南極と超深海の両極地で、実際に自分の手で水中ロボットを潜らせてきた研究者による「実話」をご紹介するブログ。

 

今回は「マリアナ海溝に潜るには!?」がテーマです。
 

先日、AFP通信の記事に、中国が有人潜水艇を使ってマリアナ海溝チャレンジャー海淵への潜航に成功したと載っていました。

〇AFP通信記事↓↓

 

少し前には映画監督のジェームズキャメロンが一人乗りの有人潜水艇でマリアナ潜航に成功しており、つい最近は民間企業が製作した有人潜水艇での潜航に成功しており、この10年ほどの間で、マリアナ海溝は人間が普通に潜れる時代が来ました。

 

このブログでも何度かご紹介している通り、日本でもマリアナ海溝へは何度も潜航しており、私自身も2014年にパイロットとして潜航した経験があります。

 

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しかし、今の日本はマリアナ海溝へ潜航する術を有しておらず、数年前にはFull Depth有人潜水艇「しんかい12000」の建造議論も持ち上がりましたが、建造費用に見合うだけの科学的有用性などの観点から、現段階では日本のFull Depth有人潜水艇はまだ実現していません。

 

では、その建造費が幾らか?と、言うと・・・

現行の「しんかい6500」(1987年起工)の建造費が札束約125億円札束だったので、現在では2倍、3倍、それ以上の建造費が掛かると言われています。

 

 

何より難しいのが人が乗り込む耐圧殻と呼ばれる球体で、日本では入手が難しいチタン合金製で、さらに「しんかい6500」は潜航深度の2倍の11000mの圧力にも耐えるように設計されています。

これは、人が乗り込むため安全率を高く設定しており、なんどもなんども加圧実験が繰り返されました。

 

特に、「しんかい6500」の耐圧殻は水圧の影響を極限まで減らすために、真球度は1.004と極めて真球に近いものとなっています。しかし、驚くのはこの球体を溶接で実現している点です。それぞれ半球状態の耐圧殻を手作業で溶接してこの精度を出しているのです。つまり、耐圧殻の製作には通常の耐圧容器の製造と違い、極めて高い技術力が要求されるのです。

 

 

 ↑ 加圧試験で圧壊した「しんかい6500」の耐圧殻(実験模型)

 

では、マリアナ海溝に潜れる有人潜水艇の耐圧殻はどうなるのでしょうか?

恐らく、今よりもはるかに分厚いチタン合金の球体が必要になり、重量もサイズも大きくなります。

 

さらに、現在の「しんかい6500」にも用いられているメタクリル樹脂製のビューポート(覗き窓)も分厚くなり、果たして、この分厚いレンズを通して見る世界とカメラで見る世界はどちらが鮮明なのか?という議論もありました。

 

 

 ↑ 加圧試験で圧壊したメタクリル樹脂製のビューポート

 

 

 ↑ 加圧実験水槽(上段)と加圧対象を入れる瞬間(下段)

 

また、搭載する耐圧殻が大型化・重量化するという事は、潜水艇を浮上させる浮力材も多く必要になります。Full Depth対応の浮力材は比重が約0.6程度です。緊急浮上時の海面浮力を得ようとすると、想像を絶する量の浮力材が必要になることになります。

 

と、言うことは、おのずと潜水艇の大きさも大きくなり、これを運用する母船もおのずと大きくなり、潜水艇の建造費だけでなく母船の建造費も必要になります。

 

↑ 母船「よこすか」のAフレームクレーンに吊るされる「しんかい6500」

 

しかし、前述の通りシンプルな構造で潜航する方法はこの10年で数多く検討されてきました。

また、お金を掛ければ民間人もマリアナ海溝に潜れる時代になりました。(確かに水深6000mを超えると特殊な建造ノウハウが必要になり、今の日本ではその技術伝承が途切れてしまっているので、お金を掛けても難しいかもしれませんが・・・)

 

一方で、未知の世界があるのは間違いありません。実際、私自身もマリアナ海溝に潜航した際、カメラを通して画面に映し出される世界は神秘的で、そこに水があることも忘れるほど不思議な世界でした。

 

でも、神秘的というだけでは「科学研究」じゃありません。じゃあ、数百億円の費用を投じてマリアナ海溝で何を研究するのか?これが最も重要なテーマになるのは間違いありません。

しかし、ツールが無いと研究が出来ないのも事実です。研究者のみんさんと一緒に日本の深海研究を盛り上げて行ければと思います。