10年。
2007年4月2日に入社して10年が経ちました。
10億円以上の手数料を会社に落とし、1億数千万円の収入をいただいてきました。
それが自分の「成果」でした。
26歳から36歳。10年の月日はずっと競争でサバイバルでした。
次の10年は簡単じゃないでしょうね。プロ野球と一緒で、常に若手にチャンスがあるので、お払い箱でも全くおかしくないですね。
若手に負ける気もないけど、自分が40になれば今より体力がないのもわかりますしね。
次のキャリアを見つめつつ、目の前の仕事を細かく丁寧に。
2016年度最終日に思うこと。
2016年度も終わりましたね。
社会人になってから最も刺激が足りなかった年度だったなぁ。
10年も競争に曝されてたので。
でも超貴重な経験が出来たからいいや。
外から見た証券の世界も理解出来たし、士業のプロの働き方やトップ官僚の働き方も見えたし、戻って活かせばいいや。活かすのは自分次第だね。
来年度も頑張っていきましょう。
片親時代。
アラウンド40にもなると、本当に珍しくなくなりました。
僕の周りは圧倒的に増えてきました。
片親になったことで、東京を去り、地元に戻って働く人もやっぱり何人かいます。
セカンドキャリアと勝手に呼んでいるけれど、終の住処をどうするか問題はありますね。
自分も後何年「バリバリ」で働けるかしら。
どこでどんな風に働きますかね。
4ヶ月前にあゆに言った一言。
どうしても子供が欲しいと居酒屋であゆが言った日から1日も欠かさず家計簿をつけているのだけれど、
4ヶ月前に、「生活費が足りない。」と言ってきたので、
「お金渡すのは別に全然いいけど、何のお金に想定外に出て行ったのか正確に教えて?」
と聞くと答えられず。
そこで、「なぜ一生懸命働いて、稼いできたお金を、僕だけせっせと家計簿つけて出費管理しているのに、あゆはなぜしていないのか、理由を教えて」
と。一言だけ言いました。
そこからはたまに領収書を記録している姿を見るので、ちゃんとしてるんだろうと思います。配当金でも分配金でも何でも無尽蔵にお金が増えればいいんだけどね。そんな現実はどこにもないのでね。
やっとこの日が来ました。
本当なら、もう何年も前に手術していないといけなかったのだと思います。
はるとをうちに呼ぶのにだいぶ時間がかかったから、今日まで時間がかかってしまいました。
あゆの目の手術もやっと出来る日が来ました。
嬉しいのやら、恐いのやら、いろんな感情がありますね。
うまくいく確率75%しかないですが、残り25%は改善しないか、もっと悪くなるのでしょうけれど、例え悪くなっても、サポートするしかないですね。
免疫反応だから、もはやどうすることも出来ないのでしょうから、出来ることを一つ一つするだけですね。上手くいくことを願うばかりですが、いろんなことを受け入れて人生ですから、日々何があっても、前を向いていたいですね。
いつの日か、はるとが目になってくれるはずだよ。
秋田へ結婚式に行ってきました。
ふきちゃんの妹のりっちゃんの二男の結婚式(28歳)でした。
秋田空港からバスで35分の秋田市内に初めて行きました。ホテルで結婚式ね。
4年後、7年後、10年後、28年後の姿です。
今日、はるとは9ヵ月になりました。
そして、今日から秋田暮らしです。
あゆが手術して、入院する間、ずっと秋田で生活です。
目が離せないこの時期に大丈夫でしょうか。
怪我とか、火傷とかしないかしら。一生残る怪我とかしないかしら。
不安になるのは仕方ないけれど、
それも人生ですね。
はるとは食べるのと、飲むのが上手になりました。
関心があるものを取り上げると、いやいや言うようになりました。
関心があるものを見ると、周りが見えなくなりますね。
6年。
目を瞑ると鮮明に思い出す。
恐怖で階段を駆け下りた記憶。
当時の部員は誰一人残っていない。
それが6年の真実。
30歳→36歳
未婚→パパ
営業→出向
仕事面は近くで見ると、見なくてよいものも沢山見える。
世間で公表される実態より、深く見える。見なくてよい事実。
でも、戻るなら、成長して戻りたい。






