さて。沙織の迷惑行為(笑)はそれとして、その沙織が我が家へちょっとした騒動を持ち込み、その騒ぎのケリがついた直後に鳴った電話は、沙織の妹の恵美子からだった。
電話に出たのは母親、つまり沙織と恵美子の祖母だったのだが、何を聞いても泣くばかりで話しにはならなかったらしい。
で、沙織が落ち着いたあとわしが電話を替わったのだが、しばらく恵美子は泣くばかりだった。
まあアレだ。こういう場合は本人が落ち着くのを待つに限る。
で、泣きやむのを待って話を聞いてみると、どうやら会社でタチの良くないセクハラに遭ったらしい。
わしの歳の近い親戚の中で、唯一大学まで進学した恵美子は、卒業後は広島市内にあるいわゆるIT関係の会社に入社した。
実はわしも以前仕事で中に入ったことがある。
その時の企業の印象はまた別のところで語るが、あれはそこで事務職についていた。
で、最近人事移動があったらしく、部門の主任者が変わったらしいのだが、その主任者からセクハラを受けたということだ。
最初は何気なく話しかけてくるだけだったらしいのだが、ある日たまたまパンツスタイルのスーツで出勤したときに
「ズボンにしたの?スカートの方が似合ってたよ。」
最初はこの程度だったらしい。
が、だんだんとそれはエスカレートしていき、やれ若いんだから短めの方がいいだの、フレアっぽいのよりタイトの方が自分の好みだのと言い出したらしい。
そして、ベタではあるがお触り行為が徐々に始り、日を追うごとにその行為がエスカレートしていったというのだ。
何度か本人に抗議したり、上の役職の人にも相談したらしいのだが、一時的に収まってもまた、日が経てば同じような事が起こる、そんなやり取りの繰り返しがずっと続いていたという。
わしが思うに、元々恵美子は口数が少なく、さらに沙織よりも背が小さくて童顔であるため、ナメられていたのではないだろうか。
しかし、それは本人の責任ではないし、何よりそれでセクハラが許されるというものではないだろう。
ともかく、それが原因で恵美子は会社に辞表を出し、会社は会社でそれまでの対応のマズさの事をかんがみて、退職ではなく休職という形にしたという。
わしが知る限り、あそこの会社のシステムからして、おそらく恵美子が担っていた業務を新しく誰かに覚えさせるのは非常に困難なので、システムを変更して業務を複数人でこなすしかないのだろう。
上層部の考えとしては、おそらくその変更の進捗を見て、上手くいかなければ恵美子に復職を要請する。
まずはそういうハラづもりなのだろう。
だが、それは会社の一方的な都合であって、本来であればセクハラ主任をなんとかすべきではないだろうか。
以前にも思ったのだが、あそこの会社はどうも風通しが良くないな。
そういったワケで、事実上職を失った格好になってしまった恵美子は、いったん今住んでいる広島市内のマンションを引き払うことにしたらしいのだが、その件でどうも実家の両親、つまりわしの姉夫婦なのだがちょっとモメたようだ。
姉夫婦は本質的にはいい人達なのだが、かなり古風な考えの持ち主で、セクハラ行為のために会社を辞めると言い出した娘の言い分が、自分勝手という風に映ったらしいのだ。
確かに、本来であればそれを無くすための努力をしない事には、恵美子以外の女性社員が同じようなセクハラにあってしまう。
が、少なくとも恵美子から話しを聞く限り、抗議や上層部に対するアピールは半年以上にも渡っていて、わしの感覚では既に訴訟モノなのではないかと思うレベルである。
それを「我慢と努力が足りない。」と一蹴されてしまったのでは、恵美子もたまったものではないだろう。
そんなわけで、実家に戻ろうとする恵美子の行動を承服せず、結果行き場を無くしてしまった恵美子は祖父母の所へ泣きながら電話してきたというわけであった。
とりあえずわしは、両親の意見を全く聞くことなく
「そっちの始末が着いたら、とりあえずうちに来れば良かろう。」
と言ってやった。
おそらくそれが、一番良いのではないだろうかと思ったからだった。
辛い思いをしたのだから、その場所をはなれて心も体もリセットした方がいいと思うし、折りを見てわしから姉夫婦にその辺の話をしてやればいい。
だいたい、血のつながった実の親子なのだから、娘を心配しないわけがないのだから、時を見計らって話をすれば、きっと姉夫婦も恵美子の事を受け入れてくれることだろう。
もしそれが上手く行かなかった場合は、なんてことはない。
恵美子はそのままうちに住めばいいのである。
わしが占有している二部屋のうち、どちらか一つを明け渡してやれば済むことだ。
それが、わしの貧しいながらも穏やかで満ち足りた生活を劇的に変化させる原因になるとは、その時のわしは耳かき一杯分にも思わなかったのだった。
