♦地震情報 - Yahoo!天気・災害

http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/earthquake/20161228213851.html

震源地情報
発生時刻2016年12月28日 21時38分ごろ

震源地茨城県北部
最大震度6弱

緯度北緯36.7度
経度東経140.6度

深さ10km

マグニチュード6.3

情報この地震による津波の心配はありません。

この地震について、緊急地震速報を発表しています。


◆各地の震度

▼震度6弱
【茨城県】
高萩市


▼震度5強
【茨城県】
日立市


▼震度5弱
【茨城県】
常陸太田市


▼震度4
【宮城県】
岩沼市 大河原町 丸森町

【福島県】
郡山市 いわき市 白河市 須賀川市 国見町
鏡石町 泉崎村 棚倉町 矢祭町 玉川村
浅川町 古殿町 浪江町

【茨城県】
水戸市 土浦市 石岡市 下妻市 常総市
北茨城市 笠間市 取手市 つくば市
ひたちなか市 常陸大宮市 那珂市 筑西市
坂東市 かすみがうら市 桜川市
つくばみらい市 小美玉市 城里町 東海村
大子町 五霞町 境町

【栃木県】
鹿沼市 大田原市 那須烏山市 市貝町 芳賀町
高根沢町 那須町 栃木那珂川町

【埼玉県】
さいたま大宮区 さいたま中央区 加須市
春日部市 久喜市 幸手市 宮代町

【千葉県】
野田市


震度3
【宮城県】
仙台青葉区 仙台宮城野区 仙台若林区
仙台太白区 石巻市 塩竈市 白石市 名取市
角田市 登米市 東松島市 大崎市 蔵王町
村田町 宮城川崎町 亘理町 山元町 松島町
利府町 大衡村 色麻町 宮城加美町
涌谷町 宮城美里町

【山形県】
上山市 村山市 南陽市 山辺町 中山町
西川町 高畠町 白鷹町

【福島県】
福島市 会津若松市 喜多方市 相馬市
二本松市 田村市 南相馬市 福島伊達市
本宮市 桑折町 川俣町 大玉村 天栄村
北塩原村 西会津町 磐梯町 猪苗代町
会津坂下町 湯川村 会津美里町 西郷村
中島村 矢吹町 塙町 鮫川村 石川町 平田村 三春町 小野町 福島広野町 楢葉町 富岡町
川内村 大熊町 双葉町 葛尾村 新地町 飯舘村

【茨城県】
茨城古河市 結城市 龍ケ崎市 牛久市
茨城鹿嶋市 潮来市 守谷市 稲敷市 神栖市
行方市 鉾田市 茨城町 大洗町 美浦村
阿見町 河内町 八千代町 利根町

【栃木県】
宇都宮市 足利市 栃木市 佐野市 日光市
小山市 真岡市 矢板市 那須塩原市
栃木さくら市 下野市 上三川町 益子町
茂木町 野木町 塩谷町

【群馬県】
前橋市 高崎市 桐生市 伊勢崎市 太田市
沼田市 館林市 渋川市 安中市 吉岡町
玉村町 板倉町 群馬明和町 千代田町
大泉町 邑楽町

【埼玉県】
さいたま西区 さいたま北区
さいたま見沼区 さいたま桜区
さいたま浦和区 さいたま南区
さいたま緑区 さいたま岩槻区
熊谷市 川口市 行田市 本庄市 狭山市
鴻巣市 深谷市 上尾市 草加市 越谷市
戸田市 志木市 桶川市 八潮市 富士見市
三郷市 蓮田市 吉川市 白岡市 伊奈町
川島町 埼玉美里町 上里町 杉戸町 松伏町

【千葉県】
千葉中央区 千葉花見川区 千葉稲毛区
千葉若葉区 千葉美浜区
市川市 船橋市 松戸市 成田市 千葉佐倉市
東金市 旭市 習志野市 柏市 流山市
八千代市 我孫子市 鎌ケ谷市 浦安市
四街道市 八街市 印西市 白井市 富里市
香取市 山武市 栄町 神崎町 多古町
東庄町 芝山町 横芝光町

【東京都】
東京千代田区 東京中央区 東京港区
東京文京区 東京江東区 東京大田区
東京渋谷区 東京中野区 東京杉並区
東京北区 東京荒川区 東京板橋区
東京足立区 東京江戸川区 調布市

