英語で読むとまた一味違う | 日々是非可換   -非可換な私の雑記ー

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今日あったこと、昔の出来事、未来への思い、考えたこと、考えなかったこと、手慰み、記録、思いつき、思い出。非可換な私が送る非可換な日々を書き記します。公開しているけれど公開が目的ではありません。後悔はします、多分。

ネットで調べ物をしていると、「英語の試験問題で感動」というのが目に入った。その記事は見てないが、多分2016年センター試験の、おじさんがシェフになったわけの話のことだと思う。たしかにいい話だと思うが、冷静に考えると特筆するほどの内容ではないとは思う。試験中に感動したというのがポイントなのだろう。


同じ意味のことを英語で読むのと日本語で読むのと、自分の受け取り方に違いがあるような気がする。日本語だとありふれた話だと断定するところを、英語だと新鮮に思えたりする。理由は分からない。


そういえば去年の中学生の英語の教科書に、ジョーイがリサに告白する羽目になるショートストーリーがあったと思う(トータルイングリッシュ一年)。日本語で書かれていたなら、またよくあるパターンだと思ってすぐ興味がなくなるに違いない。でも私がそれを読んだときは「自分にもこんなウブな時代があったような、そうでもないような、青春って甘酸っぱいのう」的な感想が最初だった。


ひょっとしたらシンプルな絵柄の挿絵のせいだったのかもしれない。でも英語というところが少なからぬ影響の源泉だと思っている。


スヌーピーやクマのプーさんも英語で読むと一味違うとしばしば思う。そう思う詳しい理由を知りたいとよく考えるが、熟考するほどの手がかりがないので放置したままなのが残念だ。いつか真相にたどり着けるのだろうか。