私は基本的におばあちゃんという生物が大好物である。
しかし、それと同時に見ていると、とても苦しくなる事がある。
特に昔、パチンコ屋でおばあちゃんがお財布から千円札を一枚一枚サンドに入れ、当たらずしょぼくれているのを見て、自分に何が出来るわけでもないのに、「生活費使い込んでないかなあ、大丈夫かなあ」などと思い、とても胸が痛くなったのを覚えている。
まあ、とても図々しいおばあちゃんも同時にいて、「あんたそんなに出してるなら一箱ちょうだいよ!」などと言って来るおばあちゃんには、「良い歳こいてこんな賭場でギャーギャーさわぐなババア!孫に小遣いでもやれ!」などと心の中で叫んでいたのも事実なのだが。
以前、私は深夜営業のファーストフードチェーン店で、新人のおばあちゃんに接客されたことがある。
ご迷惑になる恐れがあるので、具体的な店名は言わないが、その時の事をいまでもはっきりと覚えている。
その方は、胸に研修中(確か)のバッジをつけ、おぼつかない手つきで、しかし同時にとても懸命に私の注文をレジに打ち込み、接客されていた。
こんなご年齢になられてもなお、大都会の中で慣れないバイトを、しかも深夜にしなければならないなんらかの事情を勝手に想像し、寅さんではないけれど、「こんな女性にこれほどまでのことをさせるなんて、周りの男共は一体いままで何をやってきたんだよ!?」と激しく憤ったことを覚えている。
しかし、その後私が一番に驚いたのは、お釣りを私に渡す時、その方の笑顔に悲壮感がなく、とても、とても素敵だった事だ。
マハトマ・ガンジーが、「永遠に生きるかのように学べ。明日死ぬかのように生きろ。」という言葉を残したことは有名だが、この老齢のご婦人は正に、永遠に生きるかのように新たな事を学んでいらっしゃった。
私は、既に酔っ払っている客や、若者の笑い声で騒がしい店内の中で、生きる上で、非常に大切な何かをこの方から学ばせていただいた気持ちで一杯になり、涙がこぼれそうになるのを堪えながら、お礼をお伝えして店を後にした。
もちろん、このおばあちゃんにどんなバックグラウンドがあるのかなど知る由もない。
しかしながら、あの時私に見せてくれた笑顔は一生の宝物として私の記憶の中に大事に閉まってある。
人生は不公平や不条理の連続だ。
そして、多くの人間は自分の事など気にも留めず、自分は自分以外の事などにさして興味をもたない。
愛する人々に出会える喜びは寂しさを忘れさせてくれるとびきりの安らぎではあるが、人は孤独からは決して逃れられない。
あの夜、私はおばあちゃんに、そんな孤独な弱者に対する眼差しを持って接していたにも関わらず、おばあちゃんは、私を淀みのない眼差しで見つめ返してくれた。
自分自身の事が恥ずかしくなるくらいに、澄んだ笑顔であった。
女性は男性よりもずっとずっと強くてそれが故に脆い。
おばあちゃんには可愛い人が多いけど、きっと我々男性よりもずっと傷ついている。
男性諸君、おばあちゃんにはとびきり優しくしてあげましょう。
目押しを頼まれてバケが揃って「なんであんたバケばっか揃えるのよ!えぇ!?」とかされても、大目に見てあげましょうね。