もともとこのブログは私が死を選ぶことを考えるほどの不条理を感じていることについて、解説していけたらと思い、始めたものである。
私は学術についてはジャンルを問わない姿勢でいたいのです。
もともと中国古典に興味を持ちました。三国志、史記、漢詩、老荘思想、論語などなど。高校生の時より孤独に陥っていたので、百家争鳴それぞれが自分の想いを主張する古典文学に魅了されました。
その後、日本古典もいくつか手を伸ばしてみました。
これから科学の分野に興味を持ちました。アメリカのSFテレビドラマ「Star Trek(スタートレック)」に魅せられました。23~24世紀を舞台にしたヒューマンドラマです。科学が進展して人類は進化して争い事が無くなったはずですが、宇宙の舞台では違いました。勧善懲悪主義から一転してディープスペースナインのシリーズでは正義であるはずの惑星連邦が非道な方法を厭わなくなります。何が正しいのかということを視聴者に問いかける内容でした。
Star Trekの影響で英語を勉強しました。ある程度英語ができるようになると英文学にも興味が湧きますが、英文学は英語の知識だけでは読みこなせません。その時代の社会情勢に対する基礎知識がないといけません。そのためには英語圏だけでもダメなのだと感じました。
私が選んだのはフランス語です。なぜフランス語なのかというと、なにかひとつに絞ろうと考え、聴いていて気分的にフィットするからです。完全なる主観的な適当です。
そして私がいよいよ孤独に苦しんでいる時に手に取った書物が夏目漱石でした。「こころ」の文庫本の装丁に惹かれて読み始めました。そのあと、「吾輩は猫である」の結末に私の感情を重ね合わせました。
まとめますと、
中国古典、日本古典、科学、言語学、近代文学といったところが私の好きな学問でしょうか。
さてここで本題ですが、このブログで精神科医療への批判についても書いてみようかという気になりました。
お気づきかもしれませんが私自身が精神障害者として生活してきましたので、精神障害者としての苦悩については、少々書いてみました。
私は医療福祉従事者としての実務経験もあるのですが、労働者をモノ扱いする業界の体質に反感を示したため解雇されました。その反感も私の病気の悪化とされたので、病気のため職務の遂行が出来ないということでの解雇になり、主張自体も病気症状とされたので効果はありませんでしたが。
精神科治療の批判は薬物療法への批判になります。精神科医の書いた診断書をチェックする仕事をしていたのですが、その診断内容、治療内容のひどさに憤りを感じていました。
標題に挙げた林則徐(りんそくじょ)という人物をご存知でしょうか。
林則徐は中国の清という国で官吏をしていました。当時の清帝国はイギリスからアヘンを輸入していたのです。アヘン輸入はイギリス経済回復という目的でした。
当然ながら清国民はアヘンに汚染されていきますが、国益を優先する首脳幹部は経済を優先させたのです。
なお、その後は日本も清帝国にアヘンを持ち込み、最終的には太平洋戦争まで連続した戦争に展開します。ラストエンペラーという映画の中で、その背景に不通にアヘン患者が映っていたのを思い出します。
林則徐はイギリス商人からアヘンを没収して処分しました。
これによりアヘン戦争へと展開していきました。
つまり、社会経済に根付いた薬物問題に立ち向かうということは、戦争への発展を覚悟するほどの重大事であるということです。
最初からそのような覚悟は大袈裟かと思われますが、批判の対象は特権階級です。それは昔と変わりありません。