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で、沙織が落ち着いたあとわしが電話を替わったのだが、しばらく恵美子は泣くばかりだった。
まあアレだ。こういう場合は本人が落ち着くのを待つに限る。
で、泣きやむのを待って話を聞いてみると、どうやら会社でタチの良くないセクハラに遭ったらしい。
わしの歳の近い親戚の中で、唯一大学まで進学した恵美子は、卒業後は広島市内にあるいわゆるIT関係の会社に入社した。
実はわしも以前仕事で中に入ったことがある。
その時の企業の印象はまた別のところで語るが、あれはそこで事務職についていた。
で、最近人事移動があったらしく、部門の主任者が変わったらしいのだが、その主任者からセクハラを受けたということだ。
最初は何気なく話しかけてくるだけだったらしいのだが、ある日たまたまパンツスタイルのスーツで出勤したときに
「ズボンにしたの?スカートの方が似合ってたよ。」
最初はこの程度だったらしい。
が、だんだんとそれはエスカレートしていき、やれ若いんだから短めの方がいいだの、フレアっぽいのよりタイトの方が自分の好みだのと言い出したらしい。
そして、ベタではあるがお触り行為が徐々に始り、日を追うごとにその行為がエスカレートしていったというのだ。
何度か本人に抗議したり、上の役職の人にも相談したらしいのだが、一時的に収まってもまた、日が経てば同じような事が起こる、そんなやり取りの繰り返しがずっと続いていたという。
わしが思うに、元々恵美子は口数が少なく、さらに沙織よりも背が小さくて童顔であるため、ナメられていたのではないだろうか。
しかし、それは本人の責任ではないし、何よりそれでセクハラが許されるというものではないだろう。
ともかく、それが原因で恵美子は会社に辞表を出し、会社は会社でそれまでの対応のマズさの事をかんがみて、退職ではなく休職という形にしたという。
わしが知る限り、あそこの会社のシステムからして、おそらく恵美子が担っていた業務を新しく誰かに覚えさせるのは非常に困難なので、システムを変更して業務を複数人でこなすしかないのだろう。
上層部の考えとしては、おそらくその変更の進捗を見て、上手くいかなければ恵美子に復職を要請する。
まずはそういうハラづもりなのだろう。
だが、それは会社の一方的な都合であって、本来であればセクハラ主任をなんとかすべきではないだろうか。
以前にも思ったのだが、あそこの会社はどうも風通しが良くないな。
そういったワケで、事実上職を失った格好になってしまった恵美子は、いったん今住んでいる広島市内のマンションを引き払うことにしたらしいのだが、その件でどうも実家の両親、つまりわしの姉夫婦なのだがちょっとモメたようだ。
姉夫婦は本質的にはいい人達なのだが、かなり古風な考えの持ち主で、セクハラ行為のために会社を辞めると言い出した娘の言い分が、自分勝手という風に映ったらしいのだ。
確かに、本来であればそれを無くすための努力をしない事には、恵美子以外の女性社員が同じようなセクハラにあってしまう。
が、少なくとも恵美子から話しを聞く限り、抗議や上層部に対するアピールは半年以上にも渡っていて、わしの感覚では既に訴訟モノなのではないかと思うレベルである。
それを「我慢と努力が足りない。」と一蹴されてしまったのでは、恵美子もたまったものではないだろう。
そんなわけで、実家に戻ろうとする恵美子の行動を承服せず、結果行き場を無くしてしまった恵美子は祖父母の所へ泣きながら電話してきたというわけであった。
とりあえずわしは、両親の意見を全く聞くことなく
「そっちの始末が着いたら、とりあえずうちに来れば良かろう。」
と言ってやった。
おそらくそれが、一番良いのではないだろうかと思ったからだった。
辛い思いをしたのだから、その場所をはなれて心も体もリセットした方がいいと思うし、折りを見てわしから姉夫婦にその辺の話をしてやればいい。
だいたい、血のつながった実の親子なのだから、娘を心配しないわけがないのだから、時を見計らって話をすれば、きっと姉夫婦も恵美子の事を受け入れてくれることだろう。
もしそれが上手く行かなかった場合は、なんてことはない。
恵美子はそのままうちに住めばいいのである。
わしが占有している二部屋のうち、どちらか一つを明け渡してやれば済むことだ。
それが、わしの貧しいながらも穏やかで満ち足りた生活を劇的に変化させる原因になるとは、その時のわしは耳かき一杯分にも思わなかったのだった。
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