先日のことだ。昼休憩に外に出かけようとした時のことである。
エレベーターに乗り込んだ瞬間、わしはわずかに顔をしかめた。臭うのだ。
「臭い」というほどのものでもないのだが、エレベーター内に汗臭い臭いが滞留しているのである。
わしが今いる職場のビルは、エレベーターが3基ある。その時わしが乗り込んだのはその中でも一番広いものだったのだが、おそらく運送会社のこのビルの担当者や、清掃担当者が広いこのエレベーターを良く使うのだろう。
1人がどうたらこうたらでは、かすかとはいえこの広いエレベーターの中に臭いが滞留するわけがないのだ。わしはとにかくそれに乗り込んだ。
最初はわし一人しか乗っていなかったが、ある階でちょっといかしたに~ちゃんが乗り込んできた。
古い言い方だが、わしがこうした言葉を額面通りの意味で用いるのは珍しい。こうした言葉をわしが使う場合、だいたいそれは皮肉である。
ところで、乗り込んだ瞬間、に~ちゃんもこの臭いを嗅ぎ取ったはずである。そして、そのエレベータには若干前髪の後退したヲッサンが乗っている。彼の心の中の結論は察してあまりあるというものだ。
「違うんだに~ちゃん。確かにわしはヲッサンだが、わし一人でこの広さに臭いが充満するわけがない。元々こんな臭いだったんだ。信じてくれっ!」
などと言うわけにもいかず、なんだか気まずいままエレベーターは再び動き出した。そして、さらに別の階でピンヒールの靴を履いた、いかしたね~ちゃんが乗ってきた。
古い言い方だが、わしがこうした(以下省略)
で、である。このね~ちゃんも当然の成り行きとして、エレベーター内に立ちこめる臭いに気がついたはずだ。そして、エレベーター内には感じの良いナリのに~ちゃんと、背広を着たちょいと前髪が薄いヲッサンが乗っている。
当然彼女のいきついた結論は、あえてここで述べる必要は無かろう。事実は然らずなのだが。
「違うんだね~ちゃん。確かにわしはヲッサンだが、わし一人でこの広さに臭いが充満するわけがない。元々こんな臭いだったんだ。信じてくれっ!」
そんなわしの心の叫びもむなしく、見ず知らずの二人に変な誤解をされたままエレベーターは1階へと到着したのであった。
わしがこのように考えたのには、若干の根拠がある。エレベーターから降りたとき、わしとほぼ同時にね~ちゃんが降りたのだが、その時彼女はけっこうな急ぎ足で出て行ったのだ。
そして、さほど急いでいないわしにビルから出る前に簡単に追いつかれ、追い抜かれた。外まで10mと無いのに。
で、わしに追い抜かれてしばらくすると、歩く(走る?)速度を明らかにゆるめたのが足音でわかった。つまり、エレベーターと、臭いの原因である(と思い込んでいる)わしから逃げ出したのである。
で、あっさり追い抜かれてしまった。その後どんどん遠ざかるわしの背中を見て、自分が逃げる必要が無いことを悟って速度をゆるめたのだ。
こうしてわしは、妙な誤解を二人の知らない人に与え、ピンヒールの靴の運動性の低さを再認識しながら外へと出かけていったのであった。