「よう。ひさしぶ・・・・・」
声をかけて部屋に入りかけたわしに、沙織はほとんど体をぶつけるようにして飛びついてきた。
・・・・・・痛い。
しかし、沙織をこうして抱くのはいつ以来だろうか?
思えば、あの野郎とつきあい始めたとおぼしきころまでは、妙にこいつはわしにくっつきたがった。
前述の通り、わしが姉夫婦を訪ねていくと必ずわしの横に来ていたし、わしが横になっていたりすると甘えるようにすり寄ってきたものだ。
冬時期にあれがうちに泊まりにくると、必ずと言っていいほどわしの布団に潜り込んでくる。
そして、やたら冷たい足をわしの足にひっつけてくるのだった。
わしは湯たんぽがわりだったのである。
そんなわしらを、姉夫婦が少し困ったような目で見ていたのを、わしは今でも覚えている。
そりゃ、間違いがあってはならないと気が気でなかっただろう。
なにせ叔父と姪なわけだから、何かあっては道徳的にも法律的にも問題だ。
なぜならわしらは、義理ではなく血縁関係がある三親等にあたるからである。
ところで
「いきなり、なんかあったんか・・・?」
むせきこみつつもそう聞いたわしに、沙織はこれまでの事をポツリポツリと話はじめた。
事の発端は、野郎の仕事が行き詰まったことかららしい。
何の仕事をやっていたのかは知らんが、ある日突然会社を解雇されたというのだ。
わしからすれば野郎を雇っていたとは、随分と酔狂な会社もあったものだと思うが、とにかくそれ以降は酒浸りで、家の金をくすねては酒やギャンブルにおぼれ、酔っぱらって家に帰っては沙織に暴力を振るうという、典型的なDVダメ野郎になってしまったらしい。
もっとも、ダメなのは最初から分かってはいたが。
沙織は朝は新聞配達、それが終わるとショッピングエリアの掃除、それが終わると夕方までスーパーで働き、夜はスナックでと、それこそ一日中働きづめで奴を養っていたが、野郎は生活を正すどころか、沙織が昼間家に居ないことを良いことに、女を連れ込んでいやがったというのだ。
そして、たまりかねた沙織が離婚を迫ると、逆ギレした野郎にひどく殴りつけられたらしい。
恐怖を感じた沙織は、とにかく逃げ出してここまで来たとのことだった。
ひとしきり話をおえ、ゆっくりと顔をあげた沙織を見ると、目のまわりや頬などに青あざがある。
相当にひどく殴られたのだろう。わしが怒りに燃えたのは言うまでもない。
ハッキリ言って、これほどまでの激しい怒りに駆られた事は過去に何度かあったが(あったんかいっ!!)ここ一年以内では初めてだ。
しかしその一方で、まさかこんなに身近な所で昼ドラのような出来事が起きるものなのかと、妙に感心していたのもまた事実である。
「うちに行っても誰もいなかったから・・・・」
自らの涙を手で拭いながら、沙織はそう言った。
そういえば、姉夫婦は昨日から熱海に旅行に行っているのだった。
愛娘がこんな目にあっているというのに呑気なものである。
が、それはそれで好都合だったのかもしれない。
あのような男が姉夫婦の家に暴れ込んでいれば、一家でひどい目にあっていたに決まっている。
ひるがえって我が家であれば、今日は父親は警備の仕事、あの年でまだ働かねばならんのは大変に気の毒で申し訳無いのだが、とにかく夜勤で帰ってこない。
つまりわしさえ帰っていれば、冒頭の説明のごとくわしには武道の心得がある。
柔道こそ専門学校を卒業以降はやっていないが、それでも講道館の二段をもっているし、居合は3年前に師匠が亡くなって以来やっていないがそれでも印可は頂戴していて、刀匠によって鍛えられた刀を亡き師匠からいただいている。
剣道と空手にいたっては未だ現役である。それぞれ五段と三段だ。
どうやらわしは、空手よりも剣道の方が手筋が良いらしい。
まあそんなわけで、野郎がどう暴れようが、たたき伏せるのはそれほど難しいことではない。
そんな事を考えていると一階から、荒々しく玄関のドアを開く音が聞こえ、ついで母親が悲鳴をあげながら居間に逃げ込む音が聞こえてきた。
訪問者が誰であるかなど、今更考える必要もありはしないだろう。
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・・・・・・痛い。
しかし、沙織をこうして抱くのはいつ以来だろうか?
