やたらに長く感じられる、切ない深夜のドライブの末南署に着いてみると、ぶ~たれた顔をしている恵美子の横に、先程電話をくれた少年課の係の人と思われる婦人警官がいた。
他にも忙しく立ち働いているらしい警官を見ていると、今の仕事の関係でやりとりのある公務員どもはどれほども仕事をしていないとわしは思う。そりゃ世間に叩かれるというものである。
そこそこ歳はいってそうだが、若いころは結構な美人だったのではないかと思われるその婦警は、入ってきたわしに
「恵美子ちゃんの保護者の方ですか?」
と聞いてきた。わしは笑いを必死にかみ殺しながらそうだと告げると、保護者としての責任がどうのこうのとクドクドと長く疲れる説教をした後、ようやくわしと恵美子を解放してくれた。
わしが苦笑を浮かべつつ手を差し出すと、恵美子は少しとまどったように、おずおずとその手を握ってきた。
身長148cmの恵美子と182cmのわしが手をつないで去っていく後ろ姿は、さぞほほ笑ましかったに違いない。
もっとも、その手をなぜか恵美子が『カップル握り』してきたのには、わしも少なからず驚きはしたが。
帰りの車の中で事情を聞くにつれ、わしの苦笑が爆笑に変わったのは言うまでもない。
なんでも、当初の予定では『女子会』に参加した友人の家に泊めてもらう予定だったのだそうだ。
しかし、その友人の都合が急に悪くなり(おそらく男絡みである)、仕方なくホテルに泊まろうと思った恵美子の財布には、ビジネスホテルを予約なしで宿泊するにはあまりに心細い金額しか入っていなかったらしい。
そこでなんと恵美子は、あるカプセルホテルに宿泊しようとしたのだという。
全てのカプセルホテルがそうであるというわけではないと思うのだが、少なくともあそこのカプセルホテルはあまり治安が良いとは言えない。
何せ簡易的なカプセルが、さながら資材の集積所のように積み重なるようにして置いてあるだけの所だ。
わしも以前利用したことがあるが、なんと、どうしたものか外から鍵を開けてモホメンのおっさんが侵入してきた事があるのだ。たたき出すのに苦労したものである。
とにかくそんな所に女の子を泊めることは到底できない。ので、そこのカプセルホテルでは女性客のみの宿泊は全て断っているのだ。
それでも恵美子が食い下がっていると、件の少年課の婦警がやってきたのだそうだ。
どうやらホテル側が
『酔っぱらった家出少女が、泊めろとロビーでわめいている。』
といった趣旨で警察に通報したようだ。
二十代半ばの恵美子ではあるが、先のようなちびっこな上、童顔で舌足らずな喋り方をするためにそう思われたようだ。
おまけに、姉に似てスタイルは良いものの着痩せするタチで、さらに体のラインがほとんど分からないような格好をしている恵美子は、確かに知りあいでなければ子供にしか見えないかもしれない。
かくして、身分を証明するものも持っていない恵美子は、家出少女の桐島恵美子ちゃんとして住所と連絡先を聞きだされ、『保護者』であるわしがお迎えに参上するに至った。という始末なのだ。
「人を見かけで判断してちゃ、警察もおしまいよね。私は大人だって、何回も言ってるのに! だいたい・・・・・」
この後、延々と怨嗟の言葉を吐き続ける恵美子であったが、その横で聞いているわしにとっては面白すぎる笑い話であった。
家に着くころには既に夜明けが近かった。
暫くはずっと口汚い言葉で不満をぶちまけていた恵美子も、今は助手席で眠っている。
やれやれ。起きているとうっとうしいが、寝ているとかわいいものである。
車を庭に止めて、起こさないように助手席からゆっくりと恵美子を抱き上げる。まるで我が子のようだ(笑)
車の音を聞きつけたのか、沙織が起きてきた。まだ眠そうに目をこすっている。
そのまま、恵美子を抱いたわしを怪訝そうに見ている沙織に
「おい。この間出てきた布団があったろ。あれに寝かそうや。」
とわしは言った。沙織はイタズラっぽい笑顔を浮かべると、大急ぎで押し入れから、以前物置の整理をしていた時に出てきたぬいぐるみ布団を出してきた。
これは、沙織が子供の頃に使っていたもので、当時NHKで放送していた子供向け番組の登場キャラクターに似せて作ってある布団である。
帰ってくる道々、家出少女にはピッタリの布団が我が家にはあった。とわしは考えていたのである。
沙織が広げたその布団に、そっと恵美子を寝かせる。
何も知らない家出少女は、愛らしい寝顔のまま静かに寝息をたてている。
わしと沙織は顔を見合わすとニンマリと笑い、忍び足で部屋を出ていった。
暫くして目覚めた恵美子が、松田優作ばりの絶叫を上げているのを聞きながら、わしはもう一度大笑いするのであった。

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