当たり前の話といえば当たり前の話なんだけど。
今日スーパーに行ったら、昨日の今日でもうハロウィンスイーツが並んでいなかった。パンプキンものや、オレンジ系の色でデコっているスイーツ。昨日までは最前線で押して押される人気ぶりだったのに、今日はすでに、そんなのはなかったかのように知らんぷりされている。
当然・恒例のこととはいえ、なにか寂寥感というか虚しいような気分になる。商業的には当たり前だし、残り物という印象がこびりつくものを売るわけにもいかないだろうから非難するようなことではないけれど。
ネットニュースを見ると今年も渋谷では例年通りの日本版ハロウィンが開催されたらしい。今朝もきっとハロウィン後お掃除ボライベが開催されていたに違いない。
こういうのを「祭りの後」というのだろうか。私自身はハロウィンにはこれっぽっちも関わらなかったけれど、長丁場のハロウィンだけに喪失感的なものが去来するのは否定できない。どんなイベントでも多少はそう感じるものなのだから、ハロウィンをやり玉にあげられない。
そこまで考えて、ふと思った。「祭りの後」と「後の祭り」の関係についてある程度詳細なレポートが欲しいと。ただ、それについて自分で考えて結論を出すことはない。なぜなら今酔っぱらっているからだ。
これに関して誰かがレポートに書いてまとめたとして、それを読むことは多分ない。なぜなら今私は酔っぱらっているからだ。酔っぱらうとその前後の行動は理屈無視忘却前提前後不覚針小棒大河童河流になるからだ。色々おかしい気もするけれどそうなのだ。
なにが言いたいかというと、今日年賀はがき発売という季節を語るには早すぎるニュースを見て、先取り後即切り捨ては日本の文化なのかなあと思ったということ。先日「早めの忘年会」をやったという話を聞いて、間違いではないはずだと思う。
論旨不明という抗議は耳に届いてスルーする。すまん。
ネコは朝から日当たりのよいところで寝るようになって、私の午前中は確保されている。午後はダメだな。