夜明けの色に部屋が染められていく

 冷蔵庫のモーター音

 水滴がシンクに撥ねる音

 それはとても静かな朝で

 彼女は一人ベランダの外を眺めていた

 

 神聖な場所が好きだといっていた

 教会だとかお寺だとか

 神様をまったく信じていないのに

 そういう場所に行くのが好きだった

 静謐に包まれた場所に立つ

 彼女の姿を眺めるのが

 僕は好きだった

 

 空気になりたいと願っていた

 この世界から切り離されて

 世界をただ眺める存在になりたいと

 そしてその切り離される物の中には

 僕が含まれていることも

 分かっていて

 いつからか僕は

 その日が来ることを覚悟していたんだと思う

 

 静まり返った真夜中の道を歩くと

 ふいに彼女のいた領域に近付けたような錯覚を覚える

 だけどまだ

 きっと遠い

 

 幼馴染グループの一人が大変な事になっていると

 先生から聞いた

 なんだか妻や息子と別居して養育費や慰謝料を請求されそうなんだとか

 そして正月に実家に帰って以来

 連絡が取れなくなっているという

 

 先生と二人で最悪のケースまで考えたりもしたけれど

 まだ連絡は来ない

 近日中にはわかることだろうけれど

 実感がわかないことばかりだ

 

 確かに失ったものはたくさんあるかもしれないけれど

 彼には日本でナンバーワンともいえる学歴があり

 公務員という安定した仕事があり

 僕や先生よりたくさんのものをもっているのだけれど

 

 喪失感とは不思議なものである

 手にしてしまったばかりに

 失うことが恐ろしくなる

 

 そんな全ての欲求から解き放たれるのが

 どれだけ難しいことか

 

 僕の今好きな人が

 誰かを好きになったというような話を聞いて

 祝福すべきことなのに

 心がざわついたりもした

 それが僕の醜い欲望なのだと分かっているのに

 まだまだ切り離せない感情もあるのだ

 少しずつ離れて

 お互いにベストな距離に達したと思っていたけれど

 それでもまだこの心の奥にはそんな欲望が残っている

 それはきっと

 たくさんの良い思い出があったからだろう

 夢見た希望があまりにも素敵だったからだろう

 まだ少し夢を見ているのかもしれない

 

 僕はまだ彼女の領域にはほど遠い

 何にも捉われず

 世界から切り離されて

 登場人物から傍観者へと

 達するまでには至っていない

 

  

 もっと心を澄ましていかなければならない

 人にも物にもとらわれず

 ただ自然を感じるままに

 全てを失うことを恐れず

 進んでいこう