この「さおり」とは、漢字では沙織と書くのだがわしの姪である。
わしの姪ということは母親からすれば孫ということになるのだが、沙織の母親というのがわしの姉なのだ。
確か46歳になるわしの姉は、わしとは一回り以上歳が離れている。
ということは、わしが生まれるためには現在は70歳を越えている我が父親が、どういうわけか急にハッスルしたということになるワケだ。
それはそれとして、今どきではないが珍しく18歳で結婚した姉は、今どきさして珍しくもない今もそう言うのであれば「デキちゃった結婚」というやつだった。
結婚したその年のうちに沙織が生まれたわけだから、わしとは5つしか年の差がない。
姉夫婦と我が家の関係は良好であり、住まいもかなり近かったから親交は深かった。
沙織もわしによくなつき、わしも沙織をかわいがったものである。
というのも、身内びいきの様に聞こえるかもしれないが沙織は本当にかわいかったのだ。
外見なぞ、二親のどちらに似てもあんなにかわいくはならないだろう。
うちの親は「隔世遺伝だ。」と言い続けていたが、とにかく沙織はかわいかった。
また、沙織の二つ下にも妹がいるのだが、これもまたかわいい。
ただ、どういうわけかこちらはあまりわしに近づかなかった。
もっとも、わしが姉夫婦の家に遊びにいくと、必ずわしの隣には沙織が座り、その向こうには妹、恵美子(えみこ)というのだがそれが座っていた。
また、わしが沙織を連れてどこかに遊びに行くときも必ず恵美子はついてきていた。
話を戻すが、沙織とはこの2年間というもの、全く会っていなかった。
なぜかと言えば、沙織は2年前に結婚したのだが、この結婚相手というのがわしは気に入っていなかったのだ。
いや、わしだけではない。あの男を好いていたのは結婚した本人以外は皆無だったと言っていい。
まず礼儀をわきまえぬ。誰に対してもやたらに横柄な口をきくのだ。
そこそこ長い時間うちにいやがったのだが、奴の口から両親を敬う言葉や、わしに対する世間一般の通念的な年長者に対する謙譲的な言葉など、全くでてきた記憶がない。
おまけに、義理とは言え自分の祖父母になる人たちの家に、初めて訪れるために選んだ服装がジャージとは恐れ入る。
とまあこういった奴だったから、奴のわしらに対する態度というものは推して知るべしだ。
いわゆる、典型的な「テトロン属ジャージ目ジャージ科」の生物だった。
そんなわけで、わしは結婚式にも出席しなかったし祝電も出していない。
誰も行かないというわけにはいかないということで、出向く事になった両親に祝儀袋を持たせたきりである。
もっとも、わしの中ではそれは『祝儀』ではなく『香典』みたいなものだったし、その後の縁は切れたものと思っていたのだが。
二階に上がると、わしが占有している二つの部屋、一つはかつて妹が使っていた部屋で、現在は物置兼わしの寝部屋となっているのだが、もう一つのパソコンやオーディオ機器などをムリヤリつめこんでいる方の部屋に沙織が立っていた。
2年前にあ奴(この際あの野郎とでも言おう)を連れて訪ねて来て以来の再会だが、あの頃とあまり変わっているようではなかった。
相変わらず背は小さく、つややかな長い黒髪をまとめて結い上げたようにしている。
顔は童顔だが、どこか男の情を煽る潤みを含んだ瞳と唇。
匂いたつような、白磁のような白い肌。
そして細身ではあるが、出るところは出ているプロポーション。
これで26歳まで結婚できなかったのが不思議でならない。
もっとも、あまり言うべき事ではないが頭が少し緩く(笑)あるいはそれが、婚期を遅らせる一つの原因だったのかもしれないが。

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