思えば、あの野郎とつきあい始めたとおぼしきころまでは、妙にこいつはわしにくっつきたがった。
前述の通り、わしが姉夫婦を訪ねていくと必ずわしの横に来ていたし、わしが横になっていたりすると甘えるようにすり寄ってきたものだ。
冬時期にあれがうちに泊まりにくると、必ずと言っていいほどわしの布団に潜り込んでくる。
そして、やたら冷たい足をわしの足にひっつけてくるのだった。
わしは湯たんぽがわりだったのである。
そんなわしらを、姉夫婦が少し困ったような目で見ていたのを、わしは今でも覚えている。
そりゃ、間違いがあってはならないと気が気でなかっただろう。
なにせ叔父と姪なわけだから、何かあっては道徳的にも法律的にも問題だ。
なぜならわしらは、義理ではなく血縁関係がある三親等にあたるからである。
ところで
「いきなり、なんかあったんか・・・?」
むせきこみつつもそう聞いたわしに、沙織はこれまでの事をポツリポツリと話はじめた。
事の発端は、野郎の仕事が行き詰まったことかららしい。
何の仕事をやっていたのかは知らんが、ある日突然会社を解雇されたというのだ。
わしからすれば野郎を雇っていたとは、随分と酔狂な会社もあったものだと思うが、とにかくそれ以降は酒浸りで、家の金をくすねては酒やギャンブルにおぼれ、酔っぱらって家に帰っては沙織に暴力を振るうという、典型的なDVダメ野郎になってしまったらしい。
もっとも、ダメなのは最初から分かってはいたが。
沙織は朝は新聞配達、それが終わるとショッピングエリアの掃除、それが終わると夕方までスーパーで働き、夜はスナックでと、それこそ一日中働きづめで奴を養っていたが、野郎は生活を正すどころか、沙織が昼間家に居ないことを良いことに、女を連れ込んでいやがったというのだ。
そして、たまりかねた沙織が離婚を迫ると、逆ギレした野郎にひどく殴りつけられたらしい。
恐怖を感じた沙織は、とにかく逃げ出してここまで来たとのことだった。
ひとしきり話をおえ、ゆっくりと顔をあげた沙織を見ると、目のまわりや頬などに青あざがある。
相当にひどく殴られたのだろう。わしが怒りに燃えたのは言うまでもない。
ハッキリ言って、これほどまでの激しい怒りに駆られた事は過去に何度かあったが(あったんかいっ!!)ここ一年以内では初めてだ。
しかしその一方で、まさかこんなに身近な所で昼ドラのような出来事が起きるものなのかと、妙に感心していたのもまた事実である。
「うちに行っても誰もいなかったから・・・・」
自らの涙を手で拭いながら、沙織はそう言った。
そういえば、姉夫婦は昨日から熱海に旅行に行っているのだった。
愛娘がこんな目にあっているというのに呑気なものである。
が、それはそれで好都合だったのかもしれない。
あのような男が姉夫婦の家に暴れ込んでいれば、一家でひどい目にあっていたに決まっている。
ひるがえって我が家であれば、今日は父親は警備の仕事、あの年でまだ働かねばならんのは大変に気の毒で申し訳無いのだが、とにかく夜勤で帰ってこない。
つまりわしさえ帰っていれば、冒頭の説明のごとくわしには武道の心得がある。
柔道こそ専門学校を卒業以降はやっていないが、それでも講道館の二段をもっているし、居合は3年前に師匠が亡くなって以来やっていないがそれでも印可は頂戴していて、刀匠によって鍛えられた刀を亡き師匠からいただいている。
剣道と空手にいたっては未だ現役である。それぞれ五段と三段だ。
どうやらわしは、空手よりも剣道の方が手筋が良いらしい。
まあそんなわけで、野郎がどう暴れようが、たたき伏せるのはそれほど難しいことではない。
そんな事を考えていると一階から、荒々しく玄関のドアを開く音が聞こえ、ついで母親が悲鳴をあげながら居間に逃げ込む音が聞こえてきた。
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