下関市の北部、豊浦町に杜屋神社はあります。平安時代の「延喜式」にすでにその名が記されているそうです。国道191号から山陰線の線路のそばにこんもりと木々に包まれているのが見えます。
長門国三宮論争はさておき。一般に神社は南に向けて建てられることが多いそうです。しかし杜屋神社は北西に傾いていると。なぜでしょうか。
国道から杜屋神社を見ると、境内からはずれた本殿の横、たんぼの脇に鳥居が見えます。その場所を鑑みると本殿への参道にあるとは思えません。
ちゃんと確認したことはありませんが、その鳥居からだとひょっとして鬼ヶ城(標高619mの山)が正面に見えるのではないでしょうか。ご神体として、一緒に祀られているのかもしれません。それで山の方を向くために北西に傾けて本殿が建てられているのではないかなと思ったわけです。鳥居の意味は分かりませんが、ひょっとしたら鬼ヶ城までの参道が昔はあったのでしょうか。
鬼ヶ城という山名もいわくありげです。そういえば豊浦町には今はあまり使われていないけれど「鬼ヶ液」という古い地名があるそうです。なにか物語がありそうですが、どうなんでしょうね。しばらく心の中でアイデアをもてあそんでみよ うと思います。
そうそう、近くに「二王丸」という地名もあるようです。「仁王」なのか「二人の王」なのか、これも想像の余地があるというもの。今夜はこんなことを考えながら寝ることにします。