「鳥の歌」「ジュゴンの見える丘」聴けます。


空ヲ想ウ fragile editor-大丈夫であるように



監督/是枝裕和



【監督作品】


幻の光/ワンダフルライフ/DISTANCE/誰も知らない/花よりもなほ/歩いても歩いても/空気人形




空ヲ想ウ fragile editor-大丈夫であるように



「大丈夫であるように -Cocco 終わらない旅-」


【内容】


沖縄の歌手Coccoのデビュー10周年記念の全国ツアーの模様や、その過程でのCoccoの日常の姿を追ったドキュメンタリー映画。




「感情的でまっすぐな人」 感・想・文・FRAGILE



Coccoのイメージはどんなものだろうか?


僕の初期のイメージは、感情的な人というものだった。

感情的な人という意味は、端的に言えば子供ということになる。

もうちょっと深めるなら、社会に適応する気がない人。

社会の汚さ、醜さ、嘘くささを拒絶し、イノセントな眼差しで生きている人。


実際、Cocco自身、10代から20代前半までは死ぬことばかり考えていたらしい。


生きづらいだろうなという想いを、いつも僕は彼女に抱いていた。

僕はといえば、適当に社会に溶け込みながら、その社会を斜に見ているような中途半端な人間だ。


この作品を今回見て、Coccoの心の変化を感じた。


彼女はいまは「死」ではなく、「生」に興味があると饒舌に語る。

その理由としては、子どもの存在や、さまざまな人との出会いと別れによる人との繋がり、沖縄以外にも問題がたくさんあるという事実を知ったこと、自分が被害者であるという意識から加害者でもあるという視点を持ったことことなどがあげられると思う。


どうしようもないことがあるということを知り、自分は何もできないというあきらめに似た気持ちに至りながらも、歌を通して祈ることはあきらめない。

みんなの悩んでいることや叶えたい夢に対して、大丈夫だよとは簡単に言えないけど、大丈夫であるようにって祈る事は出来るとCoccoはステージで語る。




空ヲ想ウ fragile editor-大丈夫であるように


歌うたいとしての自分を再認識したCoccoは今まで同様とりつかれたように歌い、感情的にまっすぐな想いを未整理な言葉で投げかけ、あらゆる問題をすぐに自分事に置き換え、「自分は何もできない…」という想いから涙を流す。

僕の初期のイメージと今のCoccoはあまり変わっていない。


包み込む世界が広がったことで、彼女が背負うものは大きくなった。

色んな視点で物事を捉えるようになっている。死から生へとシフトしている。

だけど、変わらずに、彼女は感情むき出しでまっすぐに歌い祈り、饒舌に感情を言葉にして僕達に素直な想いを伝える。

Coccoは変わってない。だけど、変わった。そこに普遍性があるように思える。


変化していない部分と変化した部分を知って、僕はますます彼女が好きになった。


今でも彼女は生きづらそうだ。

物事を感じ取りすぎてしまう。あらゆるものに感染しやすい。

それが出来るのは、冷静で知的な彼女がいるからだと思う。

感じると考えるが極端なほどに振れているから生きづらそうに見える。

情緒不安定だったり、奇行にみえるのは、その点がクローズアップされるからだ。

別に変な人じゃない。

というか、頭がいいし、物事の本質を歴史認識の中で捉える事が出来る。

そして、暗い人でもない。

むしろ仲間といる時の彼女はよく笑う。笑わせる。そして、よくしゃべる。芸人のようでもある。



きっと、誰かがいるときと、ひとりのときの反動が大きいんだと思う。

ひとりで抱えきれないほどのものを抱えさせてしまっているのかもしれない。

彼女の助けを求める手紙も多いらしいが、彼女に何かをしてもらおうとするのは何か違う。


おかしいと思う事から目を背けない姿勢は、心に響き、自分のふがいなさを思い知る。

「大丈夫であるように」という祈り。

あらゆる人の悲しみを自分事にすることができるエネルギーが、あの細い身体のどこに宿っているのか。

自分事にすることは背負う事。背負って彼女は歌い続ける。

祈り・想いを込めて。

彼女の旅に終わりはない。

歌い続け、しゃべり続け、行動し続け、絶えることのない悲しみを感じ、自分のことのように涙を流し、祈り続ける…。


僕は何ができるだろうか。





空ヲ想ウ fragile editor-大丈夫であるように

辺野古のキャンプ・シュワブの境界に張り巡らされた鉄条網に、想い事の書かれた短冊を結ぶCocco。

この短冊は2008年3月27日に何者かによって焼き払われてしまった。

翌月、Coccoは拒食症のため入院した。


最近の活動としては、「ニライカナイ」という新曲が、明日6月9日に発売される。

ニライカナイ/Cocco


大丈夫であるように-Cocco 終らない旅-(初回限定盤) [DVD]/Cocco





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iPodなどで予告編が見れます。
空ヲ想ウ fragile editor-クローズド・ノート


