さらに辟易なのは、こいつらが家事全般をこなす能力が全く無いということだった。
これはわしにとっても大きな誤算だったのだが、どうやらわし以外の人間は知っていたようだ。
なぜだっ?なぜ誰もそれをわしに教えてくれんのだっ!?
まるで皆でわしを陥れようとしているようだ。
まずもって洗濯がまったくできない。
何をどうすれば新型の全自動洗濯機を使用初日で壊すことができるのだ?
おかげでわしは、引っ越し早々今どき珍しい洗濯板を納屋から引っ張り出して、洗濯をしなければならないハメになってしまった。
今にして思えば、洗濯物だけ実家に持っていって洗濯させてもらえば良かったのだが、その時はそんな考えが思いつかなかった。
洗濯機は電器店の保証で無料で修理できたが、修理の間しばらくは面倒な日が続いたのだった。
さらに彼奴らめは、洗った洗濯物も満足に干せないのだ。
なぜハンガーにしぼったままの形でシャツやタオルがぶらさがっているのだ。そっちの方がむしろ難しいだろ。
仕事から帰ってきて、物干しざおにそんなものがうじゃうじゃぶら下がってりゃ、そりゃさぞかしシュールな風景だ。
誰だってそんなモン見た日にゃ『なんでやねん』と言いたくもなる。
クタクタになって帰宅し、その直後にやるべき作業がその妙な形の洗濯物をしかるべき形で干し直すという作業となると、どんなお気楽で楽天的な人間でも閉口ものである。
洗濯に関してはまだ一つある。そう。取り込んだ洗濯物をたたむという作業だ。
それすらも満足にできずに、適当に折ってあるだけの洗濯物が居間に山となって置いてある。
なかなかに壮観な風景だ。壮観すぎて涙が出そうである。
こうしてやつらの下着も含め、全てわしが洗って干してたたむという日々が始るのだった。
さらにこやつらは、掃除もできなければ炊事もできない。
先日台所でホイコーローの下ごしらえをしていたときに、あきらかにミソではないモノの臭いがしはじめた。
ミソというよりは、どっちかっつ~とク○ぢゃね?と思うような臭いだ。
これにはさすがに参った。急いで臭いの元と思われる場所をさぐってみると、案の定沙織の部屋からだった。
踏み込んでみると、なんか得体のしれないものが部屋に積んである。どう見てもゴミだ。
そして、その得体の知れないものから得体の知れない臭いが漂ってくるという始末である。
一体何日このまんまだったのだろう?おそらく、こいつみたいなのが将来、ゴミ屋敷の主人になるのだろう。
まさかと思い恵美子の部屋に踏み込んでみると、臭いこそしないものの状況的には同じようなものだった。
わしがホイコーローを作る手を一旦休めて、こいつらの部屋の一斉大掃除を始めたのは言うまでもないことだ。
また一昨日なぞは恵美子が

「いつも迷惑かけてるから、今日は私たちが晩ご飯つくるね。」

などとかわいい事を言い出すのでやらせてみたが、野菜を切る恵美子の手つきが恐ろしくてしょうがない。
カレーを作るにしては、随分ランダムな形と大きさにニンジンを切り終わったあたりで、わしは作業をやめるように通告しようとした。
だが時すでに遅し。ニンジンとは明らかに違う赤い色がまな板の上に見えた。
大急ぎで恵美子の手当てをしていると、その向こうで沙織がクレンザーを使って米を研いでいるのが見える。
そんなのを見た日にゃ、わしでなくても

「おどれらやめぇっ!!(お前らやめろっ!!)」

と怒鳴りたくもなるというものである。
まったく。よくこれで結婚生活やら、広島市内での一人暮らしができたものだと、感心するやら呆れるやらだ。
恵美子が言うには、洗濯はコインランドリーで食事は外食ばかりだったらしい。
広島市内もそこそこ都会なので、女性向けのヘルシーなメニューを出す店が結構あるらしいのだが、それならそれで掃除はどうしていたのだろうか。
沙織については、結婚生活においてはずっと家事はあの『テトロン属ジャージ目ジャージ科』のモロコシマンがやっていたのだという。
なるほど。あんなどうしようもないクソ野郎でも、人間探せば一つくらいは取り柄があるという好例だ。
揚げ句にこいつらは、犬の散歩にも行かないというか、行けない。
都会にお住みの方には想像もつかないだろうが、田舎のローカル情報の伝達の早さは、光の速度の次に早いのだ。
例えば、ある家のおじいさんが倒れて救急車で運ばれるという出来事があると、翌日にはその人の氏名(屋号だったりするが)病状、入院の有無、入院したのなら病院の名前と病室まで近辺に筒抜けなのだ。
そういった地域であるため、事情があったとはいえ出戻りと仕事を休んでいる人間が移り住んだとあっては、それは恐るべき早さで負の尾ひれをつけて伝播していくことは、コーラを飲んだらゲップが出るのと同じくらい明らかだ。
なもんで、姪達は自分たちを守るためにもあまり外を出歩けない。
それはそれでかわいそうなのだが、そのため必然的に犬の散歩もわしの仕事になるのだ。

「三郎さん。散歩に行こうや。」

わしのその言葉を合図に、愛犬の三郎さんは小屋から飛び出してくるのだ。
幸いなのは、それ以外の三郎さんの世話はなんとか姪どもにやってもらえるのがせめてもの救いである。
しかし、さすがにこれではわしの体が持ちそうにない。
何せ、今のやつどもはわしが家事に精を出している時に後ろをついて回るだけの存在なのだから。
掃除の時に後ろをついて回るのは掃除機だけで十分である。ちびっこ二人はいらない。
そんな(あるイミ)生活に苦しんでいるわしに、ついに救いの手が差し伸べられたのだった。
お隣りにお住まいのメグさんである。

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