このあいだふと、


10年前の自分に声を掛けるならなんと言うかなー?


と考えていました。



notebook書いて?
もっと自分に集中して?
本音を大事にして?


いろいろ考えてみるもどうもしっくりこない。


というか、10年前のわたしにこれらを言っても聞かなかったと思う。



もっとガツンと響く言葉……




お風呂に入りながら、キャンドルの灯りの中ふと頭に浮かんだ言葉は


本気で絶望しろ!


でした。




/本気で絶望しろ!\



引き寄せの法則にハマり、とにかく


ワクワク♡
キラキラ♡
いい気分♡


が絶対だったあの頃。



嫌なことが起こったら「なにかの学びかも!」とイラッとした気持ちをなかったことにし、

悲しいことが起こったら「このままじゃダメ!波動上げないと!」と思ってました。



嬉しいことが起こったら「やっぱりご機嫌でいたら引き寄せるー♡」と浮かれ、

楽しいことが起こったら「波動上がってるからいいことあるに違いない♡」と思い込んでました。




ちゃんと自分の気持ちを見ることがなかった。


とくに、お宝の宝庫である"ネガティブな"気持ちをなかったことにしていたのは本当にもったいなかったな、と思います。




今となってはそれらの経験をよしとすることが出来ているし"ネガティブな気持ち"だとも思わないけど、


当時は勝ち負け意識が強く、でもいい波動でいることが大事だから勝ち負けしてる自分にも気付かず空回り。


不満や不安でいっぱいなのに、平気なフリをするのがとっても上手でした。




あのとき見て見ぬフリをしていた悲しみ、怒り、喜び、楽しさ。



悲しみを感じることを許せない自分に、
怒りを押し殺してしまう自分に、
喜びをちゃんと味わわない自分に、
目の前の楽しさに集中出来ない自分に、



本気で向き合ってちゃんと絶望してほしい。




わたしは絶望って悪いものではないと思っていて、言うなれば押入れパンパンに隠したゴミをドサーーーーっと出すイメージです。


見なかった感情を押入れに詰め込んでなかったことにしても、それはそこに「在る」。


だから1回全部出す!


全部出したら部屋はカオスになるけど、ひとつずつ見ていって昇華していけば押入れは綺麗になる。


綺麗になった押入れを見て初めて、次はなにを入れよう?と選べる。



絶望してnotebookに感情を書きなぐって全部出したら、


じゃあ本当はどうしたい?


という自分への愛にたどり着くラブ



出さないとゴミが邪魔で愛にたどり着けないよ。





だから、

「絶望なんかしたら波動が下がる!」

そう抵抗する10年前の自分に、


安心して絶望しよう!


そう言いたい♡



あなたは10年前の自分になんと声をかけたいですか??