【神奈川県】
横浜神奈川区 横浜西区 横浜中区
横浜保土ケ谷区 横浜戸塚区 横浜緑区
川崎川崎区

【新潟県】
長岡市 加茂市 見附市 五泉市 南魚沼市
刈羽村





★政府は、茨城県北部を震源とする地震を受けて、28日午後9時38分、総理大臣官邸の危機管理センターに官邸対策室を設置し、情報収集にあたっています。


自衛隊も自動的に災害対応に入り、偵察や県庁・関係行政機関に連絡幹部(LO)を派遣して、被害状況の掌握に努めています。


現時点では、大きな被害報告は有りません。


緊急参集チームにも呼集が掛かり、私もインオペしました。


今後も同規模の地震の可能性があります。


十分に注意して下さい。



























■首相「慰霊と和解の力を世界に示したい」
NHKニュースより。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161227/k10010821681000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_004

首相「慰霊と和解の力を世界に示したい」
12月27日 17時58分

ハワイを訪れている安倍総理大臣は、日系人らとの夕食会であいさつし、日本時間の28日にオバマ大統領と会談したあと、ともに真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊することについて、「慰霊と和解の力を世界に示したい」と述べ、日米の和解の価値や強固な同盟関係を内外にアピールする機会にしたいという考えを示しました。

ハワイを訪れている安倍総理大臣は、日本時間の午後、ハワイ最大のアメリカ海兵隊の基地である、カネオヘ航空基地を訪れ、基地の滑走路脇に設けられた旧日本軍の飯田房太中佐の記念碑に献花し、黙とうをささげました。

飯田中佐は、太平洋戦争の発端となった真珠湾攻撃に参加したゼロ戦のパイロットで、攻撃中に燃料タンクに被弾したため、基地の格納庫に突入して戦死しました。

アメリカ軍が、飯田中佐の勇敢さをたたえて基地内に埋葬し、記念碑を建立したことから、日米友好の象徴として毎年、両国の関係者が参加して慰霊法要が行われていて、27日の安倍総理大臣の献花にも、アメリカ海兵隊の幹部らが同行しました。

このあと、安倍総理大臣は太平洋戦争をアメリカ軍の一員として戦った日系人らとの夕食会に出席して、あいさつしました。

この中で、安倍総理大臣は28日にオバマ大統領とともに、真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊することについて、「慰霊と和解の力を日米に、そして世界に示したい。これからも日米は『希望の同盟』として、地域や世界のさまざまな課題にともに立ち向かい、ともに取り組んでいきたい」と述べ、強固な日米同盟を内外にアピールする機会にしたいという考えを示しました。

安倍総理大臣は28日、真珠湾を訪れてオバマ大統領と会談したあと、太平洋戦争の発端となった75年前の真珠湾攻撃で沈没した戦艦アリゾナの乗組員を追悼するアリゾナ記念館で、ともに犠牲者を慰霊することにしています。

戦後、日本の総理大臣が真珠湾を訪れたことはありますが、現職のアメリカの大統領とともに犠牲者を慰霊するのは初めてです。

その後、両首脳は太平洋戦争をアメリカ軍の一員として戦った日系アメリカ人らを前に所感を発表することにしていて、安倍総理大臣はこの中で、戦争の惨禍を二度と繰り返してはならないという不戦の決意と、日本とアメリカの和解の価値を強調することにしています。


▼真珠湾攻撃とは
太平洋戦争の発端となった真珠湾攻撃は、75年前の昭和16年12月に旧日本軍の空母機動部隊や潜水部隊がハワイのオアフ島にある真珠湾のアメリカ軍基地などに行った奇襲攻撃です。

戦後、旧防衛庁防衛研修所が編さんした「戦史叢書」によりますと、空母機動部隊による攻撃は日本時間の12月8日(現地時間12月7日の午前8時)ごろに始まりました。

オアフ島の北、およそ400キロに展開した旧日本軍の空母6隻から爆撃機や戦闘機、合わせて350機が2度にわたって出撃し、真珠湾に停泊していたアメリカ軍の艦艇や航空基地を攻撃しました。

