最近レンタルしてきたジャック・ジョンソンの『イン・ビットウィーン・ドリームズ』の紹介です。


イン・ビトウィーン・ドリームス/ジャック・ジョンソン

ジャック・ジョンソン


1975年5月18日、アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島出身の男性ミュージシャン・シンガーソングライター。

アコースティック・ギターの心地よいグルーヴ、オーガニックでリラックスした空気感 のサウンドが特徴。それまでハードコア・パンクが主体であったサーフ・ミュージック・シーンに新風を起こし、今やミュージシャンやサーファー界など多方面から高い評価を受けるサーフ・シーンの第一人者として認知されている。(サイトより)


聴いてもらってるのは、ハワイアンVERの「BetterTogether」です。



時間なんて忘れて、身も心も波のリズムに委ねて、やわらかい風に包まれて、好きな人を想って微笑んで…

そんな穏やかさを連れてきてくれる曲。


アルバム聴いてみてくださいね~




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7月7日、七夕ということで、1年に1度七夕の日に会う約束をした日本人の女の子と韓国人の男の子の恋愛映画「チルソクの夏」を紹介します。ちなみにこれは日本映画です。



空ヲ想ウ fragile editor-チルソクの夏


【スタッフ&キャスト】


監督・脚本:佐々部清 「半落ち」

出演:水谷妃里/上野樹里/桂亜沙美/三村恭代/淳評など



【ストーリー】


1977年7月7日、釜山で行われた下関と釜山の親善陸上競技大会に、親友の真理、巴、玲子と共に出場した高校2年生の郁子は、同じ種目の韓国人青年・安大豪と恋をし、来年また大会で会おうと、チルソク(七夕)の約束を交わす。

以来、ふたりは文通を通して絆を深め合うが、郁子の両親は韓国人との交際にいい顔をしない。それは、安の家族も同じことだった。やがて、安の手紙は途絶えるようになり、彼の母から文通を止めて欲しいとする旨の手紙が送られて来た。気落ちし、練習に身が入らなくなってしまう郁子。しかし、真理たちに励まされた彼女は、1年後、下関で開かれた大会で安と再会を果たし、楽しい一時を過ごす。そして、大学進学と徴兵を控える彼と4年後の再会を約束して別れるのだが、その後、それぞれの人生を歩き始めたふたりが会うことはなかった。2003年、バブルの崩壊などで一時中止されていた大会が、10年振りに開催された。今は体育教師となり、大会の運営に携わっていた郁子は、そこで安と再会する。(サイトより)





不自由な恋ゆえの輝き 感・想・文・FRAGILE


まだ日本と韓国がいまほど心理的距離が近くなく、政治的にも溝が深かった頃が舞台ということがこの恋物語になにをもたらしているのか。

それは「不自由な恋ゆえの輝き」。



当時はまだ、日本と韓国は仲が悪く、両国の親も周囲も日本人との恋愛、韓国人との恋愛なんて認めてはくれないような時代。

まだケイタイもなくメールも出来ない、連絡ツールは手紙だけ。

それに言葉がわからないし、相手がどんな人かの情報も僅かしかない。


だからこそ、勘違いしやすく妄想を膨らませ、恋にときめいた。


恋の障害が、恋を特別なものにしてくれた。

時間的にも空間的にも縛られていた。不自由だったからこそ恋愛が盛り上がった。

恋愛に限らず、人間関係も「さみしさ」なんてそんなに感じていたとは思えない。

もちろん、好きな人に逢えない「さみしさ」はあったとは思うけど、現代のような心がからっぽの「さみしさ」はほどんどなかったんじゃないか。

社会的な縛りが、人間関係を濃密にしていて、しがらみはあったし、不自由なことだらけだったけれど、そのぶん「さみしさ」を感じることはなかったように思える。


今はどうか。

すぐに想いを伝えられる、すぐに繋がれる時代は自由なようで、実は不自由なのではないか。

障害のない恋愛は、いまいち盛り上がらず、長続きしない。

続いたとしても物足りなさを感じる。

だらだら続く恋愛。相手のことを想像する必要もなく、メールですぐに近況を知れる。

不特定多数の人といつでもどこでも繋がれるのに「さみしさ」は拭えない。



時間的空間的な束縛からの解放は、人々を自由にしてバラバラにした。世間のしがらみから解放した。

障害を取り除いて、不自由のない自由な社会を実現した。

そうした情報が溢れる社会の到来は、勘違いゆえのドラマを失わせ、ひたむきに何かを追いかけることを馬鹿げたことと観念させ、失敗を過剰に恐れさせるようになった。


それは人が賢くなったといえるのかもしれない。便利な世の中になったし、楽しいこともそれなりにある。

なにより、あらゆることが個人化したことは、望んでいたことだ。


だけど、手にしたことで失ったものがあった。


そうした失くしたもの、二度と取り戻せないものがこの映画には描かれている。

だから、胸が苦しく、切なくなる。


失くしたものとは、たとえば、みんなで追いかける一つの未来。

たとえば、言葉にしなくてもなんとなくわかりあえてしまう間柄。

たとえば、冷めた恋愛ではなく、勘違いでも盛り上がれた恋愛。

たとえば、想いを伝えるまでの道のりの遠さと、そこにある胸の苦しさとトキメキ。


不自由さゆえの輝きを僕らは失って、自由になり、幸せゆえにだらだらと続く日常と、個人化ゆえの不安と孤独を手にしている。


ざっと書いてしまいましたが、終わります。


いい映画なので、是非観てください。

曲聴けます。



詞:宮本浩次

曲:宮本浩次・YANAGIMAN



どこまでゆけば俺は辿りつけるのだろう?

ただ光を集めて 歩き続ける旅さ


揺れる心のままで何を言えると言うの?

ああ試される自分を 愛想笑いにまぎらす


向き合えば切なく 振り返れば眩しく

ああ生きていくだけで ああ傷つけあうのは何故?


それが夢でも幻でも俺はかまわない

定めなき道 光求め彷徨う

ともに笑い何かを一つにする喜び

おまえを思う気持ちが 今の俺の全てだから


どうすれば俺たちは強く踏み出せるだろう

まだ地図にない道を指でなぞる この夢


手にすれば果敢なく 追いかければ苦しく

ああ不思議なくらい穏やかに時は流れてるのに


すれ違いの心と心めぐり逢えたら

俺の全てはおまえに捧げるメロディー

遠すぎて 遠すぎて届かないあの星

輝きを信じてる それだけが俺の道だから


人それぞれのSunset

人それぞれのMoonlight

夜が明けて 人それぞれのSunrise

出会いと別れ繰り返して

喜びと悲しみのAlright

明日も明後日も


それが夢でも幻でも俺はかまわない

地図に無い道 指でなぞる この夢

ともに笑い何かを一つにする喜び

おまえを思う気持ちが 今の俺の全てだから



絆/エレファントカシマシ

感・想・文お休みです。