「葉子が男と…?」
思いもよらなかった光景に思考が停止した。
妻に浮気されるコキュ。窓際刑事の藤堂剛にとって、それほどダメージはなさそうに思えたが、
いざその場を目にすると、衝撃があるようだ。
我に返った藤堂は、葉子の携帯電話をコールしてみた。
呼び出し音が1度も鳴らないうちに留守番メッセージが流れた。
「これから帰ろうかと思うけど、何か食い物あるかな」
メッセージを残した。
コールバックはあるだろうか。いや、たぶんない。
またいつもの仏頂面に戻ると、情報提供を頼んである藤原丈二の番号をコールした。
こちらはすぐに本人が出た。
「何か新しい情報ないかな。捜査が行き詰まって困ってんだ。コーヒーでも飲みながら話さないか?」
二つ返事で了解が得られた。
署の近くの喫茶店で待ち合わせる。
スポーツ新聞で芸能人のゴシップ記事を読み終えた頃、丈二が姿を見せた。
「特に目新しい情報はないです。それより…」
言いよどむ丈二。
「ん?どうした。何か気になることでも思い当たったか?」
「いや、事件とは直接関係ないんです。藤堂さん、あなたのこと、いやあなたの奥さんのことです」
黙っていようと思っていたが、どうしても放っておけなくなった。
「奥さんが不倫してます。先日、たまたま現場を見ちゃって…」
「そうか。見たのか。実は俺も、さっき葉子が男の車に乗ってるところを…」
「え?見たんですか。それ、ひょっとしてアウディでしたか?」
「アウディってのか?外車だった」
「多分間違いないです。俺が見たのは隣町の駅前でした」
偶然見かけたこと、相手が地元のガソリンスタンドチェーンの専務であること、その男は婚約者があることなど、ほぼ知っていることを全て話した。
圭一郎の婚約者、薫と自分との関係も、どうしようか迷ったが、あとで分かってしまってからでは遅いと思い、話した。
「ふぅん、結構複雑な関係なんだな。しかし、事件とは関係なさそうじゃないか。その件はいずれまた」
妻の不倫にあまり関心を示さない藤堂に、丈二の方が気が抜けた。
「それより、被害者の佐々木孝枝って女だけど、まだ何か隠してるような気がするんだよ」
「出会い系サイトのこと意外にもですか?」
「うん。何か自分もヤバいことやってたんじゃないかな」
「それを俺に探れと?」
「いや、そうは言ってない。言ってないが…誰か探ってくれないかなぁ。独り言だ」
そう言うと藤堂はタバコに火を点けた。
「最近は喫茶店でも店内禁煙のところが増えてね。喫煙者は生きにくい世の中になったもんだ」
タバコを吸わない丈二にはわからない苦労があるようだ。
1箱のほとんどが税金なのに、税金を払った分の恩恵はなさそうだと思った。
同情はするものの、煙や匂いが不快な人間にとっては邪魔者以外の何者でもない。
佐々木孝枝とどうやって接触するか…丈二の思考はすぐにそちらへ向かった。
「出会い系サイト、今でも使ってるんですかね、彼女」
「ん?接触してみるのか?」
「接触しろって言ってましたよ、藤堂さんは」
「さぁ言ったかな…。使ってるのは間違いない、と踏んでるんだが」
「じゃあその線で行ってみます」
囮捜査の片棒を担ぐのには気が引けたが、乗りかかった船という思いもある。
早速、その夜から行動を開始した。