当時、真珠湾には空母は停泊していませんでしたが、戦艦や駆逐艦など数十隻がいて、攻撃によって戦艦「アリゾナ」など6隻が沈没したほか、12隻が損傷しました。

死者・行方不明者は日本側が64人だったのに対し、アメリカ側では民間人数十人を含む、およそ2400人に上るなど、大きな被害が出ました。

真珠湾攻撃をめぐっては、日本は当初、アメリカに開戦の通告をしたあと攻撃を行う計画でしたが、不手際のために通告が遅れ、攻撃のあとになったことから、アメリカは「だまし討ちだ」などと強く非難しました。


▼米での市民の反応は
飲食店や商店が集まるホノルルの市街地では、日本時間の28日に安倍総理大臣が真珠湾を訪れ犠牲者を慰霊することについて、「知らなかった」と答えた人も多くいた一方で、地元の人たちからは歓迎する声が聞かれました。

9歳の時に真珠湾攻撃を目撃した84歳の男性は「当時、家にいたが、飛行機が真珠湾に向かって飛んで行き、その後、炎や煙が見えた。おそろしい出来事だったことを今でも覚えている」と話しました。

そのうえで、今回の訪問について、「とてもいいことだと思う。日本の総理大臣がここに来て、75年前の出来事を再認識してもらうことは重要なことだ思う」と歓迎していました。

また、近くに住む58歳の男性は「両国の首脳が真珠湾を訪れるのはすばらしいことだと思う。日本とは観光をはじめ、いい関係を築いている。戦争は昔の出来事で、地元の人たちも日本へのわだかまりはないと思う」と今回の訪問を肯定的に捉えていました。

また、真珠湾攻撃で沈没した戦艦アリゾナの乗組員を追悼するアリゾナ記念館を訪れたアメリカの人たちからは歓迎する声が聞かれました。

このうち男性の1人は「とてもいいことだと思う。私たちは悲劇的な戦争を経験した。過去に起きたことを思い起こすことはすべての人にとって重要だ」と話していました。

また、別の男性は「過去は過去であり、私たちは今、未来に生きている。かつて日米ともに苦しんだ人たちはいるが、今は強固な同盟国として協力する必要がある」と述べ、安倍総理大臣の真珠湾訪問を機に日米同盟が一層強化されることに期待を示しました。

一方で、真珠湾攻撃によって祖父の友人が戦艦アリゾナで犠牲になったという女性は「安倍総理大臣が訪問するのはいいことだと思うが、真珠湾攻撃について謝罪すべきだと思う」と話していました。


▼民進・蓮舫代表「不戦の誓い語ることは大きな意味」

民進党の蓮舫代表は、千葉県匝瑳市で記者団に対し、「オバマ大統領と、わが国の総理大臣が、そろって不戦の誓いを真珠湾で語るのは、とても大きな意味がある。ただ、オバマ大統領が目指している『核なき世界』について、残念ながらアメリカの次期大統領は方向性が大きく違うのではないかと受け止められる言動が目立っており、安倍総理大臣からオバマ大統領に対して懸念を伝えてもらいたい」と述べました。