【スタッフ&キャスト】


監督/行定勲

脚本/吉田智子・伊藤ちひろ・行定勲

原作/雫井脩介

出演/沢尻エリカ・伊勢谷友介・竹内結子・黄川田将也・板谷由夏・サエコなど



空ヲ想ウ fragile editor-クローズド・ノート



【ストーリー】


教育大に通う堀井香恵(沢尻エリカ)は、引っ越してきたアパートで、前の住人が忘れていった一冊のノートを見つける。

ある日、親友のハナ(サエコ)が留学したことなどのさみしさから、いけないと思いながらも、そのノートを開いてしまう。

ノートの持ち主は真野伊吹(竹内結子)という小学校の新任教師で、彼女がはじめて受け持った生徒たちとの日々や、隆という男性との恋の悩み・彼へ伝えられなかった想いが綴られていた。


読み進めるうちに、香恵自身が小学校の先生を目指していたことや、バイト先の文房具店で出会ったイラストレーターの石飛リュウ(伊勢谷友介)という片思いの男性がいたこと、住んでいるこの街での日々ということもあって、伊吹の物語に自然と引き込まれていく。

伊吹の生き方・考え方にも共感し、憧れの存在として、自分を伊吹に重ね合わせるようになっていく。


一度も会ったこともない伊吹と香恵が、一冊のノートが開かれたことで繋がり、思いもよらない事実が次第に明らかになっていく…。




空ヲ想ウ fragile editor-クローズド・ノート


「人は物語に恋をする」 感・想・文・FRAGILE



僕が行定勲監督の作品が好きなことは、このブログをいつも読んでくださっている方は、ご存知かと思います。

読んでいない方は、「行定勲監督の物語たち」 をご覧ください。


この「クローズド・ノート」をようやく観たわけですが、話の結末は正直すぐに読めてしまいました。

だけど、そんなことよりも作品の内容に惹かれました。


この映画で香恵は伊吹という会ったこともない人に憧れ、その人のようになりたいと思い、日記の中の伊吹に励まされ、勇気をもらい、伊吹のしたことを真似してみたりと、伊吹の日記の物語に没入します。

まるでドラマの登場人物になりきるように。


しかし、所詮は人の物語。

自分が同じように振る舞ったりしてもなかなか思い通りにいきません。

誰かの物語を演じても、自分には馴染まないものです。

それは自分の生きてきた物語があるからです。


でも、誰かの物語に入りこみ、やがて自分の物語に戻ることで見つけられることや気付くことがたくさんあります。


その気付きを丁寧に、この映画は描いていきます。


僕にとって謎解き的な要素がたいして意味を持たなかったのは、、とある物語に恋をした主人公が、その物語から自分の物語に戻ることでの成長の過程を描いている映画と受け取ったからだと思います。


人は物語に恋をする。物語に憧れる。物語とは人そのもの。

人と人との出会いは、物語と物語の出会い。


映画のセリフで印象に残っているものがあります。

「すれ違っていても意識をしないと出会ったとは言わない。意識することで人は、はじめて出会う。」


背景にあるものが、意識することで浮かび上がってくる。

浮かびあがることで現実にさまざまな影響をもたらす。

この映画では、誰に見せるつもりもなかった伊吹の日記が、香恵と出会うことで香恵を含めさまざまな人の現実に影響していきます。


物語に恋をしたり、憧れたりすることから、新しい物語ははじまるのかもしれない。

誰かを想うこと・愛すること、好きになることも、夢・希望・理想・目的を持つことも、憧れや恋ともいえる。

憧れや恋は人に前を向かせ、成長させてくれます。


出会い、関係を深めていくことは、誰かと自分の物語と物語が繋がることでもあり、自分の過去や今と未来が繋がっていくことでもある。その中で誰かとの絆とか自分の生き方・考え方などができていくのかもしれない。


