネルギーを感じる作品だった。
続いて向かう美術館は東京駅のほう。
名店街にある【Vimon】というところでランチにする。

いちど食べてみたかった<すねバーグ>。

ゼラチン質たっぷりのすね肉を使用したハンバーグらしく、とてもジューシーな中にコリっとした食感も混ざり、とても面白い!
良質なお肉を使っているため、(食べる前に説明されたとおり)おろしや胡椒など自分でプラスするまでもなく“お肉本来の”美味しさがすごくする。
スープなどもセットになり、サラダのお芋的なのとか、あとコーンもすごく甘くて最高!
あのサツマイモっぽい、カボチャっぽいのはどうやって作るんだろう、ああいうの手作りしてくれる女性がいたら、それだけで惚れてしまいそう(笑)
お腹も満たしたところで、目的の【三菱一号美術館】へ。
ちなみに、12月上旬にカフェに訪れたところのすぐ横(併設)にある。
ここで催されているのは<カンディンスキーと青騎士展>である。
知ってる人なら知っているカンディンスキーの作品が鑑賞できる、とても貴重な機会となった。
いきなり眼前に現れるフランツ・フォン・レンバッハの≪自画像≫がとても強烈だった。
何が強烈って、その眼差しの鋭さ…
そして、描画の最中にこちらをカッと睨みつけたかのような、その腕や指先の脈々しい感じ。
個人的には数ある自画像のなかでも、写実部門ならトップ級の好みな作品だった。
レンバッハからもう1点、≪騎士の甲冑を身につけたマリオン・レンバッハ≫が良かった。
甲冑の重々しさ、そして背景の暗さからは戦のきな臭さのようなものが感じられるが…
それとは好対照ともいえるマリオン・レンバッハの少女のような美しい顔から放たれる光沢。
さてヴァシリー・カンディンスキーの作品のなかで≪花嫁≫が印象的だった。
抽象画を描き続けた彼にとって異質ともいえるその作品は、単なる抽象にとどまらず…
純白、清廉といった私たちの概念さえも疑ってかかるような技法へとたどり着いた。
ファンタジックで何とも不思議な感じのする作品で、輪郭だけをハッキリと描いた意図は、きっとはかり知れない。
そして愛するものを描いた、彼にとって稀な≪ガブリエーレ・ミュンターの肖像≫。
あえて暗い背景に、弱弱しく、ともすると何かに怯えているようにさえみえる顔立ちは、なおも美しい。
きっと、「この人を守ってあげよう」という少年のような志から生まれた作品なのではないかと思ってしまう。
純粋であるがゆえに、“意図して”対象を暗がりに置いてしまう…
聞こえは悪いかもしれないが、それもひとつの愛のカタチであるような気がする。
カンディンスキーの描いた風景には、モチーフとして描かれるものへの特殊性が色濃く目立たされているような印象を受けた。
≪ムルナウ――虹の見える風景≫における虹、そして≪山≫などにはそのエッセンスが散りばめられているような気がして、それを見つけだそうと試みるのが楽しかったりした。
青騎士展において最も私の心に残ったのはフランツ・マルクだった。
≪薄明のなかの鹿≫で見せた自然と動物の共存。
どこか初々しさの残る鹿が振り向く先にあるものは何か?
遠くから距離を置いて鑑賞すると、今にもその鹿が“何か”から逃げ出してこちらへと走り出しそうな気配さえ漂っている。
近くで鑑賞したときの微笑ましさから一転、これぞ芸術の妙だと感じる作品といえる。
続いて≪牛、黄-赤-緑≫には、敬愛するシャガールのような印象、つまり「夢のなか」を思わせる幻想と現実の中間のようなものを感じた。
この作品においては黄色は女性的な柔和で朗らか、そして感性的な色だという。
そしてそれは妻(マリア・フランツ)をあらわす、幸せの黄色。
今回最も楽しみにしていた≪虎≫に言及したい。
近くでみると迫力があって…
遠くからみると、意外に(周りと比べて)小さかったりする。
これぞキュビスム、さらに影や色のグラデーションまで絶妙だったりして、どこかコンピュータグラフィックスのような完璧さ。
惚れ込んだね、結構な時間トラと過ごしたんじゃないかな?(笑)

この機会に鑑賞することのできて良かったと思える作品ばかりで、【三菱一号美術館】の雰囲気も堪能できた!
その足で日比谷で開催中の<特別展ダ・ヴィンチ~モナ・リザ25の秘密~>へ直行!

こちらは一般的な美術館とかいうよりも、いわゆる「体験型」って感じだった。
なかではダ・ヴィンチが考案していった空を飛ぶ機械、つまり現在の飛行機の原型となっていくもの、のちの軍事産業の先駆けとなる兵器群、さらには彼による人体解剖についてのイラストなどと共に…
大きなモナ・リザに関する秘密が紹介されていた。
科学技術を駆使してその大名画を解剖することの意欲、それ自体はすごく面白いことだなと思った。
人ごみが凄まじく、ゆっくりと回ることが出来なかったが…
博物館チックな展示の数々、そして航空業界に立つ自分としては、全日空の機体に描かれた“あの”イラストを目にすることができたことが幸いだった。

今回も各展示をゆっくりと時間をかけることは出来なかったが、それでも自分なりにたくさんの感心を呼び起こされる日となった。
次はどこへ行こう、ちょっと先にあるフェルメールとかは既にマーク済み(笑)