★いよいよ明日はオバマ大統領と真珠湾を訪れ、犠牲者を慰霊して共同会見があります。



アメリカ人に取っては、「リメンバーパールハーバー」と騙し討ちの卑怯者扱いを、今だにする退役軍人もいます。


挙げ句に真珠湾攻撃の反撃が、日本の絨毯爆撃や原爆投下で民間人を大量虐殺の正当性に繋がった。


だけど本気でアメリカとロシアに、戦争を挑んだ国は日本しかない。


そしてアメリカには敗戦したけど、今は強固な日米同盟になっている。


来年はアメリカ大統領もトランプさんに変わり、世界情勢も流動的と言われている。


明日は歴史的な瞬間に立ち会えると、期待と感動に包まれています。


中国と南朝鮮や日本の野党は、批判的な反応ですね。



















■こころフォト ~忘れない~|NHKより。

https://www.nhk.or.jp/kokorophoto/photo/231.html

汐凪ちゃんの父親の木村紀夫(きむら・のりお)さん(48)より

『汐凪へ』

汐凪。あの震災から、もう3年が過ぎてしまったけど、お父さんはまだ、汐凪が津波の犠牲になったということが実感できないでいる。

現実であることは、理解できているのだけれど、それはまるで突然お父さんの前からいなくなってしまっただけで、汐凪はどこかで元気にしているような…。

「汐凪ちゃんは、南の島で元気に走り回っている」と、未だに信じている友達もいるよ。

お父さんは、汐凪に謝らなければならないことがある。

大きな地震があったら津波が来るから家に戻っちゃいけないと、しっかり教えてなかったことをとても後悔しているんだ。

汐凪ならきっと、ちゃんと教えてればその通りにしっかり行動できたはずだ。

ほんとうに、申し訳なかった。

そしてまた、安全な児童館にいた汐凪が、どうして爺ちゃんの車に乗って家に戻らなければならなくなったのか、それが不思議でならないよ。

だって爺ちゃんは、お姉ちゃんを学校に残していったのに、なぜ汐凪だけ連れて行ってしまったのだろう。

今となっては、考えても仕方のないことだけれど、でもそれは汐凪がお父さんたちに残してくれた教訓だと思うし、伝えていかなければならないことだと思うんだ。

そうだね、汐凪はお父さんに生きてやらなければならないことを残してくれた。

地震が来たら海の近くにお家のある子供を、親が迎えに来たからといっても帰してはならないし、親も決して家に連れ戻ってはならないということ。

また、親は、子供が自らの判断で危険を回避しなければならないことを教えなければならない。

いつ何時でも、必ず親が子供を守ってやれる状況にあるわけではないのだから…。

大熊町の行方不明者は1人になったよ。

汐凪だけだ。

その「1」という数字も、汐凪が残してくれたもので、その意味についてはずっと考えていかなければならないことだと思っている。

汐凪をしっかり捜してやれない原因をつくった原発事故は、お父さんたちが求めてきたお金を使って消費して得る楽な生活、それの代償のような気がするんだ。

だからその「1」という数字は、人の生き方を問い直す為の大きな数字だと思う。

汐凪のおかげでたくさんの心ある人たちに出会ったよ。

未だに警察や消防、ボランティアの方々が、放射能を浴びる危険を冒してまで汐凪を捜しに大熊に入ってくれている。

お父さんの生活を支えようと集まって来る人達もいる。

それは、汐凪がお父さんに与えてくれた宝物だね。

本当に、ありがとう!

お父さんは今、お姉ちゃんと一緒に長野の白馬村で新しい生活を始めている。

ただね、ここに汐凪がいないのが淋しいよ。

お母さんも恋しいし、お爺ちゃんにも会いたい。

また、6人で生きていけたらいいね…。

汐凪は相変わらずお母さんたちを笑わせながら、飛び回っているのかな…。

俺もいつかそこに加わらせてほしいな。

それまでは、ここでの生き方、汐凪を捜すこと、伝えること、そうすることでずっと汐凪と繋がっていけると信じて生きていくよ。

大丈夫、お父さんたちもずっと一緒に居るから…。


▲こころフォトのページをご覧になった千葉市の伊藤芳朗(いとう・よしろう)さんより

お父さんの手紙を読ませていただきました。

汐凪さんはまだ若いのに残念なことだと思います。

私は当時、自宅におり、揺れが強かったのを覚えています。

まだ4年しか経っていないのに、テレビやラジオではあまり報道されません。

私は原子力がこのような形で社会の表面に浮き彫りになるとは思いもよりませんでした。

たくさんの方がお亡くなりになり、残念の極みです。

私は平和が続いていってくれることを願います。


▲こころフォトのページをご覧になった、京都市伏見区の川見健一(かわみ・けんいち)さんより

東日本大震災の1年前の小学校入学の日の汐凪ちゃんのうれしそうな写真を見て、父、木村紀夫様のメッセージをお聞きして、涙があふれました。

お父様と奥様を津波で亡くされたうえに、汐凪ちゃんが大熊町で唯一、行方不明のままであることを知り、言葉を失いました。

「汐凪を捜して」という本が出版されていることを知り、さっそく買い求め、読ませていただきました。

紀夫様が防護服を着て、放射線量が高い地域で捜索され、汐凪ちゃんの体操着やスニーカーを見つけられたことを読み、感動しました。

また、「汐凪を捜して」の本に書かれていた、「汐凪」という汐凪ちゃんの誕生から小学校入学までの写真集を購入しました。

写真の中には、紀夫様がみずから除染して持ち帰られた写真もあり、頭が下がりました。

汐凪ちゃんが1日も早く見つかることを、京都の地からお祈りいたします。

また、亡くなられた父の王太朗様、奥様の深雪様のご冥福を心からお祈り申し上げます。


▲おはよう日本のリポートをご覧になった、群馬県榛東村の川島淳子(かわしま・じゅんこ)さんより

木村紀夫さんへ
何の罪も無い大切なたいせつな宝物であるご家族を突然のできごとで亡くされ、わたくしには想像もできないほどの悲しみの中に生きていらっしゃることと思います。