出会いの場所は、たくさんの人たちの物語がすれ違っている現実という場所。

たくさんの人たちの物語の中で、僕たちは、とある物語に出会い恋をする。


そこから新しい物語ははじまっていく。



会ったこともない他人だった人なのに、日記を読んだことで、いつしか忘れられない大切な人になっていた。


それは、言いかえれば、人の心を見るということは、その人の物語を背負うことでもある。

物語を背負うから、一緒に抱えるからこそ大切な人になるのかもしれない。

背負いきれない時、人はその物語に飲み込まれてしまうか、逃げ出してしまったりする。


背負うとは、憧れや恋のままではできない。

背負う強さを持つためにも現実の中で前を向くための「心の力」が必要なんだろう。





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空ヲ想ウ fragile editor-生きてこそ



【スタッフ&キャスト】


監督:フランク・マーシャル

原作:ピアズ・ポール・リード 「生存者」

出演:イーサン・ホーク/ヴィンセント・スパーノ/ジョシュ・ハミルトン/ブルース・サムゼイなど



【ストーリー】


1972年10月12日、ウルグアイの学生ラグビーチームの青年たちとその家族・知人を乗せて、小型旅客機でウルグアイからチリへと遠征試合に向かっていた。

悪天候で視界が悪かったことから、パイロットの判断ミスを招き、アンデス山脈に衝突し機体はバラバラになり零下40度の山中に墜落してしまう。

機体の前部にいたことでかろうじて命をとりとめた生存者たちは、すぐに捜索隊が見つけ出してくれると信じていたが、待てど暮らせどやってっこない。

水も食料も底を尽き、捜索活動も打ち切られたことを埋もれていた荷物の中にあったラジオで知った生存者は、自分たちで何とかするしかない現実を突きつけられる。

しかし、今いる場所はアンデスの山中。助けを呼びに行くと言っても、幾つもの険しい山々を越えなければいけない。

また、このままの状態が続けば、精神的にも肉体的にも死に向かうだけということもあり、生存者たちは話し合いの結果、死亡した仲間の遺体を食べることを決断する。

なんとか飢えをしのいだ生存者に、今度は雪崩が襲い掛かり、数名の仲間の命が奪われる。


彼らに救いは訪れるのか…。


注:この物語は実話をもとにつくられた。



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「生還者のその後…」 感・想・文・FRAGILE



この物語は実際に起きた事故を下敷きにしてつくられた映画です。

生存者が、生きて帰るために、死んでしまった仲間の肉を食べることを決断します。

彼らはカトリックの学校の生徒たちということもあり、神という言葉が幾度も出てきます。

死ねば魂は身体からいなくなり、身体は肉の塊になるという考えによって食べる選択をするに至ると解釈しました。それでも拒絶反応に苦しみました。

日本人はどうなのでしょうか?

日本人は今でこそ、心と身体と分けて考えるようになっていますが、死んだから肉の塊と思えるとは考えづらい。

だからこそ、火葬をして見えない形にするんだと言えると思います。


日本人がこういう状況に置かれて同じ行動を取るのかどうか、その状況に置かれなければわからないといえば、その通りですが、難しいのかなと思ったりもしました。


しかもこの状況は、すべてがいわば仲間です。

知り合いということも、それを難しくするでしょう。


僕がこの映画を何度も見ているのですが、今回注目したいのは、生還者のその後です。


当たり前ですが、生還者はこの後日常に戻り、社会の中で働き、生活をしていきます。

若者ばかりですから、普通に考えれば、これからが長い。

その長い人生に拭えない記憶がこびりついてしまったわけです。

この映画の特典映像で、実際の生還者のインタビューなどが収められています。


彼らは(1992年当時)、やはり記憶に悩まされていました。

過去を封印しながら生きていました。

周りの人たちもその過去には触れないようにしていました。

生還者も犠牲者の家族などに気を遣っていました。


彼らの住む町は、小さな町ということもあり、町のみんなが知り合いのような関係です。

生還者、その家族、犠牲者とその家族が同じ町に暮らしている。

みんなが自分が事故の生還者ということも仲間の肉を食べたことも知っているけど、そのことには触れない。

生還した仲間たちも近くにみんな住んでいるけど、そのことは話さない。

特典のドキュメンタリーでは、みんな懸命に楽しく生きながらも、それぞれの悲しみがわかるゆえにお互いが気を遣いすぎて疲れてしまうような日常も見えてきます。


忘れようにも忘れられない過去を背負いながら彼らは、その後も生きてきました。

記憶に悩まされながらも、懸命に生きてきました。



生還者のひとりはこの映画について、こんなことを言っていたので紹介して終わりたいと思います。


「事故の記憶を封じ込めていた生存者たちも、この映画で否応なしに思い出を呼び起された。当時の出来事を家族にさえも語らずにいた連中が多いんだ。だから、この映画はみんなにとって、心を開くきっかけになった…」






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