八百万の神達に会う -103ページ目

八百万の神達に会う

神社参拝の備忘録

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

2006年6月17日
第1弾『多賀大社』

昨年に続き2度目の参拝。
やはり人出は少ない。でも私はお気に入り。
『お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる』
という里謡に惹かれて参拝し始めたわけです。

ここの絵馬は杓子の形をしています。
それから、こぶしだいの大きさの白い石に願い事を書いて奉納する、というのもあります。
いずれも500円。

古札を返納し、新しいお札をいただき次の神社へ。
今年も前半戦最後の月となりました。
久しぶりの書き込みです。といっても内容は薄々ですが・・・

我が家には2年ほどまえから神棚(近所のホームセンターにも売っていたが、あえて伊勢神宮で購入。ちょと高かったが・・・)があり、毎月1日と15日には榊やらお神酒やらを交換してます。

正面には当然ながら天照大神のお札で、右側には氏神である白山神社のお札、左側には多賀大社のお札を祭ってます。

以前にヤフー知恵袋に『朝晩神棚に手を合わせることは神社に行って参拝していることと同じ?』という質問をしたら、『基本的にはそのとおりですね』という回答であった。

ということはですよ~。私は毎日伊勢神宮と白山神社と多賀大社に参拝に行っているって事???
これが本当ならなんか得した気分なんですけど・・・・。
まーどっちにしても、参拝に行っている気持ちで手を合わせてはいるのですが。
(^-^)//""ぱちぱち
しばらく神社参拝の予定がないので、神さまについて気ままに書きます。

そもそも神様って存在するの?ってことについて私の思うところは
正直言って『わかりない』が答えですが、きっと存在するのでしょう。

だって、そうでなきゃ全国の神社にこれほどまでに参拝客があるはずがないですものね。
ただ、参拝客のうちどれ程の人間が本当に神様の存在を信じてお参りしているかは不明ですが。

私も最初はそうでしたし、現在も確たる信念を持ってお参りしているかどうかははなはだ疑問です。

日本神話(日本書紀やら古事記)は結局人間が編纂したものなので、フィクションだと思うんですよ。
神様の姿も創造したものだと思うし、なにか考えれば考えるほどよくわからなくなります。

神様も死ぬの?日本神話にでてくる有名な神様は今も生きているの?(生きているっていう表現が正しいかどうか疑問ですが)
人は死んで神様になるんだよって聞いたことがありますが、それは人間としては死んでしまったが、これからは神様として高天原で生きていくんだよって事なのかな~?
となると高天原は神様でごったがえしているような気がするんですけど。

極悪非道な人間も死ぬと神様になるのかな~?そんな人間だった者を神様にしてほしくはないのだけど・・・。

私の頭脳では理解不能なことばかりだけど、日本神話にでてくる神様が祭られている神社はどんな場所なのかな~っていうおもいが湧き出てきて神社巡りが始まったわけです。