にこやかな表情のお地蔵さまに手をあわせていらっしゃる木村さんのお姿に言葉もありません。

が、どうぞご家族の分も生きてください。

生きていかれることの方が、よほどお辛いことでしょうが、どうぞ生きてください。

お体を大切になさってください。

木村さんのお姿に、少しくらいの辛い出来事などに負けてはいられないと思いました。




■福島 大熊町でただ1人不明の女児 遺骨の一部見つかる | NHKニュースより。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161225/k10010819091000.html?utm_int=news-social_contents_list-items_005

12月25日 6時25分

福島県大熊町で東日本大震災の津波に巻き込まれ、町内でただ1人、行方がわかっていなかった当時7歳の女の子の遺骨の一部が見つかり、警察のDNA鑑定で本人と確認されたことが、女の子の父親への取材でわかりました。

東京電力福島第一原子力発電所が立地する福島県大熊町に住んでいた当時小学1年生で7歳だった木村汐凪ちゃんは震災の津波に巻き込まれ、町でただ1人行方がわからないままになっていました。

父親の木村紀夫さんによりますと、今月9日、町内の熊川地区の海岸で行われていた復旧工事の現場で、汐凪ちゃんが当時身につけていたマフラーと一緒に首やあごの骨の一部が見つかり、その後のDNA鑑定で本人の遺骨と確認されたと、今月22日に警察から伝えられたということです。

木村さんは、震災のあと5年9か月にわたって原発事故で避難区域に指定された町内の海沿いをたびたび訪れ、汐凪ちゃんを探し続けていました。

木村さんは「汐凪と特定されてよかったと思います。しかし、まだ遺骨の一部しか見つかっていないので、これからも探し続けたい」と話していました。

福島県内で、震災の犠牲者の身元が特定されたのはおよそ11か月ぶりで、これで行方不明者の数は1人減って196人になります。


▲父親の紀夫さん「見つかりほっとしている」

木村汐凪ちゃんの父親の紀夫さんはNHKの電話取材に対し、「汐凪をずっと探し続けてきたので、見つかったことは、ほっとしています。一方で、原発事故のせいでなかなか捜索ができず、発見が遅れ強い怒りを感じています」と話していました。

そのうえで、今後については、「すべての骨がみつかるまでは、引き続き捜索を続けるつもりです」と話していました。




■「汐凪...やっと会えたね」 大震災で不明女児の遺骨...父の元へ
(福島民友新聞) - Yahoo!ニュースより。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161225-00010009-minyu-l07

福島民友新聞 12/25(日) 10:56配信

大熊町のがれきから9日に遺骨が見つかり、DNA型鑑定の結果、東日本大震災の津波で行方不明となっていた同町の木村紀夫さん(51)の次女汐凪(ゆうな)さん=当時(7)=と判明した。

大熊町は東京電力福島第1原発が立地し、今も全域が避難区域。

避難先の長野県白馬村から捜索に通い続ける木村さんは「娘からクリスマスプレゼントを受け取った気がする」と話した。

木村さんによると、首と顎部分とみられる遺骨を、自宅近くのがれきから作業員が発見した。

鑑定で汐凪さんのものだと分かり、22日に本県警から連絡を受けた。

汐凪さんが2011(平成23)年3月11日の震災当日に履いていた靴も、12年6月に付近で見つかっている。

「『ここにいるよ』とずっと手を振っていたのだろうと思うと、申し訳ない気持ちになる」と木村さん。

福島民友新聞






★父親にとって娘の身体の一部でも見つかった事は、悲しさも募る「クリスマス・プレゼント」だけど今も娘を探し続ける父親への、希望になったと思います。


私的な運用になり法律的には難しいかも知れないが、自衛隊を派遣して付近の捜索を重点的にやれないのだろうか?。


父親に逢いに帰りたくて、汐凪(ゆうな)さんが早く見つけてとメッセージを発信したと思える。


必ず娘を見つけると父親の木村紀夫さんは、今も時間を見つけて汐凪さんを探しているそうです。


父親が娘を想う気持ちは、私も痛い程わかります。