南極と超深海の両極地で、実際に自分の手で水中ロボットを潜らせてきた研究者による「実話」をご紹介するブログ。

 

今回は「マリアナ海溝」がテーマです。

 

世界最高峰の山はエベレストで標高は8848mあります。

 

じゃあ、世界で一番深い海は?その深さは?

 

と、聞かれると「マリアナ海溝!」と答えが返ってきますが、正確な深さを知ってる人はなかなかいません。だいたい10000mとか11000mと言う認識ですが、正確には10911.4mです。

 

「四捨五入すれば11000mじゃないか」と思うかもしれませんが、日本人として深海工学屋としてこの数値は非常に重要だと思っています。

 

その理由が、

日本の深海探査機が叩き出したギネス記録

だからです。

 

1995年3月24日、当時の海洋科学技術センターは10000m級の無人探査機(ROV)「かいこう」で、マリアナ海溝チャレンジャー海淵の10911.4mに着底しました。これが日本のマリアナ調査の第一歩になりました。

 

しかし、それから数年後、不慮の事故で「かいこう」が亡失。日本はマリアナに潜る術を失ってしまいます。

 ↑ 初代「かいこう」のビークル部分

 

それからさまざまな研究機関や個人冒険家が、マリアナ海溝の最深部を目指し、2012年には映画監督のジェームズ・キャメロンが一人乗りの潜水艇による有人単独潜航に成功しました。

 

日本でも再びマリアナ海溝に潜ろうと言う機運が高まり、当時の「かいこう」チームがメインとなって新たな探査機の開発に乗り出します。

 

そうして誕生したのが「かいこう7K2」でした。初代「かいこう」より一回りほど小さな機体にはさまざまな最新観測機器が搭載され、研究者からも評判の探査機となりました。しかし、「7K2」の名前が示す通り、この探査機は水深7000mまでしか潜れませんでした。

 

↑ 7000m級 無人探査機「かいこう7K2」

 

そこで、新たな超深海技の実験用探査機として「ABISMO」が開発されました。筆者は2012年からこの探査機の開発・運用を担当していました。

 

そして2014年1月、ついにマリアナ海溝を目指す機会がやってきました。

 

「かいれい」という「かいこう」の支援母船に搭載し、まだまだお正月ムードの漂う横須賀を出港、一路マリアナを目指します。片道約6日の航海。途中、黒潮を超え小笠原諸島や孀婦岩の横を通ってさらに南を目指します。

 

↑ 遥か遠くに孀婦岩が確認できる(写真中央・水平線付近)

 

この時の「ABISMO」のミッションはマリアナ海溝の堆積物を採取すること。さらに、この当時はまだ珍しかった4Kカメラで海底の様子を鮮明に映し出すことでした。

 

当然、10000mの水圧に耐えるカメラなんて市販されていません。自作した4Kカメラシステムを探査機に搭載してマリアナ海溝を目指しました。

 

↑ 自作した4Kカメラシステム(オレンジ色の球体)

 

この時、担当したのが探査ビークルのパイロットでした。カメラを通して海底の様子を見ながらジョイスティックで探査機を操縦します。

自分の足元、遥か深海を潜航中の探査機の状態は海面からは伺い知ることはできません。リアルタイムで送られてくるカメラの映像や機体の情報を頼りに少しずつ確実かつ安全に探査機を潜航させていきます。

 

そして、潜航開始から約2時間30分が過ぎたころ、ついにマリアナ海溝に到達。世界で初めて4K映像の撮影に成功しました。

 

そこには見た事のない深海の生物や景色が映し出されていました。探査機のライトが届く限界の数メートル先は真っ暗な闇が広がっていて、これまで見てきた深海とは全く違う景色に見えました。

 

↑ マリアナ海溝に潜航する「ABISMO」

 

その後、「ABISMO」は実験機としての任務を終えマリアナ海溝に潜ることもなくなりました。

しかし、地球最後のフロンティアと呼ばれる深海には、まだたくさんの未知なる世界が広がっていることは間違いありません。

 

いつかまたマリアナ海溝に潜れる日が来ることを願いつつ、深海探査機の研究・開発に取り組んでいます。